123 ※月原視点
市成君が先行するようになって、私達フラーウス軍はよりその進行速度を上げた。
私――月原ひかりも彼に負けないようにとは思っているけれど、だいぶステータスの差は開いてしまったと思う。
戦場では鑑定できないから、具体的な数値はわからないけれど、彼が倒した魔族の将を私は倒せる自信がない。
遠距離から高威力の魔法を放ち続けてようやくだと思う。
でも戦争が早く終わるのは助かることだ。1日でも延びれば、それだけ死ぬ可能性も高くなるだろうし、清良を守り切れなくなるかもしれない。
私がフラーウスに忠誠を誓ったのは、大切なものを、清良を守るための土台がほしかったから。
今の戦争だってそう。清良を後ろに置いてくれているのは、私が頼んだから。本来なら私達と同じように、最前線に来るはずだった。
だけれど、清良が不要だと示すことが出来れば、後方での治療に専念できる。
そういう意味で、むちゃくちゃな強さを見せている市成君は私にとっては悪くない存在だ。
たとえその精神がどうなっていたとしても。
その刃がこちらに向かなければいい。
それは奴隷となった今、確実に守られる。
「ハハハハハ、弱い。弱すぎる! もっと強い奴を連れてこいよ」
戦争が始まって、磔馬君が亡くなって、市成君は強さに固執するようになった。
より強い相手を捜し、倒すことでさらに強くなる。
すでに私達の声は聞いていない。
話せば会話は出来るけれど、こちらの提案は聞かない。
とにかく自分のやりたいようにやる獣みたいな存在になってしまった。
前述通りそれで助かっているからいいのだけれど。
そんな中、急に地面が揺れたのがこの前。
地面が割れ、天気がめちゃくちゃになり、戦いなんて続けていられる状況ではなかった。
それでも、私達への命令は取り消されないので、徐々に戦線は維持できていたけれど、最初からモチベーションが最悪な勇者達はともかく、フラーウスの兵士達の士気は大いに下がった。
対して魔族の士気は依然高いままで、こちらが押され始めた頃、トパーシオン王女がこの前線までやってきた。
そこからの士気の回復は目を見張るもので、1度の演説でフラーウス軍は持ち直すことが出来た。
相変わらず、トパーシオン王女の人気の高いこと。
私はトパーシオン王女に呼ばれたので、王女専用のテントへと足を踏み入れた。
「戦況は?」
「先の災害で士気が下がり押され始めていましたが、殿下のおかげでまた持ち直しました。
さほど時間もかからずに、ニゲル王都にたどり着くかと思います」
トパーシオン王女は私の返答をまじめな顔をして聞いていたかと思うと、「勇者の被害は?」と質問を重ねた。
「磔馬が倒れて以降は、肉体的には問題ありません。
必要以上に敵に突撃していく人が増えた事が問題でしょうか?」
「それならかまわないわ。今や国の最高戦力。簡単に減らないように注意なさい」
「そのようにご命令いただければ」
私に言われてもそればかりはどうしようもない。
こちらの話など、聞いてはくれないのだもの。
それにトパーシオン王女と親しいと思われている私は、勇者内での位置が微妙なものになっている。
変に関わるのは避けておきたい。
トパーシオン王女の元を後にして、自分のテントに戻る。
一応勇者という立場上、1人1つずつテントを用意してもらえたのは助かる。
王族にしてみたら道具のような私達も、兵士から見たら英雄のようなもの。あまりにも扱いが悪いと、王族が批判される可能性がある。
だけれど、私たちへの命令と表面上の待遇で、うまいこと事実を隠しているようだ。
テントで一人横になり、この時間を噛みしめる。
ああ、今日も生き残ることが出来た。
余裕に見えても、明日には死んでしまうかもしれない。
清良が死んでしまうかもしれない。
そうならなかった今日という日を嬉しく思う。
後どれくらいかわからないけれど、戦い続けていれば、生き残り続けていれば、私達を必要としなくなる日が来るはずだ。
その時まで生き残る。万一の時の戦力として残してもらい、フラーウスに忠誠を誓うと共に多少の自由を求める。
そうできるように媚びを売ってきたのだ。
そうなるように、行動してきたのだ。
事実、トパーシオン殿下の私への対応は、ほかの勇者よりはマシだ。
どうなるにしても、明日を生きなければならない。明後日を生きなければならない。この戦争で生き残らなければならない。
ニゲル国の王都まで後もう少しらしい。
この戦争に勝って一段落。私達は勝つしかないのだ。
この前の災害がいったい何だったのかなんて、私達には関係がないのだ。





