魔法使いが盗賊退治にやってきたらしい。しかも頭領がしくじったせいらしいでっせ。兄貴。 ※兄貴など、うちにはいない。
私、フィオラは王都にある魔法学園を飛び級で卒業したエリート魔法使い。
王城内の国王直下魔法部隊への所属も、学園で教鞭をとる事にも興味がなく、大人が勝手に決めた私の人生のレールを走らされることがイヤでイヤで仕方がなかった。そして自分の好奇心を満たすことがしたくて卒業式の翌朝に飛び出す様に旅に出ることにした。
王都から馬車で東に向かう事二週間。名もない辺境の集落の先は地図すらない未開の地で、更にその奥には秘宝が隠されている迷宮が有るという。
私は幼い頃に読んだ冒険譚に憧れ、自分で冒険がしたくて愛用の杖とローブ、そして僅かな荷物だけ持って徒歩で旅をしていた。
王都を出て結構な時間を掛けて、辺境の集落からほど近い最後の街であるオモカタに着いた。
安宿で疲れた体を休め、翌朝辺境の集落に向かっている所で盗賊と思しき輩に出くわした。
街道沿いにある大きめの岩の向こうに人の気配を感じた。
気付かないふりをして歩いていると、気配は私をしつこくつけてくる。
そして何かが吹き出す様な小さな音が聞こえた瞬間、私は杖に魔力を込めて体に障壁を張る。
そしてさらに杖に魔力を込める。
『バインド!』
気配の周囲に魔法を放つと、
「ば、馬鹿な!!」
スキンヘッドのガチムチおっさんがゴロリと倒れながら姿を現した。
オッサンを引っ立て、アジトの場所を吐かせる。手荒なことはしたくないが、口が堅く、つい風魔法でビシバシとオッサンをいたぶってしまった。
俯いたままのオッサンは両手をバインドの魔法で拘束され、その両手は背中に回された上に両足に繋がっているから、走る事は出来ない。
アジトまで案内させた後は用無しだから、そのまま全員ひっ捕らえてオモカタの町の役人にでも突き出せばいいだろう。
そうすれば盗賊の被害を受ける人間が減り、世界は平和になるというものだ。
割と恵まれた貴族の家に生まれ育った私だが、私腹を肥やすだけの馬鹿な貴族とは違い人並みの正義感は持っている。人のモノを盗んだり、傷付けたりする輩などはこの世から居なくなればいいのだ。
そんなことを思っていると、オッサンが首でドアの方を示している。
どうやらアジトに着いたようだ。
ただの、どこにでもある木造作りの家。他の民家に比べるとやや大きい事から、盗賊たちはそこそこ稼いでいると見受けられる。
しかし大胆な盗賊だ。
数百人の集落とはいえ、民家の並ぶこんな所にアジトを構えているとは。
隣近所への被害は最小限にしなければならない。そんなことを考えながら杖に魔力を込めながらドアを勢いよく開く。
「おかえりお父さん!」「お父ちゃんおかえり!」「お父ちゃん!!」「父ちゃん!」
小さな子どもたちがキラキラと目を輝かせながら口々に父親を呼んでいる。
そして奥には子どもたちの中では少し大きめの男女と、私とそう歳の変わらないであろう黒髪で黒目の男性がこちらを見ている。
「えーっと。どちら様でしょうか?」
その男は足音一つ立てずにこちらに素早く向かってくる。
「ここは本当に盗賊のアジトなの?」
私の低い声に、目の前の男の目の色が変わった。
「だとして、あなたは何をしに来たのでしょうか?」
それでも男は冷静に、私の目の奥を見透かすかのようにじっと私の目だけを見ている。
「その男は私を害そうとしたのよ。だからあんたもその仲間だというなら...」
ゴウッ!と杖の先から真っ赤な火炎が現われる。男は小さな声で素早く子どもたちを奥に移動させる。
奥に居た少年少女が小さな子どもたちを抱きかかえるようにして、不安そうな目で私を見ている。
「あんたにもその罪を償って貰う。」
私がそう言って男に火炎を放とうとした瞬間。
―― 彼の姿も、気配すらも、私の中から綺麗に消えうせた ――
☆
ドアの外にはボロボロのガイさんが居て、如何にも高級そうなローブを着て、凄そうな杖を持った若くて可愛い女の子が勢いよく家の中に入ってくる。
シリウス君とスピカちゃんに目配せをして、予め教えておいた緊急時の体制を整える準備をさせる。
「えーっと。どちら様でしょうか?」
子どもたちの正面に立つ位置取りをしながら魔法使いっぽい女の子の方へ歩く。
「ここは本当に盗賊のアジトなの?」
可愛い顔に似つかない低い声で、彼女は僕たちの正体を簡単に見破った。ボロボロになったガイさんを見るに、恐らく返り討ちにあったのだろう。僕は努めて冷静に、とにかく子供たちの安全を第一に考えて時間を稼ぐ。
「だとして、あなたは何をしに来たのでしょうか?」
彼女の青い瞳を見据える。肩口までの金色の美しい髪、そして透き通るような肌に、赤く潤った厚めの唇。
最初にあんな敵意剥き出しの質問を受けなければ、僕も思わずデレデレしていたかもしれない。
いや、断言しよう。僕だって健康な18歳の男の子だ。確実にデレた。ゴメン、絵里香。
――― だって、凄い大きいよっ!! ―――
「その男は私を害そうとしたのよ。だからあんたもその仲間だというなら...」
室内の空気が急激に変わる。
―― 魔法使いか。 ――
初めてみる魔法使いと魔法。こんな風に敵対しながら見る、いやまさに僕に向かって放たれようとしているのだけど、そう言うのではなくどこかのラノベみたいに『おお!これが魔法か!すげー!!』っていうのをやってみたかった。
そんなどうでもいい気持ちをさっと捨て去り、僕は集中力を高め、気配を絶つ。
「薄々レーテンゼロニイ」
この世界に持ってきたカバンの中に入っていた商品名から頂いた僕の技だ。
因みにその箱は大変残念ながら未開封である。本当に未開封なのである。大事な(ry)
「あんたにもその罪を償って貰う。」
彼女がそう言って杖の先から火炎を出した瞬間には僕は既に完全に空気になり切っていた。
気配を完全に絶った僕。目を大きく見開き、僕を探して目を左右に激しく動かしている彼女。
「えっ? ...消えた? う、うそでしょ!?」
彼女はまだ事態を飲み込めていない。
僕は彼女の魔力が集まる杖を手刀で叩き落とすと、魔力が拡散したようで、部屋の空気も一気に軽くなった。
「シリウス!スピカ!今のうちに!!ガイッ!そっちもだ!」
二人は小さな子どもたちと一緒になって裏口から一斉に逃げ出す。
最後にドアを閉めたスピカちゃんが、外側から閂を掛けてガイチャンズ指定の避難所まで逃げる。これが僕たちが決めている緊急時の約束事だ。拘束が解けたガイさんも子どもたちを追うように自宅のドアを閉め、そして外から鍵を掛ける。
そう、この家は今、外側から閉じ込められた状態になっており、僕と魔法使いの少女の二人は容易に外に出られない。
「魔法使いさん。」
僕は術を解くと再び女の子の前に姿を現す。
「申し訳ないけど、ここは見逃して貰えませんか?」
僕は女の子から少しだけ距離を置いている。
ここからが僕の真骨頂だからだ。
少し身構え、両足に力を込める。グッと歯を食いしばり、僕は最後の技の為の最終準備を済ませた。
この世界で初めて見せる僕の最終奥義を今こそ見せつける時―――― !!
「ほんっとーーーに!! 申し訳ございませんでした―――――――!!!」
金メダリストもビックリの美しいジャンピング土下座(S難度 エス=凄い)からの、デコを床に三回叩きつけの連続離れ業。
車に轢かれたカエルの様に床にぺったんこになった僕はしばらく残心を維持し続け、再び口を開いた。
「ガイさんがあなたに睡眠毒を塗った吹き矢を向けた事は仲間の私が深くお詫び申し上げます!!」
「何卒御許しぉお――――!!!」
プッ...
「ア―――ハッハッハッハ!!」
女の子の笑い声が部屋に響く。
――― ふっ。勝ったな。 ―――
心の中で僕はガッツポーズを取り、頭を上げる。
ここまで綺麗に技が決まり圧倒的な勝利を確信したのは中学の時に同じようにして絵里香を助けた時以来だ。
「あなたたち、一体何者なの?」
笑い過ぎで肩がプルプル震えている魔法使いの女の子は、両手で涙を拭いながら、それでも時々不意に沸き上がる笑意に勝てずにグフッ!とかブホッ!とか言っている。
「さっきの男の人、ガイさんと、僕はガイチャンズという義賊をしながら子供たちと暮らしています。」
少しだけ彼女の顔が真剣になる。
「その為には人を傷つけても構わないの?」
「ガイさんはむやみに人を傷つける様な男ではありません。きっとあなたを見て何か感じる物が有ったのだと思います。あと、僕たちは貴族の家から日々の生活資金をくすねていますが、人を傷つけたり、無理やり奪ったりしている訳でもありません。」
僕は高貴な姿をしている彼女の目を真っすぐに見る。
「綺麗ごとだけじゃあ、この世界では生きていけないから。」
そして畳みかけるようにもう一度請願する。
「だから、僕たちの事を見逃してくれませんか?」
僕は深々と頭を下げる。
勿論、お辞儀の角度は直角だ。
僕はこの勝負に十点満点で見事に勝利した。