閑話 ニゲルとの戦争の一幕
この世界に召喚される前、わたし達は皆、普通の高校生だった。
朝学校に行ってから、仲良しグループで集まって、嫌だなぁ……と思いながら授業を受けて、10分しかない休み時間でいっぱいお喋りして。
わたし――古村さくらも、そんな普通の高校生だった。
いつも城前夏月こと夏のなっちゃんと、鈴木秋穂こと秋のあっきー。
染野椿姫こと椿――冬のひめひめと一緒にお喋りをしていた。
この世界に召喚された時も、4人全員が一緒だったから寂しくはなかったし、最初の1か月は楽しかった。
幸いにもわたし達は、パーティを作る時にちょうどいい編成だったから、訓練中も一緒に居られる時間が長かった。
魔王を倒すなんて言っても、それほど難しいことはなくて、あっさり地球に帰れると思ってた。
でも何故か、そんなことはなくなってしまった。
何故か、なんて言っても理由は分かりきっているのだけれど。
誰も彼を助けなかったから。「でも」と言いたくても、彼は生き返らない。
でも、「でも」と言いたい。どうして教えてくれなかったんだろうって。
まだ皆と話が出来るときに、そう言ったらひめひめが苦い顔をしながら「そうね」とだけ呟いた。
それは何だかわたしを責めているようにも感じたけれど、わたしがその真意を知ることはできなかった。
◇
そうしてやってきた地獄のあの日。
わたしがわたし達が初めて人を殺した日。
たくさんの悲鳴、怒号、血、臭い、手に残る感覚、どれもが今でも悪夢となってやってくる。
弟の年齢くらいの男の子を殺した。
お母さんの年齢くらいの女性を殺した。
お父さんの年齢くらいの男性を殺した。
殺した、殺した、殺した殺した殺した……。
止めたくても、奴隷の指輪のせいで止められなくて、わたしの手は真っ赤に染まった。
村にわたし達以外に生きた人がいなくなった時、沢山のクラスメイト達が気分悪そうにしていた。
わたしもその中の一人だったけれど、スキル「元気印」のお陰か、他の人よりはマシだったと思う。
でも、この時はこれ以上の地獄は存在しないのではないかと思っていた。
だけれど、こういうことは比べられるものではないのだと、すぐに知ることになった。
◇
「さくら、左」
あっきーの声が聞こえてきて、わたしは慌てて左側に大盾を構えた。
その直後、炎の塊が飛んできて盾に阻まれて霧散する。
その時の衝撃で腕がしびれた。
隙のできたわたしに、魔人族の人が剣を振りかぶってくる。
「うわあああああぁぁぁぁぁ」
恐怖に負けないように大声を出して剣を突き出すと、剣に肉が貫かれていくのがわかる。
また殺した。
また殺してしまった。
唖然とするわたしの横を、ひめひめが走り抜け、魔人族の人を屠っていく。
わたしの後ろからは、あっきーの弓やなっちゃんの魔法が飛ぶ。
わたしが前衛。二人が後衛でひめひめが中兼前衛。
ちゃんと役割をはたしていれば、簡単に負けることはないと言われていたけれど、そんな簡単なことじゃない。
自分の命が狙われる。わたしを殺そうと明確な意思を持った相手がいる。
それがとても恐ろしい。
もう嫌だ、もう嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
大体魔人族と言うのは何なんだ。
魔王の部下で、世界の敵ではなかったのだろうか。
魔物のように明らかに敵とわかるような姿をしているものではないのだろうか。
今、わたし達と戦っている魔人族は、目が赤いとか肌が黒いとかの特徴はあるけれど、普通の人と変わらない。
本当にこの人たちが世界を乗っ取ろうとするのだろうか。
これは世界を救う戦いなんかじゃなくて、ただの戦争なのではないだろうか。
そう思ったところで、首を振る。
わたしだって気が付いている。この国は戦争がしたくてわたし達を呼び出したこと。
ただわたし達を兵士として使いたかっただけだということ。
食べるものを得る方法もわからない、住む場所もない、そんな世界に来たわたし達はこの国に従うしかないから。
「さくら……ッ!」
またあっきーの声が聞こえた。
ハッとして、顔を上げると盾を避けて、わたしの肩に槍が迫っていた。
それから肩が熱くなる。
「ったああぁぁぁぁ。
もう、やだぁ……」
痛い、痛い、痛い。
槍が肩を貫いている。
もうやだ、なんで、なんでこんなことになっているの?
もう勉強は嫌だと言いません。
お母さんの話はちゃんと聞きます。
お手伝いもします。
いい大学に入るために頑張ります。
だから、だから。もう目が覚めないかな。
「ああああああああああああぁぁっぁあぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ」
目の前が真っ赤に染まった。
◇
気が付いたら、周りが真っ赤になっていた。
血の匂いがして、わたし自身も真っ赤になっている。
体が痛い。全身が筋肉痛のように、少しも動かしたくない。
肩の傷がふさがっている。
「さくら。大丈夫?」
「うん……何があったの?」
なっちゃんが尋ねてくる。
なっちゃんの顔は高校生活を送っていた時のような、悪戯っぽいものではなくて、とても疲れた感じをしている。
この世界に来て、今の生活になってからずっとだ。
「全部さくらが倒したんだよ」
「わたしが……? 覚えてない」
「そう……だったら知らないほうが良いかもね」
遠くを見るなっちゃんに言われて、周りを改めて確認する。
わたしを中心に、沢山の人が死んでいた。





