110 ※女木視点
「行った……かな?」
「姿を隠しているだけって可能性もある。でも手を出さないという話だし、気にしないほうが良いかもね」
「神に連なるとか言っていたよね。神様に見られているって考えたら……まあ、大丈夫かな?」
そう言って緊張で固まった体をほぐしつつ、ため息をつく。
大きく深呼吸をすることで、精神的にも幾分かマシになる。
とは言え、見られているかもという状況は、あまりうれしいものではない。
見ているのが通山君だから、フラーウスを落とす邪魔をするとは思えないし、わざわざ助けると伝えに来たのに殺すということもないだろうから、大丈夫だとは思うけれど。
見られているとしても、話さないというわけにはいかないので、気にせずに磯部君に話しかけることにした。
「今後の予定をどうしようか。彼女の話が本当なら、安全策を考えたほうが良いと思うんだけど」
「そうだね。でも、もう指示するだけで計画は動き出すところまで来ている。
巻き込まれないようには進めているけど、せめて潜伏場所を変えておこうか」
「一応用意していたところね。一番近くで見られるから、この城の一画を陣取っていたけど……うん、移動しよう」
本当かはわからない。でもどうせ死ぬなら、少しでも足掻いてみるのは悪くないだろう。
確定していないだけで、ボクの中では事実だと思っているし。
そんなことで騙す意味ないし……いや、通山君なら騙す意味もあるのかもしれないけれど、1秒でも長く生きることが悪いことでもないわけだし。
何より、王女が帰ってくる前に死ぬのは何だかもったいない。
「あと気になっているんだけど、どうして通山君は自分でフラーウスを滅ぼそうとしないんだろうね?
今の彼……彼女なら簡単にやれそうな気がするんだけど」
「それは分からない。恨みがあるとすれば勇者達にもあるだろうから、そちらにも何もしていなさそうなことを考えると、転生してどうでもよくなったのかな?」
「どうでもいいけれど、恨みがあるところが困るのは嬉しい……みたいな?」
「おそらく」
確かに今の彼女と通山君はそれぞれ分けて考えているようだった。
一度死んだということで、割り切れたのだろうか?
それに勇者達――クラスメイト達には何もしていないといっても、現状とても酷い目には遭っている。
ボク個人としてはざまぁみろと言いたいくらいだけれど。
通山君の事を安易に殺した報いであり、磔馬が死んだのも当然のことのように思う。
……通山君を殺したから、起こった事態?
まさか、まさかね?
普通そんなことを考えないよね?
でもあの時の通山君の状態で普通の事を考えられる?
ボクだったら。ボクだったら、通山君の立場でどちらをより恨むだろうか。
フラーウス王国? クラスメイト?
この二択だとおそらくクラスメイトだろう。召喚されたとはいえ、直接害してきたのはクラスメイト達だから。
虐められているときに、恨むのはやはり直接何かをしてきた人なのだ。
仮にフラーウス王国が元凶だとしても、そんなこと考えている余裕なんてない。
だって今目の前の人から嫌がらせを受けているのだから。
通山君は違ったかもしれない。だけれど、こう考えるとまだ少し納得できる。
それにそうだ、通山君はクラスメイト達を守っていた。それなのに裏切られた形でもある。
それなのにフラーウスが元凶なので、虐めていたクラスメイトを許してほしいなんて言われても鼻で笑って返す。「何を馬鹿なことを」って思うことだろう。
「だとしたら、通山君は自分が死んでクラスメイト達が酷い目に遭うことを復讐にしたのかもね」
「伊織君?」
「あ、ううん。なんで通山君が自分でフラーウスに復讐しないのかって、分かった気がしたんだよ」
「どうして復讐しないんだ?」
磯部君が首をかしげるので「推測だけどね」と前置きをして話を始める。
「まず前提。彼女は通山君だった時と、今の自分を分けて考えている節があるよね」
「それは感じてる」
「今の状況なんだけど、クラスメイト達はとても酷い目に遭っていると思うんだよ。
伝え聞くだけでも、心が壊れているんじゃないかって人が何人かいそうだしね」
「そうだな」
「これって通山君が望んでいる状態なんじゃないのかなって」
「結果的にそうだけど……」
磯部君が何やら考え始めたけれど、早いところ計画も進めたいので、ボクの推測を続ける。
「つまり通山君は自分が死んで、クラスメイトの守りを失わせることで、クラスメイト達への復讐にしたってこと。
本当の本当に最終手段だったのかもしれないけれど、もしかしたらずいぶん前から死ぬ覚悟をしていたかもしれないね」
「そんな覚悟……普通出来るか?」
「出来ないよ。ボクもそこまではなかったし。でも、ニュースとかでは見たことあるよね?」
いじめに耐えかねてという人は現実にもいる。
「それに通山君にしてみれば、ただいじめられていたわけじゃなくて、守っていた人達から裏切られたようなものだから。その時の気持ちは、ボクには測れないよ」
「そうか……そうだな」
「だから通山君にとって、フラーウスはクラスメイトに復讐をする舞台になるわけで、簡単に滅ぼしては面白くなかったのかもね。
今はもう世界崩壊間近だから、気にしていないのかも。だとしたら、世界崩壊は思ったより近そうかな」
「それには同意だ」
世界崩壊のところで磯部君が頷く。
どう感じて良いのかわからないけれど、世界崩壊が近いというのは何となくホッとする。
「もしくは通山君時代と割り切っているからこそ、通山君が最後になしたことに出来るだけ干渉したくなかったかだと思うけれど、どっちにしても心配することはなさそうだね」
「それじゃあ、始めるか」
「世界が崩壊するより前に、フラーウスには消えてもらわないとね。
でもその前に移動しないといけないから、決行は明日かな」
「何日持つかな?」
「最短で1日とか言ってなかった?」
「何があるかわからないから」
不測の事態に備えるというのは基本だけれど、ボク達に出来ることは基本ない。
強いて言えば、自分たちの身を守ることくらい。
あとはどうにかしたい人たちが、どうにかして国を落とすだけだ。
では、作戦を開始しよう。





