118 ※フラーウス国王視点
アヴァリティアの策にはまり捕らえられ、牢屋に入れられた。
密談ができないようにするためか、王族はそれぞれ別の牢に入れられているようで、その姿を確認することはできない。
密談をするにも口をふさがれている今、話すこともできないが。
せめてこの轡さえなければ、とも思うが、魔法を使わせないようにするためのものだということくらい分かっている。
明日には殺すつもりなのだろうから、食事を与える必要もない。
故に余が言葉を話せる事は二度となかろう。
◇
翌朝、王族が王城の広場に集められた。
余と王妃、それから子供達がトパーシオンを除いた4人。全員が話せないように口をふさがれ、両手に枷をつけられている。
リーグルスと目が合うと、悔しそうにうつむく。
余の命を全うできなかったことに羞恥しているのだろう。
普段であれば叱らざるを得ないところだが、今はそのようなことができる状況ではない。
いや余の方が叱られるところであろう。
広場には柱が人数分用意されており、その前に並ばせられる。
まずは両手を上げた状態で括り付けられ、それから両足も柱に結ばれる。
最後に目隠しをされた。
暗闇の中、足音が遠ざかるのだけが聞こえる。
王家に対して何と不敬な事か、と声を荒げたいが、荒げたところでどうなるものでもない。
余は敗れ、殺されるために捕らえられた。ここで騒ぐだけ奴らを喜ばせるだけだろう。
そのまま足音は離れて行ってしまったが、これで終わりではないだろう。
ほどなく先ほどまでとは比べ物にならないほどの数の足音が聞こえ始めた。
この姿を民に晒して、真に王家が落ちたことを知らしめるのか。
惨めで仕方がないが、こうなってしまえば目隠しがある方がまだましだ。
その考えはすぐに消え去った。
「村を壊滅させやがって……父ちゃんの恨み!」
少年の声が聞こえてきたかと思うと、何か硬いものが頭に当たった。
それからすぐに、別の場所にも同じく硬いものが当たる。
言葉はないがうめき声くらいは聞こえるため、余だけではなく王族全員が同じ目に遭っているのが分かった。
一撃一撃は耐えられないわけではない。
だけれど、それが終わらない。止まったと思ったら、また突然ぶつけられる。
何たる屈辱。王家が何と惨めな事か。
数え切れぬほどぶつけられ、全身痛みがない場所がないほどになったころ、ふいにドロドロとした感情が胸を満たす。
余が一体何をした?
民を、フラーウスを、守ろうとしていただけのはずだ。
それなのになぜ民からの責め受けねばならぬ?
血が抜け、朦朧とする頭は、もうそれしか考えられない。
何故だ。何故だ。
常に民の事を考えてきたはずだ。
今までの国王達と同じように国を治めてきたはずだ。
それなのになぜ、余が責められねばならぬのだ。
精霊の恩恵を受け続けてきた民に余を責められる道理などなかろう。
王族である以上、小を切り捨て大を生かす決断をせねばならぬ。
どうしてそれがわからぬのだ。
緩やかな衰退を是とするか。
どれだけ考えようと、礫が降りやむことはない。
やめよ、やめよ、やめよ!
アヴァリティアに着いて行ったところで、行く先は破滅ぞ。
力を奪われ、搾取され、弱き者から死んでいく。それでも構わぬのか。
お主らは皆騙されておるのだ!
◇
どれだけの時間がたったのか、体には痛み以外の感覚がなく、何か大切なものが折れた。
それが何だったのか、もう余には思い出せない。
今思うのは、この世界が崩壊することだけ。
あの娘が言っていた戯言だが、事実であれば何と痛快なことであろうか。
フラーウスという国家そのもの、その成り立ちから茶番であったということだ。
無知な民、裏切り者、アヴァリティア。全て消えてなくなる。
愉快だ。愉快だ。
余は、自分は何を頑なになっていたのか。
簡単なことだ。王族などという枠に囚われなければいい。
この国はもう王族を求めていないのだから。
王族の矜持がなんだ。守ったところで何にもならぬ。
公人として、私を捨てるのは止めだ。
恨んでやろう。恨んでやろう。
そうして、世界とともに終わるお前らをあの世で腹を抱えて笑ってやる。
目隠しはなくなり、足も動く。
歩かされ、寝かされたのは断頭台。
王都中の民が居るのではないかと思うほどの数が囲んでいる。
なるほど、恨むべき相手がこんなにもいるのか。
あの世でどれだけ笑えばいいかわからぬ。
だが笑ってやろう。滑稽だったと、無様だったと。
お前たちが向かう先は、どう転んでも死のみ。
さあ、さあ、さあ。早く殺すがいい。そうして、最後のその時まで恐怖に震えるがいい、搾取に苦しむと良い、ばかばかしい。ばかばかしい。
この世は何と馬鹿らしいのだ。
「見よ、神を欺き、世界を混乱に陥れた一族の姿を。
だが、我々はその本性を暴き、このように捕らえることができた!
しかし既に誰もが覚悟していたことではあるだろうが、捕らえるにあたり少なからず犠牲も出た。
卑劣にも毒を使われ、今日逝ってしまった同胞もいる。
彼らのお陰で我々は目的を達することができた。それは彼らの目的だったともいえる。
だからこそ、今日という日を祝おうではないか。
死したものへの手向けに、憎き王族の首をささげようではないか」
全てを王族の責任にするつもりか。構わぬ、構わぬ。
王族のせいにしたところで、行きつく先は変わることはないのだから。
アヴァリティアの不快な演説が終わり、死が一刻一刻と迫ってくる。
わずかに聞こえる風切り音。
ああ、ああ……まだ……死にたくな……――――――





