告白されて
台風が来てますね。お仕事中の方はもとより、帰宅される方は十分にお気を付けて。
告白されてしまった。
誰かに好きだと言われるのは、女子高生になって初めて……、いやそもそも、人生で初めての経験だ。
そのことを思い出すと、知らず頬が緩んでしまう。
人に好意を向けられて、嫌だと思う人がいるのだろうか。
……ああごめん。相手にも寄るって、そう言いたい人もいるでしょう? うん、それはその通りだと思う。
でも、違うんだ。
――好きです。
私に想いを告げてくれたその相手は、全然まったく少しも知らない人って訳ではなくて。むしろとってもよく知っている人で。
――物心付いた時から、ずっと。
小さな子どもの頃からお互いを良く知っている人で。
分類で言えば、幼馴染。
そう、だからこれは、とってもとっても、甘い恋。
ただの幼馴染だった二人が、片方の勇気によってその関係を変える、そんな始まりの日の物語だ。
ただ、少しだけ問題というか、ちょっと気になることがあって。それが、
――私と、付き合って下さい。
もしかしたら、ここで気付いた人も居ると思うけれども。
これは、花の女子高生である私が、幼馴染であり親友でもある透子に告白された物語なのだ。
***
台風が接近していて朝から警報が出ていて学校が休みなのを良いことに、朝からファミレスに呼び出されて、それで告白された私は今、
「うふふ。こうやって手を繋いで一緒に帰るなんて、何年ぶりかしら?」
心の底から嬉しそうな声色と表情とを見せている透子。
そんな彼女と私が向かっている先は、私の家である。
用意周到というか、透子はお泊り用の一式を持ってきていた。
告白成功からの相手の家にお泊りとか、どんだけなんだよ、と思わなくもないが。
小さい頃からたまにお互いの家に泊まり合うようなこともあって、だからさほどの抵抗もない。
……ない、はずである。
隣を歩く透子の横顔をそっと盗み見ようとして、
「ん? なあに?」
私を見ていた透子と視線がぶつかった。
「――ッ! なんでもない!」
「あはは。恥ずかしがっちゃって。可愛い。そんなところも大好きよ?」
透子が恥ずかしげもなくそんなことを言ってくる。
私は私で、そっぽを向いて顔を見られないように頑張る。
頬が焼けるように熱くて、きっと顔中真っ赤だから、それを透子に見られたくない一心だった。
乙女心である、たぶん。
「風、ちょっと強くなってきたわね」
雲が、空を結構な速さで流れていく。
雨はまだ降っていないが、
「あ、ちょっと降ってきた。急いで帰ろ!」
透子の手を強く握りなおして、家路を急ぐ。
*
家に着き、母に透子が家に泊まると伝えると、二つ返事でオッケーが返ってくる。
挨拶もそこそこに、二階の私の部屋に移動する。
持ってきたお泊りセットを部屋の片隅に置いた透子が、私のベッドに腰を下ろす。
私はどこに座ろうかと迷っていると、
「こっちこっち」
透子が、隣に座れと言ってくる。
ほんのすこしだけ間隔を空けて座ったら、
「照れちゃって、もう」
肩と腰とが密着するように、透子がぐっと寄ってきた。
そして、ことん、と私の肩に透子の頭が乗る。
柔らかく、そして優しくもたれかかってくる透子の身体の重み。
そして透子の艷やかな黒髪からは、透子の家のシャンプーの良い匂いがする。
私はこの匂いが好きだ。
透子の家に泊まりに行った時には一緒にお風呂に入って、お互いに頭を洗い合う。
そうすると、お互いの髪の匂いが同じになって、それはまるで透子に包まれているようで心が温かく、
「あっいや、えっと、ほら喉乾いてない!? 飲み物持ってくるね!」
今私は何を考えていた、心頭滅却だ邪念よ去れ雑念よ去れ煩悩よコンニチワ! ……じゃなくって!
あーもう、色々と意識し過ぎて駄目だなあ私!
告白してきたのは透子で、今の私は返事を保留している状態だ。
いきなりのことで驚いて、だからすぐに返事をすることは出来なかった。
それに女の子同士っていうこともあるし、私は一晩考える時間が欲しかった。
だというのに、その目論見は見事に崩された。
「透子が泊まりにくるなんて、予想外だよ……。意識しちゃうじゃん」
本当にこれは、心臓に悪い。
今日はこの後一緒にお風呂に入ったり、一緒のベッドに入ったり……。
……いやいや、それこそ女の子同士なんだ。何がある訳でも、ない、はず……。
「何考えてんだ私ー、あーもー!」
「……、何やってんの?」
冷蔵庫の前で一人で悶ている一部始終を母に見られていて、私は更に悶絶することとなった。
「お帰りなさい。……あら、どうしたの? 顔が赤いみたいだけれど?」
なんでもありませんー。ほんとに、なんでもありませんー。
「うふふ、何だか嬉しそうね?」
母親に恥ずかしいところ見られるのが嬉しいとか、私はどんな性癖の持ち主なんだ。
二人で麦茶を飲みつつ、しかし無言。
以前は、この沈黙が心地良いくらいであったけれども、今は、
「どうしたの? 落ち着かないのかしら?」
「うん。……私の考えてたこと、よくわかったね?」
「好きな人のことだもの。わかるわよ」
なんだこれ、なんだよ。透子は本気で私を殺しに掛かってきてる! もう駄目だ、今夜を無事に越せる気がしない!
意識が内に向いたその隙を突くかのように、透子の顔が迫ってきていた。
目と鼻の先。お互いの息遣いさえ感じられちゃう距離。
あ、これ。キスされちゃう奴だ。
私は自然に目を閉じて、
――?
頭のあたりを触られた。
「ゴミ、付いてたわよ?」
あ、はい。そうですよね、女の子同士でキス、とか。そんなのないか、うん。
「また顔赤くなってるわ。大丈夫? 調子悪いのかしら?」
「ううん、大丈夫。私は元気だよ。……あ、でも、」
言葉を濁した私に、透子が疑問の目を向けてくる。
でも、続きを言うことは出来なかった。
透子を意識し過ぎて調子を狂わされっぱなしだなんて、そんなこと。
私の口からは絶対に言えないのだ。