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獣人というものは強さを貴ぶものなのだろうか。
ファラナもリーダーの娘という立場ながら、今まで見てきた王子・王女よりも高いステータスをしている。
そんなファラナの父である、獣人族のリーダーともなれば、そこらの冒険者では太刀打ちできないほどの強さを誇っている。
A級の中でも強いだろう。エルフでも及ぶものは居ないと思う。
確かにリーダーがいれば、エルフとの戦いにおいて五分の勝負が出来そうだ。
それ以外はエルフの方が個々の強さは上だけれど、数は獣人の方が上。
だけれど、エルフは物理面が弱いため、接近できれば獣人側は格上のエルフも倒すことができるだろう。
物理もいけるヤバめのエルフはリーダーが相手をすればいい。
後は時の運。どちらが勝つかは僕にもわからない。
わからなかったな。今日までは。
迫るリーダーの攻撃を最小の動きで避ける。
そしたらわずかに軌道を変えてきたので、やっぱりそれに合わせてこちらも動きを変える。
少しだけとはいえ、今の勢いの攻撃の軌道をとっさに変えることができるのか。
流石はA級上位レベルの強さと言ったところか。
「意外とやるな」
「これでもエルフの中でやってきたんですよ」
「だがこれならどうだ?」
リーダーが僕の周りをぐるぐると回る。
よくもまあ、その大きな体でそこまで早く動けるものだ。
ライオンってこんなに速い動物だったっけ?
人と比べたら速いだろうけれど、良く速さ比べに駆り出される動物たちと比べるとそうでもないイメージ。
その常識がこの世界で通用するかと言われると別なのだけれど。
それに速いと言っても、スキルを使った市成レベル。
緩急をつけているというか、止まったり動いたりしているので市成よりは厄介だけれど、僕にしてみれば子供の鬼ごっこレベルだ。
目で追うまでもないかなとじっと黙っていたのだけれど、対応できていないのだと思っているのか偶に見えるしたり顔が正直うっとうしい。
ぐるぐる回るのに満足したのか、背後から一直線に迫ってきたので、グルんと体を向けてその爪を捕まえた。
僕と目が合うとリーダーの表情が驚愕に代わった。
今まで自分より速い存在は見たことがなかったのだろう。
「くそッ……お前何者だ?」
「わたしはどこにでもいる一般亜神です」
「亜神……だと?」
「そうですね。曲がりなりにも神の一柱ではあるのでしょう。
信じるかどうかはお任せします。どうせあなたはここで死ぬんですからね」
今更精霊を解放すると言われても、首を狩るのをやめるつもりはないのだけれど。
これで獣人族がエルフに勝てる可能性はかなり低くなる。
それを知って獣人の王女様はどうするのだろうか。
「やろ……」
考えている途中で攻撃を仕掛けてきたので、魔法を使って首を落とす。
一瞬の間の後、ズルっと首がずれて地面に落ちる。
ほどなく力の入らなくなった体が、倒れる。
僕が必要なのは首だけだけれど、それでもそれなりに大きい。一応袋は用意してきたけれど、頭を入れたらいっぱいだ。
それなりに重さもあるので、普通のエルフが持っていくのは大変なのではないだろうか。
体は放置して地下室から出る。
さっきからバリアに反応があるのは、ファラナが何か感づいたんだろうな。
「どうしたんですか? こんなところで」
「貴女……まさか……」
地下から出るとファラナがバリアを壊そうと頑張っていたので、声をかける。
僕の姿を見たファラナが何やら絶望に満ちた顔をしていた。
「……父上を殺ったのね?」
「言っていた通りです。ですが、許せとは言いません。恨むなとも言いません」
「貴様……ッ。ここから出られると思うなよ」
「この守りを越えられないくせによくそんなこと言えますね。
復讐するのも勝手ですが、リーダーが死んだ今、エルフとの戦いをどうするかを考えたほうが良くないですか?」
「……覚えておきなさい」
そう言って、ファラナが逃げ出した。
小物感がある捨て台詞だったけれど、彼女の行動次第で獣人族の今後が決まるようなものだし、ぜひ頑張ってほしい。
何を頑張るのかは知らないけれど。
『隠密』を使って屋敷を抜け出す。
バリアは解除して、この集落でやることはこれで終わり。
集落を後にするときに、ここでは珍しい子供の獣人を見かけた。
世界の崩壊など知らない。もしかしたらエルフと戦うということすら実感していないかのように、無邪気に遊んでいる。
こうやって見ると、本当に獣人族って種類が多いな。
猫っぽいの、犬っぽいの、リスっぽいの、兎っぽいの、狐に狸。
子供がキャイキャイしているのを見ると、なんだか和む。
あの耳をぐにぐにしたら、さぞ楽しいことだろう。
あの子たちがあと十数年から二十年、平和に過ごせるかはファラナの行動次第というわけだ。
果たしてそのことを理解しているのか。
そもそもエルフとの戦いに巻き込まれた可能性もあるけれど。
ま、僕がどうこう言える立場ではないか。
リーダーを殺した張本人だし。
じゃあ、そろそろ精霊の樹に戻ることにしよう。
その前に前王の終の棲家を準備しないといけないか。





