閑話 勇者とは? 前編 ※文月視点
あたし達がフラーウス王国を出てから、どれくらいの時間がたったのだろうか。
10日くらいは数えていたけれど、それから先は数えていない。
数えても意味がないというか、数えなくても生きていけるというか。
何日経ったとか、今が何時かとか、日本にいた時にはそればかり気にしていたので、初めはソワソワしたし、慣れてくるととても楽だなと感じていた。
最近はそうもいかなくなったけれど。
急に右も左もわからない世界に召喚されて、それでも保護されているから安心だと思っていたら、その平和が仮初のもので逃げ出すことになって。
それでも力はあったから何とかやってこられた。
グリュプスと相対した時は死ぬかと思ったし、ほぼ着の身着のままお城から逃げ出すことになった時には行き先が不安だった。
だって最初は1人だったから。
どういうわけか藤原君――道久君が一緒に来てくれることになって、とても心強かった。
男子と言うのがちょっと引っかかるところだけれど、それでも一人でいるよりは安心だった。
道久君は何もしてこなかったし。
さて、アクィルスに入ったあたし達は、魔物に襲われている馬車を見つけた。
それを助けてみると、中にいたのは何と高位貴族のご令嬢。
まさかこんな物語みたいな展開があるなんて思っていなくて、内心テンション上がっていたのだけれど、コミュ障のあたしはすべてのやり取りを道久君任せにしてしまった。
あたしも事情の説明とかしようとは思ったのだ。
相手は女の子、となれば相手をするのは女のあたしの仕事だと思ったから。
でも駄目だった。あたしがまるでお話にならない。
「あ」を10回ほど繰り返した辺りで、道久君が交代してくれた。
お嬢様はてんぱって何を言っているかわからないあたしの事を責めずにいてくれた。
皆優しい。
お嬢様の名前はナタフィリア・クロンツェル。アクィルスの辺境伯のご令嬢で、あたし達と会った時は領地の視察中だったらしい。
助けたあたし達はそのままナタフィリア様の護衛として雇われて、御屋敷へ。
助けた護衛の料金の他に望みをということで、道久君が勇者について調べたいと伝えた結果、クロンツェルの客人として迎え入れられた。
と言うのも、勇者に関しての書物などがクロンツェルのお屋敷にあるから。
学校の図書室のような部屋があって、そこにたくさんの本が置いてある感じ。
あたし達はナタフィリアお嬢様やクロンツェル領の人と交流しながら勇者について調べていたけれど、これと言って大きな収穫はなかった。
何と言うか、物語ばかりと言うか、絵本みたいと言うか。
この世界に昔は精霊が居たんだなー、みたいな緩い知識は得られたけれど、今までの勇者がどんな人だったのかとか、元の世界に帰ることができたのかとか、そう言ったことは分からなかった。
だけれど、これだけは知ってよかったと思うことが1つある。
それは魔王は本来突然現れた世界の敵だったということ。
勇者が魔王を倒すために呼ばれてきたということは間違いなく、魔王は過去に何度も世界に現れている。
では、あたし達が呼ばれた今はどうかと言えば、この意味での魔王の出現は確認できない。
フラーウスが戦争を起こそうとしているニゲル国の王様である魔王は、本来意味するところの魔王とは違う。
つまりこの世界にとって、通山君が殺される必要はまるでなかった。
フラーウス王国が――何らかの理由があったとしても――身勝手に召喚しただけ。
世界のためなんてことはなかったのだ。世界が危ないから、何としてでも通山君のスキルから脱しなければというものではなかった。
この時点である意味あたし達の目的は達したようなものだけれど、あたし達は勇者について調べ続けることにした。
元の世界に戻る方法があるかもしれないから。今までの勇者がどうなったのかを知ることで、あたしたちの身の振り方も見えてくると思ったから。
より詳しい資料が見たいと領主様に尋ねると、お嬢様が学園に戻るからそこで探してみると良いと言われた。
護衛兼学生として、学園生活を送るというわけだ。
そんなことが可能なのかと尋ねると、クロンツェルの権力があれば可能とのこと。
そうしてあたし達はお嬢様と一緒に全寮制の学園に通うことになった。
◇
学園に入学してからも短い間にいろいろあった。
お嬢様が巻き込まれた事件を解決したり、道久君が難癖付けられて決闘騒ぎになったり、B級の魔物が学園に迫ってきてあわや学園崩壊となりそうだったので魔物倒したり。
知らぬ間にステータスがB級冒険者クラスになっていた。
変に目立ってしまったのはいただけないけれど、そのおかげか学園の中でも一部の人しか読むことができない本がある部屋への立ち入りが許可された。
中には高度な魔法について書かれた本や国の機密に近いような本の他、歴史について書かれたものがたくさんあった。
そうしてあたし達は目的の知識を手に入れた。手に入れてしまった。
今までこの世界にやってきた勇者について。
今でこそ召喚しているけれど、初代勇者は世界に初めて魔王が現れた時にひょっこりやってきたらしい。
その力はすさまじく、一人で魔王を倒し、精霊を捕まえ、6つの国を作ったのだとか。
その勇者は元居た世界でも強い存在だったらしく、自分のいた世界で魔王のような強大な存在を倒していたと書いてあった。
その勇者のお陰で異世界と言うものを知ったこの国の人たちが作り出したのが、召喚の魔法。
はじめのうちは初代勇者のように、異世界でも強い者を召喚していた。
だけれど、魔王を倒したあと見返りとして、この世界で自分勝手に余生を過ごす勇者が現れた。
簡単に言えば各国の姫を自分のハーレムに無理矢理引き入れて、贅沢三昧をしたわけだ。
ハーレムとかあるんだなー、とぼんやり思っていたけれど、そう言えば領主様も3人くらい奥さんがいたような気がする。
ともかく、強い者を呼ぶリスクを知ったこの世界の人々が次に作り出したのが、あたし達を呼び出した召喚魔法だ。





