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閑話 獣人族の集落にて


「兄上。これからどうするおつもりですか?」


 ここはエルフ族を嫌悪する獣人族の集落。

 少し前までエルフ族を駆逐しようと息まいていた人たちは、半数くらいは意気消沈してしまった。

 なぜなら父上である集落のリーダーが暗殺されてしまったから。

 ここにいる獣人族の多くは父上がいたからこそ結束し、エルフに勝てるのだと息まいていたのだ。


 中心人物が殺され、敵を取ってやろうと逆に士気を上げた人も少なくはない。

 だけれど、リーダーがいなくなったのならとこの集落を離れようとしている人もいる。


 そもそもエルフ族との争いの原因は、精霊の加護をエルフ族が独占しているとして、獣人族――父上が仕掛けたものだ。

 確かに記録に残っているかつての生活の方が豊かだったと言うのは間違いない。

 だからエルフ族が独占しているのだと、父上は考えていた。


 しかし父上は行動を早まった。もっとエルフ族の事情を知ったうえでやるべきだった。

 そしたらきっと、エルフ族が住む土地も衰退しているのだと分かったはずなのに。

 とにかく父上が攻撃を始めたせいで、当然エルフ族から反撃があった。


 獣人族にも、エルフ族にも被害が及んだ。

 2つの種族は決別してしまった。

 知り合いをエルフに殺された人がエルフを恨み、エルフもまた獣人を恨む。


 それを生み出したのが、自分たちのリーダーだということを知っている人はほとんどいないだろう。

 漠然とエルフが悪いことをしている、エルフが何かを独占している、ということしか知らないだろう。

 それでも恨みがあれば、戦いを挑むには十分だった。

 父上がいれば勝てると思っていたから。


 でも父上は居なくなった。

 誰が殺したかなんて、知っているのはあたし――ファラナくらいなものだけれど、多くの人はエルフがやったと思っている。

 それ自体はあながち間違いでもないが、問題は父上を暗殺できるほどの手練れがエルフの側に居るということ――になっていること。


 突如あたしの前に現れた、憎き女はエルフの敵でもあると言っていた。

 父上を殺した憎い相手でも、彼女が言っていたことはおそらく本当の事だ。

 精霊の加護が弱まったことの説明にもなる。


 あの女は憎い。間違ったことをしたとはいえ、父上を殺したのだ。

 憎くて憎くて仕方がない。わが身に代えても殺してやろうと思ったほどだ。

 だけれど、集落にいる子供たちを見て、考えを改めた。


 あの女は強い。わが身に代えてなんて言っても、たぶん傷つけることもできずに返り討ちにあうだろう。

 返り討ちにあっても、あたしは満たされるかもしれない。よくやったのだと。

 だけれど父上がいなくなった後、兄上はエルフと戦うだろう。

 そうなったとき子供たちまで犠牲になるかもしれない。父上はいないのだから。


 それにこの世界はあと季節が20回も巡らないのだそうだ。

 父上も兄上も信じていないけれど、あたしはそうなんだろうなと思っている。

 だとしたらエルフと戦っている場合ではない。そもそも父上の独断で始めた戦いだ。

 父上がいなくなった今、続ける意味はない。


「親父を殺したエルフ達を倒す。決まってるだろう?」

「それなのですが、兄上……」


 何とか説得できないかと言葉をつづけようとしたところで、兄上の耳がぴくっと動いた。

 すぐにあたしの耳にも誰かが走ってくる音が聞こえてくる。


「どうした?」


 息を切らせながら走ってきた伝令に、兄上が眉をひそめながら尋ねる。

 伝令は一度深呼吸をしてから、はっきりとした口調で話し始めた。


「精霊の樹が崩れました」

「精霊の樹が崩れただと? エルフどもはどうなった?」

「多くが避難をしているようです」

「そうか、下がれ」


 兄上が思案顔で伝令を下がらせたと思ったら、にやりと笑った。


「これはチャンスだな。多くが助かったとはいえ、拠点を失った今なら混乱しているはず。

 ファラナ。すぐに攻めるぞ」

「お待ちください兄上。精霊の樹が崩れたということは、精霊はどうなったのでしょうか?」


 どうなったかなんて、考えずとも分かる。

 あの女が解放したのだろう。だから精霊の樹が崩れた。

 つまり今更エルフに攻め入ったところで、精霊は手に入らない。攻め入る意味がない。


 だけれど兄上は面倒くさそうな顔であたしを見ている。


「知らん」

「精霊がいないのであれば、攻め入る意味など……」

「父上が殺された、他の獣人族が殺された。それだけで十分だ。

 民達もそれを望んでいるだろう?」


 そう言われて、あたしは絶句するしかなかった。

 分かっているのに、目を逸らしていた。

 未だに闘志を燃やしている者たちは、今更引くと言ったところで不満をまき散らすだろう。

 あたし達に攻め入る理由がなくなってしまったとしても、彼らにはある。


 あの女に対して持っているあたしの気持ちと同じだ。

 目の前にあの女がいて、何もするなと言われても、あたしは何もしない自信はない。


 だが戦いがはじまれば、戦いを望まない者たちも巻き込まれるかもしれない。

 あたしは獣人族のリーダーの娘。多くの民を守っていかないといけない。

 兄上は積極的にエルフに敵対する人をまとめている。


 あたし一人が今になって止めようとしたところで、止まるものではない。

 それならば……。


「わかりました。ですがまずはあたしに偵察に行かせてください。

 正しい情報がなければ、民達を無駄死にさせてしまいます」

「……危険だぞ?」

「承知の上です。数日中に戻らなければ、後は兄上のお好きなように」


 腹の内を悟らせないように冷静にそう言って、退室する。

 屋敷の外に出たところで、部下の一人に「作戦通りに」と伝えてから走り出す。

 作戦なんて言ってもそんな大したことではなくて、父上が亡くなって戦いたくなくなった人たちをこの集落から連れ出してもらうだけだ。


 そうしてあたしはエルフ族のリーダーに会いに行く。

 獣人族を、兄上を裏切ることになっても、民を一人でも多く救うために。

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本作が「第一回スターダストノベル大賞」で優秀賞を受賞し電子書籍化が決定しました。
最終第5巻が2023年9月7日より配信開始です。
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