第二話
昼寝をしているような心地良さだった。 それも、ついさっきまで外に干していた太陽の光を存分に取り込んだ一級品の布団の中のような。
そのため、ついつい自分の置かれている状況に意識が回らず、二度寝… もとい、永眠を再び初めてしまうところだった。
慌てて首を横に振り、目を覚ます。 すると、そこには異常な光景が広がっていた。 一見すると、よくフランスとかのほのぼのした町に登場する平和な麦畑にしか見えない。 なぜならば… それがあまりにも自然に馴染んでしまっているからだ。 詳しいことは何もわからない。 慌てて情報収集を始めなくては… そんな使命感に駆られ、生涯の友である布団と今夜まで別れることを決めた。 そして、重たい頭をあげ立ち上がる____
「ガンッ」
低く鈍い音がこの世界に響いた。
「…ってーな!」
怒りの感情を顕にし、ぶつけたものへ怒りをぶつけようと立ち上がる。 そして視線をあげ、目の前の敵と対峙____ って! 誰もいない…? そんな馬鹿な… この感じ、絶対人間だろ。 小説とかだと、だいたいここで出会った超可愛いヒロインとのイチャつきタイムなんだが… 残念。 そこに広がっているのは、青色の草木と、緑色の空だけだった…
「…ったく、誰かいねぇのかよ」
ていうか、ここあそこだよな。 あの… 僕が住んでた… えーっと…
思い出す努力をしているうちに、一つ、また一つと汗が流れていくのを感じた。
ま、まぁきっと頭かなんか打ったんだろ。 住所なんて、今はどうでもいい。 そうだな… あと、必要なのは… あ、名前か。 名前が無いわ。 っていうか、もう考える間すれなく、ないって言っちゃったよ。 せっかくの両親が与えてくれた名前を捨てるのの少し抵抗を覚えたが、どうあがいても思い出せそうにない。 諦めて、仮の名前を名乗ることにした。
「っていってもなぁ… まぁ、差し当たり山田太郎でいっか。 誰も見当たんないし」
ようやく、自分の置かれた状況を理解し、そろそろ動き出そうと思ったその時____
「あれ? これってもしかして… 記憶喪失ってやつ!?」
山田は今気付いた。 自分の状況を理解したとか、生意気に言ってるけど、全然理解してなかった!!
「まてよ… 一回落ち着いて整理しよう… 僕が置かれている場所は不明。 自分の名前さえ分からない っとこんなもんか」
どういうわけかポケットに入っていた、メモ帳とボールペンを持ち出してペンを走らせた。 すると、よくよく見るとこの手帳に使われている跡があるのを確認した。 ほら、下敷きとかひかないと跡つくじゃん? それだよ、それ。 しかし、僕が使ったのはこの手帳の一番始めのページ。 きっと使う際にちぎってつかっていたのだろう。 しかし、念には念を入れて、と言葉があるように手帳の中身を確認すべく、よくありがちな一番最後のページを恐る恐る開くとそこにはこんなことが書かれていた。
「インクがでないでないあぁぁぁぁぁー」
これ、インクがでないときに方言きつい人がよく書くやつじゃん… 軽くため息をつき、パラパラと手帳をめくっていく。 すると、ちょうど、真ん中前からいっても後ろからいっても平等に時間がかかる真ん中に、こんどは綺麗に整った字面と記号で地図が描かれていた。 書かれていた文字は、現在地と ここに行くっ! の二フレーズだけ。
「目印とかあればいいんだけどよぉ… ここ畑しかないんだよな…」
とりあえず、現在地と書かれたところのすぐ近くに描かれているフリンシュタンの大樹を探すことにした。
そして、二分ほど歩き僕はスグにその樹を発見した。 なんとその樹は、自分が先ほど頭を何かにぶつけた時の樹だったのだ。 今、この瞬間はじめて「灯台下暗し」という言葉の意味が理解できた気がする。 しかし、改めて少し離れてみるとすごい迫力だ。 さすが名前のついているだけはある。 これだけ大きければ、鯨とかでも余裕で瀕死に追い込めるだろう。 まぁ、もちろん僕は空を飛ぶ白い鯨なんて見たことはないが。
そして、もう一度 二、三分かけ、大樹のもとに帰ってき目的地と記された場所に向かうことにした。 もちものはボールペンと、一冊のメモ帳だけ。 しかし、綺麗な緑色の空がまだ輝いていたので進む足を止めることはしなかった。
そして、なんとなく歩き始めて体内時計でおおよそ三時間程度歩いたときにふと異変に気付いた。 それは、太陽の場所が一切変わらないことだ。 先ほど、フリンシュタンの大樹を出てから一向に日差しが弱まらない。 温度的には、暑いわけでも寒いわけでもないので、どうでもいいのだがこれでは日焼けしてしまう! この僕の唯一の取り柄である、この卵白のように白いこの肌! これを失うのは相当にきつい。 そういう訳で、リラックス効果があると言われる青色の葉っぱを集め日傘替わりにした。 これで、また歩き出せる。 そして、その後は特に何が起こるでも、起こすわけでもなくただただ平々凡々に歩き続けた。
「し… しっかし、この地図距離感おかしいでしょ… あれから絶対一日は歩いてる…」
さすがの僕にも体力の限界が来てしまった。 足がどうしても重い。 そのため、沈まぬ太陽のもとに一度仮眠をとることにした。
「けど… よくよく考えたら、これって多分夢…? だよな… だったら寝れないんじゃ…」
誰もいない、この世界で大きないびきの声だけが響き渡った。
そして、日は落ちることなく、そして登らず朝がやってきた。 少し話が変わるが、今、この時間を昼でしょって言っている人は勉強したほうがいい。 引きこもりにとっては、起きた時間が朝になるんだよぉ。 っと、そんな冗談はさておき、空腹をこらえつつまた僕は歩き出すことを始めた。
そして、おおよそ累計五十時間。 僕は歩き続け、それはそれは豪勢な建物の前にたどり着いた。
「この家なら、金は持ってるな…」
空腹を紛らわすために、家にはいろうと玄関に近づくと、この世界で始めての村人を発見した。
「ていうか、ナゼこんなところに人がいるんだよ…」
一歩、一歩着実に間合いをつめて行きついに、両者の顔が認識できる距離まで近寄り思わず僕が口を開いてしまった。
「なぜ、こんなとこ… グフォッ! いって! てめぇ、なにしやがる!」
なんと驚くことなのか、そうじゃないのか相手がこちらに飛び込んできたのだ。 こいつ… もしかして、僕のことを… 殺しに来てる?
悪い方向への妄想が広まってしまい、つい我をうしなってしまった。 すると、あどけなさを残した可愛げな声で鳴いているのが聞こえた。 この場にいるのは二人、そして僕は泣いていない。 つまり…
「お、おい。 大丈夫か? それにしてもなぜ…」
「……ですね?」
「え?」
「私のことを覚えてるのね!?」
そういい彼女はギュッと僕を抱きしめた。 その体はどことなく震えていて、細身で、折れそうなほど華奢な体だった。 しかし…
「いや… お前だれ?」
僕はしょうもない特技ならたくさんある。 これはその内の一つ。 「人の顔は見たら忘れない」 だ。 そんな僕の知識の中にこんな美人は存在したことはない。 断言できる。 セミロングの黒髪に、自然な状態なのに強調された胸元。 それに、クリクリっとした目が特徴的な優しそうな綺麗な人… こんなパーフェクトな人、絶対僕の知り合いじゃない。 うん、笑ってくれ。
しかし、彼女の方を見ると顔色が白くなっているのが分かった。 恐らく体から力が抜けているのだろう。 そしてとうとう彼女は座り込んでしまった。 さすがに僕だって、手を差し伸べるぐらいはできる。 緊張して手汗かかないように、震えないように気をつけてしまってるけど…
すると、彼女からふふふっと嘲笑うような声が聞こえた。 そして、僕の手を使わず自力で立ち上がりこう言葉を放った。
「ごめんなさい… 取り乱して。 あなたはどうやってここまで来たのかしら?」
「え? や、この地図を頼りに歩いて来たんだけど…」
そう言って僕は自分のポケットの中から手帳を取り出して彼女に差し出した。
すると、彼女は怪訝そうな顔をして、何かを考えているようだった。 きっと、んー という声は出しているつもりはないのだろうが。 そして、数分が経過しパッと表情が明るくなるとようやく口を開いた。
「ねえ、少し私といいことしない?」
いたずらっぽく笑い、その色気に満ち溢れた体を上手く使い、僕を誘惑してきた。
…バッカダナー。 コンナコトニオトコガヒッカカルワケガナイダロー。
慌てて、僕は自分の体の確認をパッと済ませた。 あれは、ないし、これもない… だったらこうして…
「って、何考えてんだ!! しっかりしろ、俺!」
すると、乱れた服装のまま彼女がこちらに近づいてきた。
「あーーー! もう、どうにでもなれ!」
俺は、諦めて肩の高さまで手を挙げ、降参のポーズをとった。 そして目を閉じ、彼女が近づいて来るのをひたひたと鳴る足音で感じた。
一歩、また一歩と彼女は確実に俺との距離を詰めてきた。
そして、いよいよ俺の肩に彼女の細いプニプニとした触感がする腕が回された。
彼女のゆっくりと、僕の体を確かめるよな手つきとは反対に僕の心拍数が上がっていくのを感じた
すると、彼女は僕の服のボタンを一つずつ外していき丁寧に僕の服を脱がしたか
その手つきは、まるで美しいものを触る、それと同等でつい、体がピクピクと反応してしまう。
すると、突然 体が焼けるような衝撃を感じた。 だが、そんな衝撃よりも、目の前にいる彼女があまりにも寂しそうな顔をするのでそんなことは気にならなくなっていた。
「やっぱりか…」
やはり彼女の言葉にはどこか儚さがこもっていた。 それは初めて出会った人であるはずなのに、どこか聞き覚えがある声で俺の心を打った。
すると彼女は先程までの、悲しげな顔を取り払い ニッコリと笑いこう言った。
「少しついてきて欲しい場所があるんだけど…… いいかな?」
普段の俺なら、こんな見知らぬ人について行くような真似は決してしない。 だけど、ここがどこかわからないこと、目の前の彼女があまりにも寂しそうなのでついていくことにした。
それが、自分に大きな変化を及ぼすことはまだ知らずに___