子宝に恵まれたオッサンはただの良い人でした(仮)
充哉は異世界に飛ばされ、途方に暮れていた。
右も左も全く分からない異世界の、平原のど真ん中にいきなりポツンと立っていたのだ。
服は高校指定のブレザーのまま。カバンの中には教科書や弁当の空箱まで入っている。
体育の授業が有ったので、汗臭い体操服が入っており、絵里香と、もしもいい雰囲気になった時に男のエチケットしてマストアイテム的に常備していた『まるで素肌の様な感覚』のアレ(未開封)までキッチリ入っている。
「これ...どうすりゃいいのよ...」
充哉は両手を平原の地面に付き、ガックリと両ひざをついた。『これ』とは決してマストアイテムの事だけを言っているのではない。
しばらくうなだれてまま呆然と目の前の平原をぼんやりとみている。誰も居ない、ただ風の音だけが耳に残る。
所々に大きな岩があるだけで、本当に何にもない。いや、岩があるんだからいいじゃないか。
「本当に困ったなあ...」
充哉が途方に暮れていると、突然後頭部の首筋にチクリとした痛みを感じた。
ん?違和感と痛みを感じ、後頭部に意識を向けようとした瞬間、充哉の意識は引きずり込まれるように飛んだ。
☆
「おい!起きろよ!いつまで寝てんだよ!」
さっき女神に起こされた時とは打って変わってドスの利いた低い、荒々しい声で無理やりに起こされる。
「ええっと...ここは?」
「どこだっていいだろ。」
声がする方に振り向くとスキンヘッドのめっちゃ怖い顔で、厳つい躰付きのオッサンが居た。
「おめえ、名前は。」
「ええっと、織羽充哉です。ミツって呼ばれてます。」
「ミツ...か。 お前、時空の旅人だろ?」
オッサンがギロリと睨みながら顔を近付けてくる。
「え?じ、時空の旅...って顔近いですよ!!」
危うく良い雰囲気(ア―――!)になりかける所であった。
☆
時空の旅人。こっちの世界でいう所の異世界の人々の事らしい。
そんなに数は多くないが、一定数居り、普通にこの世界に馴染んでいるらしい。
時空の旅人といってもこの世界においても『普通の人』ばかりの様だ。
そう言えばあの適当そうな女神様も、神さまから力を授かれるのは一人だけと言ってたっけ。
オッサンの話はまだまだ続いている。
「で、たまたま仕事の帰りに時空の旅人が現われる予兆と呼ばれる光の柱を見つけたんで、こうしてかっさらってきた。と言う訳だ。」
「後半なんかおかしいでしょうが!」
こうしてかっさらうってなんだよ!しかも強力な睡眠毒が塗られた吹き矢を使ったらしい。
「どっちにしたってミツ。おめえ、無一文で無職だろうが。」
「あ、はい。そうですね。」
急に現実に引き戻された。
時空の旅人とは言え、所詮ただの人。この世界に来たばかりで右も左も分からない異人さん達の中には、騙されたり捕まったりして奴隷に落とされる人もいるらしい。
「ま!まさか、僕を!」
「安心しろ。奴隷になんかしねーって。」
心なしか口元がニヤついている。強面のスキンヘッドが光を受けてピカリと輝いた気がした。
「話は済んだから、案内してやるよ。」
そう言いながらスキンヘッドがゆらりと立ち上がる。
「ありがとうございます!」
「まあ、気にすんな。」
「あ、そう言えば名前を聞いてなかったですね。」
「俺はガイ。この近辺じゃちょっとした有名人だ。よろしくな。」
有名人なんだ。僕は異世界に来てすぐに凄い人と知り合えたことを女神さまに感謝した。
――― そう、この時はまだガイさんの事を良い人だと思っていたんだ ―――
☆
外に出るとそれは長閑な風景が広がっていた。
木の柵に囲まれた畑、牛や羊が入っている柵もあり、丸太のログハウス風の家がまばらに建っている。
ガイさんの家は普通の家より少しだけ大きく、これもきっと有名人だからだろうと思っていた。
そして如何にも有名人らしく行く先々で声を掛けられており、その度に僕を時空の旅人であることを交えながら紹介してくれていた。
土をそのまま固めただけの道路を少し歩くと、大きな広場と大木が目の前に現れた。
そしてそこには十数人の小さなお友達がワイワイキャッキャと仲良く遊んでいる。
「おーーい!お前たちーーー!そろそろ帰る時間だぞおーー!!」
ガイさんが大きな声を出すと子どもたちが一斉に集まってくる。
「父ちゃん!」「お父ちゃん!!」
男の子も女の子も、皆ガイの事を父親の呼称でよび、思い思いに飛びついている。
「あれ?このお兄ちゃんは?」
一人の小さな男の子が僕の方にヨチヨチと歩いてくる。
僕は膝を折り曲げて男の子と目線の高さを合わせると、ニコっと笑いながら自己紹介をする。
「初めまして。ミツって言います。」
「みつ...ミツ兄ちゃん!!僕、シリウス!!」
「よろしくね。シリウス君。」
ニコニコしながらシリウス君の頭を撫でるとパッと目を輝かせた男の子はなんの躊躇いもなく僕の胸に飛び込んでくると、直ぐに這い上がり始めて肩車のポジションで僕の髪の毛に彼の小さな手の温もりが伝わった気がした。
「よーーし!全員そろったな!じゃあ帰るぞ!」
「「はーーーい!」」
ゾロゾロとガイの後ろについて行く子どもたち。シリウス君が羨ましいのか、何人かの子どもたちが僕の両手を取りながら色々と質問をしてくる。僕もそれぞれの子たちに名前を教えて貰い、傾きかけた夕日の中ガイさんについて行く。
この子たちを家まで送って行くのだろうか。日本でいう所の保育所の様なものなんだろうか。
そんなことを頭の片隅で考えながら皆で仲良く帰っている。ガイさんの家が目の前に見える。当たり前の様に子どもたちがガイさんの家のドアを開けて入っていく。シリウス君を下ろすと、彼も周りのお友達と一緒に走りながら家に入っていく。
「ええっと。ガイさん?」
「ん?どうした?」
「あの子たちは...?」
「ああ、俺の子どもだよ。」
えぇ――――――っ!!!オッサンそんな怖い顔で結婚してて、しかもめっちゃ子だくさん??
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている僕に、流石に言葉が足りていないと気付いたのか、ガイさんが言葉を継ぎ足す。
「あいつらはな、身寄りがいねえ子どもたちだ。」
一瞬で、ひゅうっと僕の心が暗くなる。あんなに楽しそうにしているのに、両親が居ないなんて。
そう言いながら僕は日本で僕の死を悲しんでいるであろう両親と、恋人だった絵里香の事を思い出し、胸がチクリとした。
「この国はな、貧困の差が激しい。戦争が終わってやっと十年が経とうって頃に、こんどは魔王様の復活らしくてな。あちこちで魔物に人々が襲われている。」
異世界とはいえ、この長閑な農村っぽい場所にしか居ない僕は、この世界はもっと平和な世界なんだと勝手に決めつけていた。
「王族には騎士団があるし、貴族は傭兵や冒険者を囲って身を守りながら金儲けに精を出している。そのあおりを受けるのはいつだって弱者である俺たちだ。」
僕に背を向けたままのガイさんの顔はこちらからではうかがい知る事は出来ない。
だが、その言葉の端々には怒りが込められているのだけはわかった。
「こんな辺境の集落ですらこの有様だ。王都や大きな町なんかじゃ、もっと、ずっと酷い状態だ。」
ガイさんが僕をここまで攫ってきた理由が分かった気がした。時空の旅人は武器も持っていないし、多くの人間が戦いを当たり前とするこの世界の人間に太刀打ちできるはずもない。
「ガイさん...僕、色々と勘違いしていました。本当に良い人だったんですね...」
照れ隠しの様に軽口を叩くと、僕はガイさんに歩み寄っていく。
「おめえなあ...」
呆れたような声でこっちに振り向くガイさん。
「今の話を聞いて僕も、この世界で生きて行こうと前向きになれました。お仕事、手伝わせて下さい。」
「そうか...そいつは助かるな。だが、この世界はそんなに甘くねえぞ。」
ニヤリとガイさんが笑う。僕はガイさんに向かって右手を差し出す。
「何だ?その手は?」
「僕のいた国では、こうやって手を握り合う事でお互いを受け入れるんです。」
「ほう。なるほど。」
そう言いながらガイさんが僕の手をしっかりと握る。僕も負けずに握り返す。
「ヨロシクな。ミツ。」
「よろしくお願いします。ガイさん。」
「おとーさん!ミツ兄ちゃん!!早くご飯にしようよーー!」
ドアの向こうから元気な子供たちの声が聞こえる。
僕はこの世界で生きて行こう。 もう二度と会えない両親、そして絵里香の事を想うと寂しくて仕方がない。
それでも僕はあの時絵里香を助けたいと願い、そして死んだ。
その行動には後悔なんて一つもない。
だから、この世界で頑張ろう。少しだけ胸が苦しいけれど、僕は前を向いて生きて行こうと誓った。
――― この時はまだガイさんの事を良い人だと思っていたんだ ―――