彼女がトラックに惹かれそうだったので助けようと思いました。 あれ?何だ。ただの女神様だったか。
「絵里香っ!!」
どこの地域でも普通に見かける学生用ブレザーに身を包んだ男子高校生が自分たちがいる交差点の脇に向かって突っ込んで来たトラックを見て、声を上げた。絵里香と呼ばれた女子高校生は目の前に迫りくるトラックに身動き一つ取れずにいる。
「ミツ君?」
か細く、声にならない声を出して、自分の名前を叫んだ男子高校生の方へ僅かに顔を向けると、ミツと呼ばれた男子高校生は全身で彼女の体に飛び込む。
彼は彼女の体を抱きかかえると、その瞬間トラックに向けて背を向ける。自分がクッションになれば彼女は助かるかもしれない。
そう思いながら、彼女の頭を両腕で抱える。
――― 神さま。 どうか彼女だけは ―――
美人で、成績優秀、スポーツ万能。誰からも愛されている自校のカリスマである絵里香。
顔面も成績も運動も、全て偏差値50、平凡を体現する充哉。
充哉と絵里香の二人は某有名私立高校に通う高校三年生。
絵里香は特進コース、充哉は一般コースだからクラスは違うのだが、二人は学校でも有名なカップルだった。
カリスマである恵梨香と、どこから見ても平凡なモブキャラの充哉。
しかも誰が聞いても耳を疑う話なのだが、二人の交際はカリスマである絵里香の方から充哉に告白して始まったという。そんな凸凹感と不釣り合い感満載の二人だが、学校でも外でもいつも絵里香がベタベタとくっ付いている事から、自然と周囲に受け入れられて来た。
中学の卒業式の絵里香の告白をきっかけにして始まったカップルは付き合い始めて二年半が過ぎた。
高校三年生になった二人は夏休みも忙しい絵里香の予定の合間に愛を温め合った。
夏を終え、更に距離が近付いた二人が迎えた高校最後の二学期。残暑未だ厳しい九月のある日の夕方。
駅に向かう大通りの交差点で二人で週末の予定を話し合っていた時に充哉は自分たち目掛けて全く減速する気配をみせないトラックに直前で気が付いた。生憎周囲に気を配る余裕すらなく、充哉は奈美の体を強く抱きしめた。
せめて彼女だけは生きて欲しい。それだけを神さまにお願いした。
――― そして、充哉のこの世界での人生は幕を下ろした ―――
☆
充哉が目を覚ますと、服もカバンもそのままに、真っ白な部屋に飛ばされていた。
「あ、目が覚めたのかな?」
おはようと続くかのようにあっけらかんとした声が聞こえる。
振り返るとそこには羽衣?の様な服を着た美しい女性が立っていた。
「あ、あなたは?」
「私? 私は女神様なのです!えっへん!」
自称女神はわざわざ効果音まで付けて自己紹介をする。
「ええっと、女神さまが目の前に居るという事は...」
「そうそうっ!だいせーかーい!」
パカーン!
突然充哉の頭上でくす玉が割れ、白い紙吹雪がヒラヒラと落ちてくる。
「いやー!日本も惜しい人を亡くしたねー!!本当に残念無念!!」
まるで残念でも、無念でもなさそうな口ぶりである。
「じゃあ、僕はこれから天国に行けるんでしょうか?」
充哉はドキドキしながら昔祖母に聞かされた伝承を思い出していた。
『悪いことをした人間は閻魔様に舌を抜かれて地獄に落ちるんじゃ』
悪いことをしたら地獄、そうでなければ天国。それが充哉がおぼろげに持っていた死後の世界観だった。
「えーっとね。あなたはまだ若いし、今回厳正なる抽選の結果、他の世界に行ってもらう事になりましたー!イエイ!」
再びパカーン!と頭上でくす玉が割れる。
「い、異世界って奴ですか?」
「そうそう!日本じゃすっごく流行ってるから、皆飲み込みが早くて助かってまーす!きゃは!」
非常に嬉しいようで、女神様はニコニコしている。
「あっ!でもごめんなさい!」
突然、そのニコニコ顔がほんの少しだけ曇ったかと思うと、女神さまがペコリと頭を下げる。
「日本で流行ってるのと違って、世界軸を移動する際に神さまから力を授かれる人間は世界毎に1名と決まっているんです。ざんねーん。ショボーンだね...」
充哉は女神さまがいちいち語尾に感情を付けるのが凄く気になっていた。
「まあそう言う訳で、あなたには普通に世界軸を移動してもらいますね!一応私から気持ちばかりのギフトを送っておくけど、あんまり役に立たないと思うから! でもがんばれーー!!ふぁいとーー!おーー!!」
少々早口にまくし立てながら女神はヒラヒラと右手を振る。
充哉の体が白い光に包まれていく。
「あっ!ちょっと待ってくださいよ!!異世界の話とか!!ちょ、あっ!まじで! どうすれば良いんですか―――――ァァァァ!!!!」
白い部屋には充哉の声だけがこだまの様に残った。
「さて、次の子はっと。」
女神は神の目と呼ばれるウインドウを開く。
「ああ!!この子凄いっ!!」
驚きと期待の目で喰いつくようにウインドウを見る。
「さっきの男の子と同じ世界軸で、神さまの力を得られるなんて。凄い!凄い!!大当たりだよーー!」
きゃっきゃと喜びながら女神は素早くウインドウを指先で操作すると、さっきまで仕込んであった『くす玉 はずれ用』を『くす玉 あたり用』にセットし直した。
何もない真っ白な部屋に、どことなくさっきの男の子と同じようなデザインのブレザーに身を包んだ女性の姿が陽炎の様に浮かびあがってきた。
数分後、真っ白な部屋で先程の男の子と同じような質問をしてきた女性の頭上に、金銀色とりどりの紙吹雪が舞った。