閑話 体が動くままに
その日。朝からお城の中が騒がしかった。
どうやらお城で働いていたメイドの1人が、無残な姿で発見されたらしい。
名前はアルクス、通山君の専属メイド。となれば、疑いの目は彼に向く。
騒ぎ立てたクラスメイト達は、通山君の部屋に集まることにしたらしいのだけれど、あたし――文月梦は部屋から出ることをしなかった。
あたしの専属メイドは行きたそうにしていたので、許可を出す。
彼はクラスメイトの中で、最も評判が悪い。
曰く王様に喧嘩を売った、曰く女子を嫌らしい目で見ている、曰く何人ものメイドにセクハラをしている、曰くクラスメイトまでも契約で縛っている、曰くお姫様にも手を出そうとしている、etcetc……。
2か月ほどしか経っていないのに、どうしてここまで噂になるのと思うくらい。
でも、多くの人が信じている。
『鑑定』を使って見る通山君のステータスは、他の人よりも速いペースで上昇している。
少し調べてみると、彼は夜も朝も個人的に訓練をしていた。
それなのに、何人もの女の子に手を出す時間なんてない。
この違和感を誰かに伝えたらよかったのだろうか。
だけれど、あたしにそれは出来なかった。通山君の肩を持つことで、あたしにまでいじめが波及するかもしれないから。
でも拭えない罪悪感から、一度だけ彼に接触を試みた。
コミュニケーション障害――コミュ障であることを自認しているあたしは、うまく通山君と話すことはできなかった。
無理しないでと言いたかったのに、うまく伝えられなかった。
逆にアドバイスをもらった。それから、彼は自分の死をほのめかした。
そんな彼がクラスメイト達から責められる姿を、見たくなかったのかもしれない。
見るだけで何もできない自分を直視したくなかったのかもしれない。
臆病なあたしでは、彼をかばうことはできないのだ。
通山君との邂逅からあたしは、言われた通り藤原君と接触して、頼み込んで、隠密について教えてもらうことになった。
気配の消し方から、音の出ない足の動かし方、人の視線からの逃れ方など忍者みたいだなと思いながらひっそりとした訓練を昨日も行った。
変装もできるようになったし、簡易的だけれどステータスを隠蔽することもできるようになった。
これらの特訓は、いつかあたしが逃げるために必要なことなのだろう。
でもそんな日が来なければいいなと思いながら、今日という日まで過ごしていた。
◇
どれだけ時間がたっただろうか。
あたしの身体があたしの意思無く動き出した。
――ああ……彼が死んでしまった。
いまできる選択肢は通山君を信じ、勝手に動くままに城から逃げ出すこと。
通山君を信じず、このまま城に居続けること。
つまり通山君はこのままでは、お城は危ないと言いたかったのだろう。
だから信じるかどうか――考えるまでもない。
あたしはどうして彼が死ななければいけなかったのか、わからない。
あたしはどうして彼がいじめられなければいけなかったのか、わからない。
彼に何もできなかったあたしがのうのうと生きていくことが、許されるとは思っていない。
だけれど、あたしは体が動くままに部屋から抜け出した。
穏便に逃げ出せるようにという言葉通り、逃げ出した後変装できるだけの荷物を持っているあたり、彼のスキルはすごかったんだと思う。
あたしがいままで苦労して身に着けた技術を惜しみなく使って、城の外に向かっている。
走っても足音が出ない。近くを誰かが通っても気が付かれない。
いつの間にか城の外に出ていた。
それでも走って、走って、町を抜けて、壁を越えて、身を隠せそうな森にたどり着いたところで足を止めた。
動悸が激しく、息も荒くなっている。
でも少し前の自分だと、こんなに走れなかったと考えると、少し感動的だ。
「なかなか様になってたねぇ」
「ッ!?」
急に声をかけられて、思わず振り返る。
聞き覚えのある、軽い感じの声。
視線に先にいた藤原君は、声の軽さとは対照的に真面目な顔をしていた。
「藤原君はどうしてここに?」
「あの城にいたら、どうなるかわからないでしょ?
――通山が殺されたんだから」
「それってどういうこと?」
あたしは藤原君と訓練していたけれど、訓練以外の話はしなかった。
訓練以外の時に何をしているのか、お互いに知らない。何を考えて、何を知っているのかを知らない。
「文月さんは気が付いたうえで行動したわけでもないのか」
「あたしが知っていたのは、通山君が死んでしまうということだけ」
「そこだけ知っているのも変な話だけど、通山と何かあったの?」
藤原君の問いにあたしは何も言わずに首を振る。
通山君との約束を破るわけにはいかないから。それにお城が危ないんだろうなと予想はついても、なぜ危ないのか、何が起こるのかを知らないことが恥ずかしくて言えない。
「話したくないなら、仕方ないか。
これからどうするの? ……という前に今回の事件の顛末について話そうか。その方が今後どうしたいか決めやすいだろうしね。
通山のスキルについては?」
「大体は知ってるよ」
「それなら話は早い。今回の出来事は――通山が殺されたのは、彼が最初にした契約が原因」
「最初にした契約……?」
通山君のスキルは、約束を強制的に履行させるものだと思う。
彼がこっちの世界にきて、最初にした約束。あたしが知っているものだと、あの日の話を通山君の許可なく話さないことだと思う。
でもそれだと、今回の騒ぎにはつながらない。
だとしたらもっと前。最初というくらいだから、召喚初日……?
「……ッ」
気が付いた。気が付いてしまった。
通山君が皆から邪険にされるようになった原因。あれも約束だ。しかも国全体に対しての、あたしたちの生活と安全、自由を保障する約束。
これが騒動の原因となっているとしたら、この約束を取り消したい人がいるということ。
いるとしたらそれは、フラーウス国になるだろう。どう考えても、クラスメイト側に有利な契約なのだから。
でも、どうやって彼を殺した? フラーウス国は通山君を殺すことはできない。できるとすれば、フラーウス国民以外。
城にいる外国人は――。
――彼はクラスメイトに殺されたんだ。
そうでなければ自殺したことになるけれど、ひと月前に見た彼が自ら命を絶つとは考えにくい。
それに藤原君は「通山が殺された」と言った。
そもそもの発端となった王様と通山君のやり取り、それは通山君があたしたちを守るために行ったこと。でもその彼にクラスメイトが返したのはいじめだ。
そして、最終的に殺した。
通山君がいなくなったお城はどうなる?
いままで通りの生活が続く?
そうだとしたら、通山君が殺されることはなかっただろう。
殺したのはクラスメイトかもしれないけれど、糸を引いたのはたぶんフラーウス国だから。
彼を殺してまで契約を失効させたかった国が何をするのか、ぼんやりとしか想像できないけれど、おそらくどれも碌なことではない。
だから通山君はあたしに逃げろと言ったのだ。
よくわからないけれど、涙があふれてきた。
通山君が死んでしまったことへの悲しみなのか、悲痛な運命をたどった彼への同情なのか、何もできなかった自分の情けなさなのか。
あふれる感情が抑えきれずに、ただただ泣くことしかできなかった。
◇
「それで、これからどうするかい?」
泣き止んで落ち着いたあたしに、藤原君が問いかけてくる。
問われてもちょっと困ってしまう。
あたしはどうしたいのだろうか。通山君の弔い合戦でもしたらいいのだろうか。
通山君は守っていたはずのクラスメイト達に裏切られた。だから私を含めて、恨んでいてもおかしくないはず。
だけれど、逃げろと言ってくれた通山君は、あたしのことを恨んではいないと思う。
思いたいだけかもしれない。でも、恨んでいるなら、碌でもないことが起こるはずのお城から出すことはなかっただろう。
逆に言えばお城にいる人たちは今後、地獄を見るのかもしれない。
ある意味それが、通山君にとっての復讐になるのかもしれない。
だとしたら、あたしが手を出すべきではない。
それに通山君は逃げろとしか言わなかった。
だからきっとそれ以上は望んでいない。
「旅……してみようかな」
「コミュ障なのに?」
何をしたいのか見つける旅をしてみたい。そんなあたしの決意に、藤原君のツッコみが突き刺さる。
「この世界って冒険者になれるみたいだし、ステータスだけ見たらD級くらいはあるから。
だからたぶん大丈夫。藤原君に教わったこともあるし」
「じゃあ、俺も付き合うかな。通山が死んだ意味があったのか、知りたいところだし」
通山君が亡くなったことは確かに悲しい。
だけれど、あたしと違って、藤原君は彼の死の意味を知ろうとするほど親しかっただろうか。そんなイメージはないのだけれど。
「藤原君って通山君と仲良かったっけ? やっぱりクラスメイトだから?」
「いいや。でも俺も俺で、通山が殺されないようにと動いてたんだよ。
できたことと言えば、こっそり通山のフォローができるようなうわさを流すことくらいだったけど。
でも無意味だった。俺では太刀打ちできなかった」
「太刀打ち?」
なんだか言い回しが不思議な感じがしたので問い返す。
まるで誰かと戦っているような感じ。
「訓練で上位に入ると町に出られたじゃない?」
「うん」
「大体市成とか月原さんが獲得してたんだけど、たまに津江が入ってたんよ」
「えっと……訓練頑張ったんじゃないかな?」
我ながら苦しいことを言っている。
何せ津江さんはクラスでも、不真面目な女子グループだったから。
実際訓練も最低限で、グループの人たちと遊んでいる姿をよく目にしていた。
「それはない。それなのに町に行く権利を獲得できたのは、王国側から依頼されていたから」
「依頼?」
「実際にやったこととしては、通山の噂交換みたいなものだけどねぇ。
でも津江は扇動のスキルを持っているらしい」
「だから不自然なまでに、通山君の噂が広まったの?」
「津江の噂好きは今に始まったことでもないからねぇ。
要するに、陰でいろいろやっているうちに、通山に情がわいたんよ」
そう言って、藤原君が軽く手を振る。
なんだか恥ずかしそうなので、照れ隠しだったらしい。
「それなら、お願いします。一緒に世界を巡ってください」
「はいよ」
こうして、あたし達の世界旅行が始まった。
閑話になるとシリアス成分が混入してきますが、本編はそんなシリアスではくなっていきそうな感じです。
落差に震えるがいい(暴言





