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結局のところ、獣人族のリーダーは世界の崩壊はあり得ないと思っているらしい。
天候不順なんかも、エルフの仕業だと決めつけている感じがする。
だとしたら何を言っても同じであろうことは、想像に難くない。
ファラナだけは僕の言葉に引っかかっているらしいので、彼女が一人になるまで尾行した。
まぁ、同じ建物の一室――たぶん彼女の私室だろうけれど。
僕に宛がわれたそれとは違い、調度がしっかりしていて、さすがは良いところのお嬢様と思わなくもない。
それでもフラーウスの王女と比べると質素と言うか、シンプルな部屋ではある。
机に座って何やらため息をついているので、さっそくどうしたのか聞いてみることにしよう。
「どうしましたか?」
「どうして同じ国の民であるエルフとここまで対立するかわからないの」
「それは獣人族の認識が間違っているからです」
「あたしもそう思う。でも父上も兄上も話を聞いてくれない」
「そう言う気質なのでしょうから、仕方がありません。聡明な部分もあるみたいでしたけどね」
ここまで話して、ようやくファラナは部屋の異常に気づいたらしく弾けたように背中をぴんと伸ばした。
まるで物語みたいなやり取りだけれど、本当に悩んでいるときはここまで周りに目が向かないものかもしれない。
僕も以前は落ち込んだ時に丸一日何もしたくないみたいなこともあったし。
そんなときに勝手に誰かが部屋に入ってきて、何か話しかけてきても生返事するだけな気もする。
ようやくこちらを向いたファラナは、驚いたように目を見開いてから「貴女はさっきの……」とつぶやいた。
「何をしに来たの? それよりここがどこだか分っているの?」
「ここはファラナ様の私室でしょう?
何をしに来たかと言われれば、お話をしに来た……というところでしょうか?
人は呼ばないでくださいね? 呼ぼうとしたらわたしはやることをやってから消えるだけですから」
「……わかった」
納得はいっていないと言わんばかりだけれど、どうやら話は聞いてくれるらしい。
「ファラナ様はエルフとの戦いには反対なんですね?」
「そうよ。父上や兄上はエルフが精霊の加護を独占し始めたと言っていたけれど、あたしはそうは思わない。
ずっとそういうことはなかったのに、いきなりやるなんておかしいんだ」
「その理屈が通るかは置いておいて、エルフは確かに加護の独占はしていないですね。
ウィリディス全域に平等に加護を与えていました。
他国だと国の中心部に加護を集中させて、国境に近くなるほどに弱くなるようにしているので、公平性はかなりのものだと思いますよ」
僕の言葉にファラナはじっと耳を傾ける。
「精霊の加護が弱まった原因は、精霊自体が衰弱しているからです。
閉じ込めていたことが問題なので、エルフ族が全面的に悪いというわけではありません。
世界の崩壊についても事実です。ですが、今更精霊を解放したところで、どうにもならないところまで来ています」
「貴女はそれをあたしに伝えてどうしたいの?」
ファラナが忌々し気にこちらを見る。
気持ちは分かるので、特に気にせず答えを伝える。
「これを聞いてファラナ様がどう行動するのかを見たいだけです。
あの部屋にいた他のお二方だと、話を聞いてもエルフ打倒を取り下げないでしょうし、打倒した後も精霊を解放することはないでしょうから」
「貴女が想定しているあたしの行動と、それによる貴女の行動を教えてほしい」
「構いませんが、わたしのやろうとしていることやわたしの正体、そしてわたしが話したということは誰にも言わないでくださいね」
「……それでいい」
「約束ですよ?」
「わかった」
約束してくれたので話すとしよう。
別に『契約』しなくても良いのかもしれないのだけれど、念のため。
「そうですね。1つはわたしの話を受け入れてくれた場合でしょうか。
わたしの話を受け入れて、エルフを打倒した後で精霊を解放するとリーダーが約束してくれれば、わたしは獣人の側に付きましょう」
「エルフに付く可能性もあるの?」
「それは……どう言っていいのか分かりませんね。
わたしは獣人族のリーダーの首を持っていけば、精霊のところまで連れて行ってもらう、とエルフ族の王と約束しています」
「父上の……」
ショックを受けたような顔をするけれど、これは紛争であり僕との約束にかかわらず、リーダーを討つことが1つの大きな目標になるだろう。
エルフにしてみれば犯罪組織のリーダーだ。命を狙われるのは当たり前だと言える。
それなのに、想定していなかったみたいな表情をされても困る。
「そうなりますね。ですから、エルフに付くと言えなくもないです。
ですがどう転んでもわたしは精霊を解放するつもりですので、エルフにとっては敵だと言えるでしょう。精霊を解放すれば、精霊の樹が崩壊する恐れがあるらしくて、そうなった場合エルフも大打撃を受けることでしょう。
獣人はリーダーが殺され、エルフは多くの民と下手すれば王族を失うことになるわけです」
「精霊を解放しても世界の崩壊は変わらないはずなのに、どうしてそのようなことを?」
何かを求めるような目でこちらを見る。
それはきっと、すべてがうまくいく道。エルフと獣人が以前のように暮らせるようになる道。
それを僕なら叶えてくれるのではないかという、期待のこもった目。
「本来世界を調節するために送ったはずの精霊を回収するように、と頼まれたからです。
この世界の人々は間違えました。精霊は捕らえて好き勝手にその力を引き出していいものではありません。
精霊の力を奪い、使うことができれば、国は豊かになります。なっていました。
精霊の力は膨大です。ですが、無限ではありません。引き出し続ければいつかはなくなります。
それが今来たというだけの話です。世界崩壊については他にも理由はありますが、やはり人の自業自得ですから、同情はしません」
「頼まれたというのは、いったい誰に……?」
「神様ですよ。わたし自身、亜神としてこの世界に送られてきました。
カッコいい言い方をすれば、神の使いですね」
言い換えれば神様のパシリだけれど。





