98 ※文月視点
年下の女の子を前に、あたしはまるで蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。彼女について考えれば考えるだけ、今の状況が絶望的なような気がしてくるから。
「それでその子、渡してくれませんか?」
「その前にいくつか質問して良いかな?」
「それくらいなら構いませんよ。数日レベルで引き延ばされると面倒ですが、今日くらいはつきあってあげます」
道久君の問いに応えるフィーニスちゃんの言葉選びに、なんだか変な違和感を覚える。
何というか、年齢不相応というか……。
でも彼女が話を聞いてくれる気があるのは助かった。
問答無用で来られたら、もうすべてが終わっていてもおかしくはなかったから。きっと彼女とあたし達の実力差はそれくらいはある。
道久君にばかり頼っていてはダメなので、あたしもあたしで自分の出来ることをしなければ。
具体的にはフィーニスちゃんの目的は何で、生き残るにはどうしたらいいのか、必死に考える。
「フィーニスちゃんの目的は何かな?」
「精霊の回収です。次にフィーニスちゃんと言ったら、質問時間は終了と言うことにさせてもらいますので、そのつもりで」
不機嫌そうにフィーニスちゃんが道久君を見る。
あたしも道久君に視線を向けたい。不機嫌にさせると分かっていることを口にしないでほしい。
でも、道久君にも考えがあっての事だろうし、今は道久君を見るよりもフィーニスちゃんの一挙手一投足を見逃さないことの方が大切だ。
「わ、わかったよ。精霊を回収してからのことを聞きたかったんだけど……」
「わたしの目的は回収するだけです。その結果どうなるかには興味がありません」
「世界が崩壊しようとしている事には?」
「崩壊しますね」
「回収して、それを止めようとしてくれたりは?」
「無理ですね」
左右に首を振るフィーニスちゃんを見て、道久君が諦めたような顔をする。
フィーニスちゃんは世界崩壊を止める気はない。けれど精霊はほしい。
あたしたちは世界崩壊を止めたい。そのために精霊が必要になる。
完全に対立。
「それなら渡せないよ」
「そうですか。それなら力づくで行くしかないですかね?」
「逃げろ!」
交渉は決裂。
道久君の選択は逃亡。
狭い空間で逃げるのは難しいけれど、一戦交えるよりは可能性が高いと見たのだろう。あたしもそれに賛成だ。
相手は一人、二人で同時に動けばどちらかは生き残れるはず。
いずれこんなシーンが来たときのためにと、既に話し合っている。
どちらが生き残っても恨みっこなしだって。
でもまあ、道久君が精霊を持っているから、あたしが壁になろう。
死ぬのは怖いけれど、あたしが生き残ったところで世界が持たない。
道久君が逃げるのを確認して、あたしは震える唇を、ガチガチと鳴る歯を無理矢理押さえ込んで呪文を唱える。
「ブレッド……」
たったそれだけ。それだけを口にしたところで、フィーニスちゃんがあたしの目の前にやってきていた。
それこそ瞬間移動のようだ。でも、あたしのところに来てくれた。
「逃げて道久君!」
何か言いたげな彼に対して、あたしは先に声をかける。
悲痛な表情ながらも足を動かし始めた道久君を笑顔で見送る。
ちゃんと笑顔になってたかな?
なってなかったらごめんね。
「ルルス、とりあえず捕まえておいてください」
あたしの精一杯の笑顔を嘲るように、フィーニスちゃんがそう告げる。
というか、もう1人居たんだ。全く気付いていなかった。
諦めたような心地で、道久君の方を見るとフィーニスちゃんによく似た女の子が魔法を使って、道久君を捕まえていた。
道久君がもがいているけれど、まるでびくともしていない。
これでも人の中ではステータスが高い方のはずなのだけれど、ここまで何も出来ないとなると、生半可なステータスじゃないのだろう。
というか、このフィーニスちゃんは、前にあった子とは違うのだろうか?
よく似た姉妹がほかにもいるのだとしたら、あのステータスが控えめなことは別の子かもしれない。
「何を考えているのか知りませんけど、とりあえず貴方達は1つ勘違いをしてます。いえ、反応を見る限り、2つ以上勘違いしていそうですけど」
「勘違いって何かな?」
もがくのを諦めた道久君がフィーニスちゃんに尋ねる。
というか、何であたし達を捕まえるだけで殺さないのだろうか。
なんだろう、殺す前に遺言でも聞いてやろう、みたいな事なのだろうか?
「世界崩壊を防ぐと言っていましたが、もう世界の崩壊を防ぐ手だてはありません。
精霊を解放したところで、表面を取り繕うだけです。その裏では世界崩壊が進み、ある日突然終焉がきます」
「それが事実だと証明できるのかい?」
「何故証明しないといけないんでしょう? それを問える立場ですか?」
フィーニスちゃんが冷たく言い返す。
確かに今のあたし達がフィーニスちゃんに尋ねられる立場ではない。
いつ殺されてもおかしくない状況だから。
今の話はあくまで善意。信じないなら信じないで構わない、それだけの話。
「なーんて。教える義理がないのは確かですが、良いですよ。
わたしを「鑑定」してみてください。それで信じられなければ、ちょっとわたしにはどうしようもないです」
フィーニスちゃんがあたしの方を見る。
間近にいるフィーニスちゃんは、あたしなんか足元にも及ばない美少女で、それだけで気後れしてしまう。
だけれど彼女の言葉に逆らうことが出来ずに「鑑定」を使った。
そう言えば、「鑑定」の事をフィーニスちゃんに教えたことがあったっけ? と思ったときには、そんな考え忘れてしまうかのようなステータスが表示された。
フィーニス
年齢:0 性別:女
体力:4085
魔力:4952
筋力:3732
耐久:3572
知力:4157
抵抗:3983
敏捷:4341
称号:亜神
スキル:言語理解
勇者(6)
騎士(6)
賢者(7)
聖女(2)
隠密(5)
亜神感覚(1)
契約
創造
テイム
この流れが終わるくらいまで、視点は文月のままだと思います。





