102 ※文月視点
学園でのあたし達の居場所は基本的にお嬢様の部屋になる。
正確にはお嬢様に割り当てられた部屋の一部。
何と言うか、リビングがお嬢様の部屋で、あたし達はその隣の部屋に控えているという感じ。
その中でも控室のようなところと、個人の部屋とがあってあたし達2人で使っている。
つまり結構特別扱いされている。
精霊がいた部屋から抜け出し、こっそり部屋に戻ってきたあたし達に「どうして私の護衛はこんなに自由なのかしら?」と悪戯っぽい声が聞こえてきた。
「申し訳ありません、ナタフィリアお嬢様」
「も、申し訳、ありませんっ」
声の主ナタフィリアお嬢様は、小さな唇を少しとがらせて不機嫌だと主張していたが、すぐに穏やかないつもの表情に戻った。
「いいえ、いまのはちょっと意地悪だったわ。貴方達は名目上は私の護衛だけれど、目的を達することを優先するという契約だもの。
でも今は何だか学園が騒がしくなっているから、心配したのよ?
まさか貴方達が関わっているんじゃないかって」
安心したような表情を見せるお嬢様には悪いけれど、思いっきりかかわってます。
むしろ犯人です。
今は通山君――フィーニスちゃんが身代わりになってくれたみたいだから、あたし達が疑われることはないだろうけど。
「あら? 本当に関わっているみたいね」
「ナタフィリアお嬢様」
「そうそう、貴方達はリアって呼ぶ約束よ?」
「リア様。事情は後で説明しますので、先に我々だけで話しても良いでしょうか?
正直なところ俺達も事情をうまく呑み込めていないんです」
「わかったわ。話がまとまったらちゃんと話に来ること。これは命令よ?」
茶目っ気たっぷりにそう言うと、リア様が自分の部屋に戻っていく。
これで安心して、と言うの変な感じだけれど、道久君と話すことができそうだ。
「ねえ、道久君。通山君と話しているときに、話さなくなったのはどうして?」
「やっぱり梦ちゃんって変なところを気にするね」
「え? うん。でも気になったから」
いつも誰かと話すときには任せっぱなしにしているあたしが言えた義理はないのだろうけれど、いやだからこそ気になる。
道久君が話せなくなるだけの何かがあったのだろうか?
それに気が付けなかったあたしは、とんでもなく鈍感なんじゃないか。一度気になってしまうと、ついついそちらに意識が言ってしまう。
道久君は何だか話し辛そうにため息をついてから、諦めたように話し始めた。
「だって、ほら。通山と話をできるのは、梦ちゃん以外にはいないって思い知らされたからね。
俺は圧倒的な力、それこそ神のような力を手に入れて戻ってきた通山なら、簡単に人々を助けられると思ったんだよ。
だから頼もうとした。
そのあとの通山の目は、今思い出しただけでも背筋が凍るよ」
「そんな怖い顔してたかな?」
「何と言うか、表情がなかった。まるで能面みたいな不気味な感じだった」
そうだったかな? 道久君だけに見えるようにしたのかもしれない。
今の通山君ならそれくらいできそうだし。
「そして梦ちゃんに言われて、通山が俺達を――俺をどう見ているのかに気が付いた。
通山の事情を考えずに意見を通そうとした俺は、もう話さないほうが良いかなと思ったから黙ってたんだ」
「そっか。何だか珍しいね」
道久君は人間関係のバランスと言うか、そう言うのを上手くとることができる人だったのだけれど。
でも大切な人が関わることになれば、取り乱してしまうのかもしれない。
「結局、こっちの世界に来て通山とまともな会話をしたのは、梦ちゃんだけだから。
そう言う意味でも、梦ちゃん以上に通山と話せる人はいないんだよ」
「そっか、うん。そうなのかもね」
このことについて、あたしはこれ以上何も言えない。
でも通山君を思うと、胸が痛くなる。
だってそうだ。通山君が助けるといったのは、不干渉だったクラスメイトだけ。
通山君に良くしていたではなく、不干渉だったなのだ。それでもたった4人だけ。
改めて通山君の境遇の酷さを思い知らされる。
あたしは何とか話しかけることができたけれど、それだけしかできなかった。
それを威張るつもりはないし、むしろ後悔ばかりだけれど、道久君にしてみると話しかけることもしなかった、出来なかった相手なのだ。
その相手の好意に縋ろうとした事。それを理解したのであれば、あたしでも何も言えなくなる。
そもそもあたしはそんなに話さないけれど。
あたしが道久君の気持ちを推し量るなんて烏滸がましいけれど、話さなかった理由は分かった。
「うん。それじゃあ次の話だけど、道久君は助ける3人を決められる?」
「3人、3人かぁ……決める方法は思いつくけど、決めるのは難しいね……」
「でも結局誰も助けないって言うのはダメだよね」
出来れば良くしてくれた人が皆、助かってほしい。でもそれは過ぎた願いで、そんなことが願えるほどあたし達は何かをなしたわけじゃない。これで世界でも救っていたら違うのだろうけれど、あたし達はただ逃げていただけなのだ。
それなのに人の生死にかかわることを、しかも身近な人の生死にかかわることを決めないといけないのは、本当につらい。
選べない。
そう思っていたら、道久君が1つ提案してくれた。
「さっきも少し言ったけど、もう条件だけ神様に伝えて、後は神様に任せても良いかもしれないね……。
神様が助けても良いと思える人の中から、俺達に良くしてくれた人たちを上から3人みたいな感じで」
その提案は悪くない。
決められないよりずっといい。責任を放棄するようだけれど、あたしには助ける3人を選ぶなんてことはできないから。
神様が選んでくれるなら、卑怯かもしれないけれど、あたしは任せたい。
それならば助かった人達も神に選ばれたからと、納得してくれるだろうし。
「道久君はそれでいいの?」
「……良いよ。3人も救える。それでいい」
「じゃあ、そうしようか。お嬢様にはどこまで話す?」
「俺達の正体と世界崩壊が避けられない事……かなぁ……」
「……うん。それくらいしか話せないよね」
「話すのは明日にして、今日はもう休もうか」
道久君が話を切って、あたし達の長かった一日が終わった。





