閑話 見ていなかったこと+α
筆が進まずあまりに短くなったので、最後にちょっとトパーシオン視点を入れておきました。
私――山辺清良のもとに怪我人が運ばれてくる。
私がいるのは、戦場の後方にあるテントの中。
戦争がはじまってから、ずっとこのテントにいる。
私は魔法で怪我を治すことができるから。
私の他にも回復魔法を使える人はいるけれど、『聖女』である私の魔法が最も強力なので、重症の人が良く運ばれてきた。
戦場に出ない私はクラスメイトの中では恵まれている方なのだと思う。
少なくとも、私自身の身の危険は今のところ感じたことはない。
治療をすれば感謝もされるし、クラスメイト達もたまに運ばれてくるので、ずっと一人だというわけではない。
それでもここは私には辛かった。
治療が終わるまで寝ることは許されず、朝からひっきりなしに怪我人がやってくる。
しかも私のところに運ばれてくる人は酷いけがをしているわけで、毎日毎日血を見ることになった。
裂けた肉、飛び出た骨、転がった目玉、削げた耳や鼻。無くなった四肢。
それに加えて、それに伴う血と汗が混ざった、なんとも言えない匂い。
初日を終えた後は、正直何も食べる気はしなかった。
「聖女様のお陰で明日も戦える」
「駄目かと思った腕が動く」
運ばれてくる人を治療していると、良く感謝される。
そのことは嬉しい。それは違いない。
だけれど、治療が遅れた時やそもそも怪我がひどすぎる場合に、恨みがましい目を向けてくる人も少なくなかった。
たぶん私が勇者だから、何も言えなかっただけなのだろう。
それでも、それでもクラスメイト達よりは安全なところにいるのだから。
たとえテントの中で痛みに耐えかねた人のうめき声が常に聞こえてきていても、錯乱した人に襲われそうになったとしても、魔法が効かずに目の前で死んでしまった人がいても。
それでも私はまだましだと思っていた。
◇
ある日治療をした人と話す機会があった。
国民から集められた志願兵の中では、年を取っている男性だった。
話の流れは忘れてしまったけれど、なぜ彼が兵士をしているのかという話になり、彼はこう答えた。
「オレの女房と娘があの事件の日に、事件が起こった村にいたから」
怒りのこもった、吐き捨てるような声で、でも確かにそう言った。
どこを見ているかわからない目は怨念すら籠っているようで、私は何も返すことができなかった。
だって彼の家族は私達が殺したのだから。
今でも覚えている。私が使った魔法で人が死んで行く姿を。
クラスメイトが人を殺している様を。
叫び声を、うめき声を、鳴き声を、恨み声を、血の臭いを、肉の臭いを、焼ける臭いを。
頭がおかしくなりそうだった、喉の奥から声が出てこなかった。
泣きたくても泣けなかった。
だからだろうか、殺された人にも家族がいることを、友人がいることを意識していなかった。
だけれどその日、私の前に突き付けられた。
彼がテントを出て行った後、私は人知れず胃の中の物をすべて吐き出した。
罪悪感に耐えられなかった。
彼の怒りは私達に向けられるべきなのに、それを伝えることができない自分が嫌だった。
いやそれ以上に、たとえ伝えることができたとしてもきっと伝えられないであろう自分に、自分にあの怒りの矛先が向く事を考えただけで恐怖で動くことができなかった自分に嫌気がさした。
命令されていたから、どうやっても魔族が村と町を壊滅させた事件の真相を話せないということに、安心した自分に吐き気がした。
頭がおかしくなりそうだった。
ここにいるくらいなら、戦場に行きたかった。そう思ってしまうほどに。
頭がおかしくなりそうだ、頭がおかしくなってしまう。
戦場に行っても人を殺すだけ。ここに残っても、罪悪感に押しつぶされる。
私の手は血で染まっている。こんな手で人を助けて何の意味があるのだろう。
その日から、私は一心不乱に治療をし続けた。
とにかく怪我を治していれば、他には何も考えずに済むから。
切断された腕の断面も、うつろになった目も、お腹に深く刺さった剣も、見慣れてしまった。
毎日毎日毎日毎日、私は人を治し続ける。
◆◆◆◆◆◆◆
(トパーシオン視点)
「連れてまいりました」
「ご苦労様。下がって良いわ」
「はっ!」
今現在戦争に駆り出されている勇者の中の1人を執務室まで連れてきてもらう。
勇者である以上、戦闘力は並み以上はあるのだけれど、今日呼んだトウキチはステータスは低い方の人物なので大丈夫だろうと判断した。
理由は簡単。トウキチのスキルに用があるから。
「あ、あの……王女様、今日はどういう……」
「兵器に礼儀は求めないわ。ただわたくしの問いに答えればいいの。分かったかしら?」
「は、はい」
トウキチは最初国王に謁見した時に、マコトに引き続いて質問をした人物。
その内容はいたって平凡で、注目には値しなかった。
一国の王を相手に堂々たる受け答えをしていたのだけれど、今の様子を見ると単純にあの時は状況が分かっていなかっただけなのだろう。
今更勇者と対等に話をしようという気はないので、うまく話せないのであれば最悪首だけ動かしてくれればいい。
「とりあえず、ここでの事はフラーウス王族以外には秘密にすること。
そのうえでこれを見なさい」
トウキチに精霊の間に行くのに必要な鍵を見せた。
怯えた様子のトウキチが見たのを確認して、話を進める。
「これの使い方は分かるかしら?」
「……はい。隠し扉を開く鍵です」
「では、その隠し扉の場所は?」
「分かりません。使える場所が近くにあればあるいは」
「なるほど、では実験をしに行くわ。ついていらっしゃい」
戦争に勝った後の事を考えて、トウキチを連れて執務室を後にした。





