124 ※トパーシオン視点
地を裂く災害が起こって、迅速に戦場までやってきた。
やってくるまでにそれなりに時間がかかってしまったけれど、わたくしの勇者達はそれなりに期待通りの働きをしてくれていた。
おかげで間に合った。勇者召喚をしたことは間違いではなかったといえる。
ただ、ただ運が悪かっただけだ。
だけれどこうやって実際に戦争をして、時間感覚の違いにはうんざりするところもある。
移動するだけで時間がかかる。
攻め進めるのにはさらに時間がかかる。
うんざりするというよりも、もどかしいというのが正しいか。
わたくしがやってきたことで、押され始めた戦況はこちらがまた持ち直した。
タカトシの予想外の成長もあって、この戦争はもはやフラーウスの勝利は確定したも同然だろう。
だからこそ、もどかしい。
早く勝利し、早く精霊を祖国に持ち帰らないといけない。
精霊を持ち帰り、国内の環境を整えたら、国内の安寧を図らなければいけない。
不穏の種を蒔いたまま出てきてしまったことは心残りではあるけれど、まだ種が蒔かれただけ。芽すら出ていないはず。
それでも急ぎ帰れるに越したことはない。
一度戻ることも考えはしたが、明日にはニゲルの王都に辿り着く。
確実に精霊を抑え、わたくしが持ち帰ることがフラーウスを再建する上では最善であるはずだ。
……だけれど、気掛かりなことがある。
フラーウスからの送られてくる戦争のための物資。
それが極端に少なくなっている。
元よりニゲルを攻めるにあたって、物資の補給はニゲルの都市から奪うことを想定していたけれど、それでも少なくなっているという事に目を向けないわけにはいかない。
話を聞く限り災害により、こちらに十全に物資を送れなくなったとのことだ。
それ自体におかしな点はない。
ニゲルから奪えるフラーウス軍とは違い、国内は国内でどうにかしないといけない。
むしろ戦争用に集めておいた物資のお陰で、先の災害の支援もできる。
事情は分かる。悔しいかな戦争により兵たちが減ったことで、物資は十分に足りる。
戦争には勝てる。精霊は手に入る。災害はあったものの、持ち直せる。
でも何か……。
「如何なさいましたか?」
一緒に来たソテルに問われ、ハッと顔を上げる。
「災害はあったけれど、状況が上手く行き過ぎている気がするのよね。
何かを見落としているような、そんな気がするのよ」
「兵たちの士気は戻りました。当初の目的は達せたと言えるでしょう。気になるのであれば、フラーウスに戻りますか?」
ソテルがわたくしの考えをまとめるように問いかける。
ここで戻るのか? いや、戻るという選択肢はない。
ここで戻ることは、後にフラーウスを滅ぼす罅になりかねない。
「いいえ、戻る選択肢はないわ」
「それは残念です」
ソテルが本当に残念そうに、同時に諦めたように首を振る。
貴女はわたくしが戦場に来るのに反対だったわね。
だけれど、危険を冒してでも動かねばならない状況というのは、存在する。
それがこの場だという事は、わたくしにもわかる。
「分かっておりました。それがトパーシオン様です。
同時にフラーウスの事もお考えになるのが貴女様です。ですがどうか、今回に限っては祖国の事は一度忘れ、目の前のことに集中なさっていただけませんでしょうか?」
「……そうね。肝に銘じておくわ」
勝ったも同然かもしれない。だけれど勝ったわけではない。
フラーウスを気にしすぎていては、仕損じる可能性がある。
不本意ではあるけれど、目の前のことに全力を尽くすべきか。
それにソテルは王族以外で、いえそれ以上に心を許せる相手。
幼き頃よりともにいて、苦楽を共にしてきた。
唯一わたくしが弱みを見せることを躊躇わない、信の置ける相手。
彼女が言うのであれば、わたくしが考慮しないはずがない。
焦らないけれど、迅速に。それでいて確実にニゲルを落として見せよう。
「明日には王都を攻めることになります。今日はゆっくりとお身体をお休めください」
「ええ、お休みソテル」
◇
フラーウス軍野営地。
明日には戦争が大詰めになろうというこの場にて、息をひそめるように2つの影が潜んでいた。
1つは女性、1つは男性。月明かりの下、身を寄せ合う2人に親しい様子はなく、むしろ女性側はうんざりしている様子だった。
「貴方が伝令役ですね。手はず通りです。どうぞごゆるりと準備をお勧めくださいとお伝えください」
「確かに承った。すぐにでも戻り、ご主人様へとその情報をお伝えしよう」
「役目とは言え、そちらに戻れないのは辛いものですね」
「ご主人様にはきちんと命を守ったのだと伝えておく。戻ったお前を悪いようにはしまいよ」
「そうだと良いのですが……期待されていると信じて、もうしばらく頑張りましょう」
そうして2つの影は離れ、片方は闇に紛れるようにニゲル王都とは違う方向へと走り出した。





