閑話 第一王女の私室にて
王国側の話が書きたくて仕方がなかったんです(
異世界から勇者を召喚して60日以上が経過した。
召喚までは首尾よくいったものの、そこから先は遅々として計画が進まず、長らく辟易としていたがようやく計画を進めるための準備に取りかかることができる。
私室で信のおけるメイドが入れるお茶を飲みながら、今後の計画について考える。
だけれど、これがなかなか良い案が思いつかない。
そのせいか思わず「どうしたらいいのかしら?」と呟いてしまった。
「勇者達のことでしょうか?」
「ええ、計画の遅れをどうにか取り戻さないといけないもの。
できればすぐにでも、ご機嫌取りの役割を辞したいわ」
「確かに。計画は大きく転換せざるを得ませんでしたね。
ですが伝説にも語られるスキルを持った者が複数人いますから、焦る必要もないでしょう」
「あれらの存在は確かに大きいわ。しっかりと育てば、こちらの被害を最小に抑えられるでしょう。
彼らの存在だけで、元の計画を数倍の速度で進められたはず。だからこそ、イレギュラーが煩わしく感じるのよ。今回の騒ぎに紛れて、数人逃げ出したとも言うし、期待が大きかった分、落胆も大きいわ」
勇者召喚をしたのは、ニゲル国との戦争で利用するため。
ニゲル国は、魔王国とも呼ばれる魔族が主導する国家で、浅黒い肌を持つ彼らは総じて戦闘力が高い。その分数は少ないが、好戦的な質で周りの国とよく小競り合いをしている。
そんな中で、精霊の力が弱まってきているという話が有力視されている。
精霊は国が繁栄していくうえで欠かせない存在。だから6カ国で1つずつ所有するようになったのだという。
精霊が2つになれば、それだけでほかの4カ国を滅ぼすこともできると言われているほど。
その精霊が弱まれば繁栄は失われる。それを克服する簡単な方法は、他国の精霊を奪うこと。
もう少し状況が進めば魔王国は動くだろう。すでに、戦力を増強させつつあるという話もある。
それに対抗し、逆に魔王国の精霊を奪取するために行ったのが、この国だけに伝わる勇者召喚。
かつては6カ国共通の敵を倒すため、さらに元をたどれば今の6カ国ができあがる前に訪れた世界崩壊の危機から世界を守るため。
世界の転換期に行われてきた勇者召喚だが、今回はすべての国を統一するための召喚だと言える。
勇者であれば、魔王国ならず全ての国の精霊を集めることができるはずだ。そして全ての国は、フラーウスの下につく。
フラーウスが中心となって、人々が栄えていく。フラーウスの国民が豊かに暮らせる。
表向き勇者は統一国家設立の立役者となるだろう。そんな栄光、国民のためならいくらでもあげる。
でもあくまで勇者達は道具。奴隷に落とし、フラーウス王家の手足として働かせる予定だった。
その計画に狂いが生じたのが、1人の少年の最初の行動。
父王も迂闊だったとは言え、まだ制御下になかった勇者達の手前、あの契約には同意せざるを得なかった。
どうせ反故にする契約だと、重要視していなかったのかもしれない。
それなのに、彼のせいで計画とも呼べない計画を発動させざるを得なかった。
予定外のことが起こったとき、勇者達の機嫌をとりつつ、他国にその存在がばれないように時間を稼ぐと言うもの。
「本当に身の程知らずでしたね」
「いえ、彼はよく身の程を知っていたわ。
彼の立場は強くなく、群を抜いて力があるわけでも、全てを覆す策を練るだけの頭脳を持っているわけでもなかったもの」
「それなのに、国王様に楯突いたからこそ、身の程知らずなのではないでしょうか。あの行動のせいで、彼は勇者の中での立場をかなり悪くしました」
「立場を失わせたのは、わたくし達の差し金よ。思った以上に効果があったとはいえね。
勇者の中には頭の回る者もいる。早いうちに彼の真意を聞いていれば、状況は大きく変わったかもしれないわ。
それから、彼が身の程を知っていたという話ね。
父王との契約の場面。彼には最初からあのタイミングしかなかったのよ。彼は優秀でないために、決してこちらを甘く見ていない。
ステータスを覗いただけではスキルの効果はわからないまでも、スキル名を見た段階でわたくし達が警戒することを考えていたのよ」
勇者のスキルは強力なものが多い。だからすぐにこちらで確認して、適切に管理するつもりだった。
それなのに彼は召喚の間にわたくしが顔を見せた段階で、自分の能力を把握していた。
「だからステータスをこちらに確認される前に、行動を起こした、と。
少々神経質すぎはしませんか? 結果的にその場はなんとかなりましたが、危険な賭けでしたよ」
「彼にしてみれば召喚はいきなり人攫いに遭ったのと変わらないわ。
自分が助かるためなら多少の賭けには出るものではないかしら? それに彼の場合何も知らない父王に、口約束を取り付けるだけで安全になるのよ?」
「それなら確かに行動しますね。ではなぜ、ほかの勇者は我々を敵視しないのでしょうか?」
「知っているかしら? かつての世界の危機。その元凶となった敵は総じて魔王と呼ばれていたらしいわ。
それはこの世界の人ではなく、勇者が言い出したことよ」
「つまり勇者の中で魔王を倒すことが、世界を救うことに直結しているわけですね」
「勇者達は夢見がちな年頃ばかり。冒険者で言えば、一攫千金をねらって無茶をする年代よ。
世界を救うという大それた目的に、心を躍らせるのも多いわ」
「姫様も同じ年代ではありますね」
そういってからかってくるので、ふんと拗ねたポーズをする。
彼女はこちらのご機嫌をとるかのように、カップに紅茶を注いだ。
「あとは、こちらの対応が功を奏したわね。時間稼ぎの間は、とにかく勇者たちには好意的にと徹底していた甲斐があったわ。
話を戻すけれど、要するに彼は召喚されて謁見の間に連れて行かれる間に、自分の能力を確認し、自分がやるべきことを理解した上で、こちらに悟られない最高のタイミングで勇者達の身を守ったのよ。
優秀ではない彼は、たった1度きりの不意打ちのチャンスに全てをかけていた。その後は下手なことをせずに、自分が殺されないように訓練していたわ。
そのたった1度の行動でフラーウスは60日にもわたって時間をとられ、城のメイドを一人失った」
「失ったメイドは、最初から処分するつもりだったでしょうに」
「メイドのことは良いとしても、本当に忌々しかったわ。
知ってるかしら、彼って勇者の中で一番ステータスの伸びがいいのよ。
数値だけで見れば、ほかの勇者の倍くらいあったらしいわね。もしもこちらが手間取っていたら、簡単には殺せなくなっていたわ」
「彼があの立ち位置でよかったですね。
これで勇者のスキルでも持っていたら、目も当てられなさそうです」
「そうね。本当に忌々しかったわ。
契約違反になる行動はできないから、どれくらいなら大丈夫かを調べて、同時に彼を追いつめるように勇者達を誘導して、最後も勇者達に決着をつけさせる。
人を使う立場ではあるけれど、知らぬ世界の存在をこんなに使うことになるとは思っていなかったわ」
「それだけに達成感があるんですね」
言われて、ふと気がつく。
此度の勇者召喚。万が一の時の計画はわたくしが立てた。当初は無駄だと批判も多かったせいで、最低限しか準備できなかったけれど、結果として役に立ったと言える。
今回の決着もわたくしが主導した。少し時間はかかったものの、やり遂げたわたくしの発言力は高まっただろう。
だからこそ、早く次の手柄を立てたいという焦りがあった。
同時にやり遂げた達成感は、この余韻に浸りたいと手招いている。
なるほど、こんな状態で良い案など浮かぶはずもない。
先ほどは拗ねたフリをしたけれど、わたくしもまた一攫千金に目がくらんだ小娘だったわけだ。
「そうね。今日はもう休みましょう」
「はい。明日になればきっとよい知恵が浮かぶはずです」
「それでは、紅茶をもう一杯いただくわ」
「かしこまりました」
時間はまだ昼過ぎ、休むと決めた以上この穏やかな時間を享受することにした。





