閑話 城の奥底で 前編
中立組の城潜伏組の話。
長くなりそうなうえ、筆が乗らなかったのでぶつ切りです。ご了承ください。
「イオリ様。例の計画が実行されたそうです」
「ありがとう。いつも本当に助かっているよ。
こんな部屋まで用意して匿ってくれるなんて、感謝してもし足りないくらいだ」
「い……いえ、イオリ様のお力になれるのであれば、私はこの命でも差し出しましょう!」
ボク――女木伊織の担当のメイドであり、ボクのスキル『魅了』の最初の犠牲者でもあるクレートが頬を高揚させ、興奮したようにボクのお礼に反応する。
この世界に来てからと言うもの、彼女には頼りっぱなしではあるけれど、ここまで盲信されるとちょっと怖い。
だけれど、この世界では彼女が一番安心して近くにおいておける。だからいなくなってもらうと、ボクが困る。
「クレート、君がいなくなると困るよ」
「何と勿体ないお言葉」
そう言ってボクの前に跪くのもやめてほしいけれど、磯部君にあまり意に反することをさせないほうが良いんじゃないか、と言われているので好きにさせている。
魅了はあくまでも自分に好意を向けさせるもので、洗脳しているわけではない。
クレートを見ていると、ほとんど洗脳しているように見えるけれど、あまりにも扱いを適当にするとスキルの効果を上回るほど嫌われる可能性もある。
クレートのレベルまで魅了してしまっていると、その心配もないとは思うけれど、この辺はもう習慣だ。
やめてほしいとは思うけれど、慣れたと言えば慣れた。
「相変わらずの狂信具合だね」
「イオリ様の素晴らしさがわからないなんて、残念な勇者ですね」
「伊織君の素晴らしさは分かっているよ。そのお陰で俺もこうしていられるわけだし。
伊織君がいなかったら、今頃クラスメイト達と一緒に村を襲いに行っているよ。考えただけでも気持ち悪くなってくる」
「ふん、分かればいいんです分かれば」
さっきから部屋の端っこで本を読んでいた磯部君が、おそらくボクに話しかけてきたのだけれど、クレートが話に割り込んできた。
大体いつもこんな感じだ。ボクと対等の扱いをしている磯部君のことを、クレートはよく思っていないから事あるごとにつっかかる。
仲良くなってほしいと最初は思っていたけれど、これが様式美なんだと思うようになってからは放置するようにした。
磯部君も特に気にした様子もなく、相手をしているので別にいい。
嫌になったら、この部屋から出ていくだろう。ボクと磯部君の約束は最低限果たされたのだから。
◇
この世界に連れてこられて、ボクが最初にやったことは『詐称』で自分のステータスを偽ること。
次に宛がわれたメイド――クレートを『魅了』して、傀儡にすること。
通山君もそうだったのだと思うけれど、ボクもこの国は信用していなかった。
そしてクラスメイト達もあまり信用していなかった。
日本にいたころ、ボクはクラスの中の一部グループから虐められていたから。
そのグループがいる限り、ボクはクラスメイトを信用する気はなかった。
磯部君だけ例外にしたのは、磯部君が本ばかり読んでいてクラスに仲がいい人が少なく、図書室で度々話してくれていたから。
だから声をかけた。本をよく読む磯部君の知識が欲しかったというのもある。
とりあえず磯部君とは、この国が信用できないから、スキルを使って安全地帯を確保するまでは協力し合うということで話が付いた。
多くの人を魅了して、足場を固めて、場所を作って。安全確保が出来たと思ったら、通山君がいつ殺されてもおかしくないような状況になっていた。
だからそれを利用して、磯部君と隠れることにした。
助けようとは思わなかった。虐められていたからわかるけれど、下手に虐めを止めようものなら、一緒に虐められるか、標的がこちらに移るから。
そして通山君は殺された。
同情はしたけれど、どうしようもなかった。はっきり言って、もう一度虐められるのが怖かったから。
心の中で何度も謝った。でもクラスメイト達を通山君が守っていたことに気が付いた時、そしてどんどん扱いがひどくなっていくクラスメイト達を見るたび、通山君はすごいなと尊敬すらしていた。
彼は最後の最後で虐めていた皆に復讐をしたのだ。
きっとそう思って死んだのだと思う。ボクが彼の立場でも、同じような後ろ暗い気持ちを覚えただろうから。
◇
「まあ、ニゲル国との戦争は確定みたいだね」
クレートが部屋を出て行った所で、磯部君が話を再開する。
その声は呆れているような、ホッとしているような感じがした。
通山君を排して戦争に駆り出されたクラスメイト達に呆れて、自分がそれに巻き込まれなくて良かったと安心したのだろう。
「じゃあ、あの作戦を進めようか。磯部君はどうする?
もう約束は終わったから、手伝ってくれなくても大丈夫だよ?」
「ここまで来たんだ。最後まで付き合うよ。戦争反対派という名の反王族派の情報も集まっているし、いきなり召喚した王族には思うところもあるし」
「そっか、じゃあ。これからどうすべきだと思う?」
これから先の計画は安全とは言い難いし、降りるというのであれば別にいいかなと思ったけれど、付き合ってくれるのであれば遠慮しないでいこう。
磯部君は苦笑してから、考え始める。
「とりあえずは反王族派と連絡を取りつつ、戦争がどうなるのかを見守ることかな。
できれば、他国に逃げる準備もしていたほうが良いと思う」
「フラーウスが負けるかもしれないってこと?」
「ニゲル国の強さはよくわからないからね。フラーウス側は負けるつもりはないみたいだけれど、何があるかわからないから、準備だけはしておいたほうが良いと思う。
作戦を実行した後も、フラーウスから逃げるかもしれないし、いざというときに何もないと詰みかねない」
磯部君はとにかく安全に事を進めることに重きを置いている。
ボクとしては、フラーウスに仕返しできればいいかとしか考えていなかったので、逃げ道については全く思いついていなかった。クラスメイト達については、虐めて1人殺した人たちなので、まあいいかなって感じ。
やっぱりこういう時は、別の人が居てくれて助かる。
『魅了』した人に相談しても、変にボクの機嫌を取ろうとして、有用な意見が出てきにくい。
メモ帳に「逃げ道の確保」と書いて「戦争は見守るの?」と尋ねた。
騎士が少なくなる戦時だからこそ、行動を起こすべきだと思うのだけれど。
「世論的に難しいかなと。ニゲルと言うか、魔人族を殲滅するのはフラーウス国の人の悲願みたいなところがあるし、動いてくれる人がいないと思う。
俺たちが直接動くというなら話は別だけど、動く?」
「自分で動くのは嫌かな。ボク達は強くないからね」





