115 ※国王視点
王城の中でも最も安全な場所の一つであるここに、突如現れた娘。
話口調は丁寧ながら、不遜な態度の娘が近衛ではどうしようもないことは、すぐにわかった。
素手で剣を折ることくらいならば出来る存在は他にもいるだろうが、剣を向けられているというのに恐怖1つ見せることはなく、あくびでも漏らさんばかりの余裕があった。
いかなる強者と言えども、近衛ほどのものに囲まれたとなれば表情の1つでも変えるものだ。
それなのに演技でもなく表情を変えなかったというのは、脅威と言わずに何と言えばいいのかわからない。
全力で向かわせたとして、返り討ちに合うのは目に見えている。
その後、娘の口から話された言葉は耳に痛いものばかりだった。
フラーウスの国王である余と同等、いやそれ以上の知識を持っているらしく、確かめることは出来ずとも信じずにはいられない事ばかりだった。
先の災害。ただの自然の気まぐれというには大きすぎる。
そもそもそう言った災害は、歴史的に見れば精霊の力を使い抑えていたはずなのだ。
だが近年はその制御が甘くなり、時折豪雨に襲われることもあった。
勇者を召喚して以降はその傾向が強くなったのも事実。
状況証拠だけだが、つなぎ合わせて考えると、確かに娘の言う通りなのだろう。
しかしイコールで世界崩壊というのを認めるわけにはいかん。
認めてしまえば、余はフラーウスの長き歴史全てを否定することになる。
脈々と受け継がれてきた王族の血を否定することになる。
フラーウスの王として、それは断じて認められない。
それなのにトパーシオンに責任を押し付けようとする自分がいるのも事実。
思わず声を荒げてしまったが、それだけで王としての何かを失ってしまったように感じられる。
自分の判断が間違いだったのかと、余の心を苛む。
国王として自身の選択には責任を持たねばならない。
だとしたら、世界が崩壊してしまった場合の責任は余になるのか?
娘の言が正しければ、歴代の王達の過ちではある。……いや、今考えても仕方がない。
この城は今現在、守るべき民に襲われているのだから。
この部屋にもその足音が徐々に聞こえ始め、とうとう扉が開かれた。
いつの間にか娘の姿は消えていて、近衛達が余の前で剣を構える。
城の中には騎士や兵士以外にも戦える者はいたはず。
それなのに扉の向こうから姿を見せたアヴァリティア当主は、十数人では収まらないであろう数の民を率いている。
なぜこんなことになっている?
所詮は民衆。戦いのプロではなく、近衛たちが負ける道理はない。
だが、こちらの敗北条件は、余の身に何かがあることだ。
多少心得があるとはいえ、民達に囲まれれば余では勝つことはできないだろう。
それにアヴァリティアは戦いの心得があるだろう。
対して相手は何人犠牲になろうとも、余の首を取るか身柄を確保してしまえば良し。
圧倒的とは言わぬが、不利な状況であることに違いはない。
「やはりお主か。アヴァリティア」
「それもこれも、王族が我らを裏切っていたからこそ」
「何のことだかな」
「惚けても無駄だ。先の災害、現在も続く戦争。すべては王族の責任であろう?」
「そうだ、騙しやがって!」
「信じていたのに……この裏切り者っ」
勝ち誇ったようにアヴァリティアが言えば、民達が追従する。
このように民衆に攻め入られた時点で、王家としては多大な汚点か。
長きにわたるフラーウス王国の歴史で、このような事態は今まで考えられなかっただろう。
だがここで黙ってやられるわけにはいかぬ。
不利ではあるが、勝機がないわけではない。
余が死ねば、次のトップはアヴァリティアだろう。
アヴァリティアが真に民のために動くのであれば話し合う手もあるが、こやつがそんな事を考えていないことくらい分かっておる。
民を食い物に、好きなようにふるまい始めるに違いない。
世界崩壊が起こらなければ、アヴァリティアによる搾取がはじまる可能性が高い。
「仕方あるまい。アヴァリティアよ、ここまでの狼藉の報いを受けてもらおう」
「王よ、今までの無法の責任を取ってもらう。民の怒りをその身に受けるがいい」
アヴァリティアが手をこちらに向けると、一緒に来ていた民達の身体の一部が光り始めた。
腕や足、顔。場所はそれぞれ異なるが、よく見ればそれらが魔法陣であることが分かる。
魔法による強化か? それだけで近衛をどうにかできるとは思えぬが……。
待て……あの陣には見覚えがある。
確かトパーシオンが密かに研究を進めていた、禁術の1つ。
勇者召喚で勇者達に施すものに似ている。
「ははは……力が溢れてくる」
「これなら騎士の一人や二人何とかできそうだ」
「流石はアヴァリティアさんだ。これで俺たちの手で王族を粛清できる」
「アヴァリティア……貴様、悪魔に魂を売りおったな!」
無邪気に民たちは喜ぶが、この一瞬で只人達が戦えるだけの力を手に入れたのだとすれば、かかる負荷は勇者のそれよりも大きいだろう。
ここにいる者たちはもう助かることはあるまい。
思わず声を荒げてしまったが、何も知らないのか民たちは訝しげにこちらを見る。
アヴァリティアに至っては勝ち誇ったように、にやりと笑った。





