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これは君のパラミシア  作者: 御乃咲 司
第一節『これは月が導く宿命の標』
88/323

85.消えた問題児


 翌日、ロウたちは朝食を済ませると、パソスと今後の話を詰めた。

 朝から執拗に世話をしたがるファナティも、そのときばかりは大人しく後ろに控えていた。

 馬上戦技ジョストにおいても、騎士としても有名なファナティが見せるその異様な様子に、周囲に変な噂が広まらないか心配だったものの、彼自身に何一つ気にした様子はない。城内にいる者なら大丈夫、ということだろうか。


 話を詰めたといっても、できることは限られている。

 魔扉リムが一度開いた以上、再び開く可能性は高いだろう。

 なぜかは不明だが、降魔こうまは花園を目指しているようだった。ミソロギアに魔門ゲートが開いたのもそれが目的だとするなら、他の国にも魔門が開く可能性は高い。

 むしろ、すでに開いているかもしれないのだ。


 パソスは運命の日の記録を、隊長各であるすべての兵に見せることを決断した。

 ロウたちがいなくても魔扉が開いた時に対処できるようにするには、各兵たちが降魔の存在に慣れ、それに応じた訓練をする必要があるからだ。

 それについてはファナティが意気込んでいた。

 曰く、ミソロギアの勇敢な兵たちに後れを取るわけにはいかない。ロウたちに恥じぬ戦いをする為に全力を注ぐ、とのことだ。


 とはいっても魔憑まつきの存在が少ない以上、ミソロギアやクレイオはもちろん、各国の現状も気になる。それついては、ゲヴィセンとロギが動いているはずだ。

 焦る気持ちはあるが、ロウたちはまだクレイオを離れるわけにはいかなかった。

 カグラの導きが示した選択は三つだ。その内、昨晩の出来事が一つと判断し、残りは二つ。このクレイオで起こることを想定すれば、それを信じて待ち構えることしかできない。


 その間の滞在は城でとの申し出があったが、ロウたちは気持ちだけありがたく受け取ることにした。

 導きが何を指しているのかわからない以上、国王や姫君を巻き込むわけにはいかないからだ。


 朝食を終え、ロウたちが城を出る時のファナティとスィーネの残念そうな表情は誰の目から見ても明らかだったが、何かあったら駆け付けると約束し、ロウたちは町で少しでも情報を集めることにした。

 いくらこのクレイオで待ち構えるしかないとはいえ、ただ馬鹿正直にじっとしていても何も始まらないだろう。


 が、その前に先に泊まる宿を探そうということになり、ロウたちは王城近くの宿屋を訪ねた。

 幸い、旅の費用についてはロギから受け取っている。

 しかしだからといって、それを無駄遣いをするわけにもいかない。道中の店から漂う甘い誘惑に飛びつきそうになるセリスをリアンが諫めつつ、宿に着いたロウたちは安い部屋を二つ借りた。


 内、男部屋に全員が一度集まると、セリスが窓から外を見渡した。


「どうせなら、景色のいい部屋がよかったな」

「こ、ここは二階ですもんね」

「上の階は値段が高いもの。仕方ないわ」


 言って、カグラとシンカは椅子に腰を下ろした。


「そうだな。とりあえず情報収集の前に、もう一回導きでも見たらどうだ?」

「は、はい」


 セリスに言われ、カグラが導きの札(カード)を取り出して魔力を流し込むと、淡く光った導きの札(カード)が宙を舞う。そんな中……


「ん? あれは……」


 セリスが小さく呟くが、その声は誰にも聞こえてはいなかった。


 宙を舞っていた導きの札(カード)が再び一束になると、そこに文字は浮かんでくることはなかった。

 変わりに起きたのはロウたちが初めて目にする現象……導きの札(カード)赤く発光している。


「カ、カグラ……これって」

「……う、うん」


 顔を見合わせる二人の少女はどこか真剣味を帯びていた。

 そんな少女たちにリアンが問いかける。


「なんだこれは。どういう意味だ?」

「け、獣の咆哮。一人の行動が、命運を左右する。……こ、これが今回の導きです」

「と言うよりは警告ね」

 

 カグラが導きの内容を説明すると、シンカは眉を寄せながら難しい顔で呟いた。


「警告? 俺には文字が浮かんだようには見えなかったが……」


 ロウがじっと赤く光るカードを見つめるが、やはり今までのように文字は浮んでいなかった。ただ赤く光っているだけだ。

 確かに、それ自体が良い印象を受けるものではないが。


「み、道を指し示す導きは文字にして現れるんです。でも、警告は私の頭の中に直接聞こえてくるので、文字としては見えません。カ、カードが赤く光るので、それが警告だということ自体は、知ってる人なら見てもわかりますけど……」


 そう言ったカグラは、可愛い顔には似合わない険しい顔をしていた。

 それだけで、この警告というものの危なさが伝わってくる。


「この王都で何かが起こるのは間違いなさそうだな。次の行き先を示さなかったということは、やはりここで起こる出来事を乗り越えろということか」

「となると、少なくとも後二度の選択があるわけだな。滅入る話だ」


 ロウの言葉にリアンは頷き、今はすでに光を失った導きの札(カード)を一瞥し、深く息を吐き出した。

 

「……その一人っていうのは、誰を差すんだ?」

「ご、ごめんなさい。そこまではわかりません」

 

 申し訳なさそうに俯きながら、カグラは導きの札(カード)を腰の革製小袋ポーチへと仕舞い込む。


「カグラが謝ることじゃない。とにかく、慎重に動こう」

「そうね」

「外に出る時、一人は避けたほうがいいだろうな。いつ選択がくるとも限らん。命運を左右するとなると尚更だ」

「あぁ、そうだな」

「は、はい」


 意見が纏まると、訪れたのは暫しの沈黙。

 嫌な汗がツーッと垂れてくるような感覚を、この場の全員が感じていた。


「……なんだか、いつもより静かじゃない?」


 シンカがぽつりと言葉を零す。


「「……」」


 確かに静かだった。

 何か物足りないというか、違和感を感じる。


「おい、保護者」

「俺は保護者じゃない」


 リアンの言葉を、ロウは否定する。


 ………………


「ねぇ、飼い主さん」

「俺は飼い主でもない」


 シンカの言葉も、ロウは否定した。


 …………

 ……


「ロ、ロウさん」

「いかにも俺はロウだな」


 カグラの言葉を、ロウが肯定すると……


「さ、探さなくていいんですか?」


 彼女は実に困った表情で、ロウにそう問いかけた。

 

 途端、カグラ以外の三人の口から同時に漏れたのは、呆れを色濃く含んだ深く長い溜息だった。


「なんて面倒な奴なんだ、あの馬鹿は」


 リアンが額に手を当てながら、舌打ち交じりの苛ついた様子で言葉を吐き捨てた。


「チョコでも吊るしてたら帰ってくるんじゃない?」

「お、お姉ちゃんそれはさすがに」


 シンカは半ば投げやりの様子で、椅子の背に体重を深くかけた。


「腹が空いたら帰って来るだろうが、悠長に待ってる余裕はなさそうだ。本当に無駄な労力を使わせてくれる」

「そうだな。カグラの導きが真実なら、勝手な行動は危険だ」

「でも、全員ばらけて探すわけにもいかないわよね」

「二手に分かれるか」

「じ、じゃあ、ここには書置きを残しておきますね」


 行き違いになった時のことを想定し、カグラが一枚の紙に書き置きを残した。

 その内容は、帰って来たらこの部屋を動くな、といったものだ。

 綴られた字は少し丸みを帯びた可愛らしい字だった。


「一時間事にここへ戻るようにするぞ。編成は俺とシンカに、ロウとカグラだ」

「どうしてよ」

「何かあった時のことを考えたらこうなる。警告がある以上、適当に決めるわけにはいかないだろう。」


 この中で戦う力のないカグラを、一番守ることに長けたロウに預けるのは確かに妥当な判断だろう。

 警告……それが何を示しているのかはっきりしたことはわらないが、命運とは響きが悪い。嫌でも起こってほしくない光景を想像してしまう単語ワードだ。


「まぁ……そうね。ロウ、カグラを頼んだわよ」

「あぁ、任された」

「よ、よろしくお願いします」

「行くぞ」

「ちょっと待ってくれ。一応……」


 リアンが扉を開こうとすると、ロウは紙に包まれたチョコレートを取り出して、紐で吊るし始めた。

 そんなロウを見つめる三人の目は、なぜかとても温かかった。





 一方、ロウたち四人がセリスの心配をしていたころ、当の本人は中心街から離れた路地裏の近くで揚輪菓子ドーナツを頬張っていた。

 実に旨そうに、実に幸せそうに、物理的に頬を膨らませている。


「おぉ、まじうめぇなこれ」


 もぐもぐと食べるその表情は、清々しいまでにとても笑顔だ。

 昨晩の難しい話に頭を痛め、その上宿までの道のり間もおやつを我慢していたセリスに、とうとう限界がきたということだろう。


「もぐもぐ……もう長いことドーナツは食ってなかったからなぁ」


 セリスは宿の部屋に入り、窓から外を眺めた時、この揚輪菓子ドーナツ屋を発見した。

 揚輪菓子ドーナツ屋は移動屋台のようで、彼は見失なうまいと、すぐさまこの屋台を追いかけたのだ。


「何も言わず、咄嗟に出ちまったのはまずかったかなぁ。まっ、あいつらにも土産を買っていけばそんなに怒られねぇよな」


 決して揚輪菓子ドーナツで釣られるような面々ではないが、このときのセリスは真剣にそれを考えていた。

 警告がなければまだ許された可能性も万に一つはあったかもしれないが、その万に一つの可能性すら消え失せていることを、当然今のセリスが知る由もない。


 そして、ロウたちへの土産分を買おうとその場で立ち上がった瞬間――


「って……ん? あれ……なんだ……これ……」


 急に襲ってくる眠気。

 セリスはふらふらしならその場に倒れ込み、そのまま簡単に意識を手放した。

 そんな中、倒れた彼を見下ろす二人の男の声が響く。


「へへっ、楽勝だな」

「まさか、本当にこんなことで上手くいくとは思ってなかったぜ」

「面の女が言った通りだったのはいいが……こいつはあれだ。マジで馬鹿だな」

「とにかく、注目を浴びると面倒だ。さっさと運ぶぞ」


 そう言って、二人は眠ったセリスを担ぎ上げた。

 




 シンカとリアンは宿の前でロウたちと別れ、セリスを捜索していた。

 とはいえ、王都はかなり広い。

 何一つ情報をもないまま探すのはかなり骨が折れるものの、今は黙ってただひたすらに足を動かす他ないだろう。


「「……」」


 静かに、ただスタスタと二人は歩いている。


「「……」」


 そう、ただ静かにスタスタと。


「……」

「ねぇ」


 そんな会話の無い空気に耐えかねたのか、シンカが声を漏らした。


「なんだ」


 リアンは彼女に視線を向けることなく、一言で答えた。


「何か話しなさいよ」

「何かとはなんだ」

「なんでもいいわよ」


 彼女の言葉に、リアンは顎に手を当てながら暫し考える。


「……ふむ。シンカはロウのことをどう思ってるんだ?」

「ぶっ! ちょ! ななな、なんなのよ、いきなり!」


 口にお茶でも含んでいたなら虹でもできそうな勢いで、シンカは慌て出した。

 なんでもいいとは言ったものの、あまりに予想外の質問だったのだろう。


「お前がなんでもいいから話せと、そう言ったんだろ」

「そ、そうだけど! もっと真面な話はなかったわけ!?」

「俺は気になることを聞いただけだ。ロウにはもう慣れたのかと思ってな。むしろ……」


 リアンは昨日、シンカがロウに膝枕をしていた時のことを思い返していた。

 確かに仲間と認め合って以降、彼女の棘は取れ、ロウへ信頼を置いていることは見ていてわかっていたし、何一つとして危惧すべき問題はない。

 信頼と共に徐々に心を開いて行く。それはとても良いことだ。


 だが、それをきちんと言葉として、リアンは確認しておきたかったのだ。

 信頼する以前からの信頼したという言葉ではなく、信頼してる今の彼女からの心からの言葉を。これから先、続く命を懸けたぎりぎりの戦いにおいて、信頼した上での言葉は大切なものだ。

 

「た、大切な仲間だと思ってるわよ。っていうか、前にも言ったけど嫌ってたわけじゃないからね? 慣れたとかじゃなくて、その……なんていうか……と、とにかくロウのことは信頼してるわよ。こ、これでいい? 」

「そうか」

「えぇ」


 …………


 そして、再び訪れた沈黙。

 リアンは特に何かを言葉にするでもなく、一人満足したかのようにその足を進めていた。


「って、それだけ?」

「そうだが?」

「そ、そう……」


 訳がわからないとでも言うように、少し首を傾るリアンに、シンカはつい小さな溜息を零した。

 こうしてリアンとシンカが二人で行動したのは初めてのことだ。

 二人でいる時のリアンが必要なこと以外、まるで無駄話をしない人なのだと、彼女はこの時初めて実感していた。


「あれは……」

「何よ、どうしたの?」


 リアンが急に立ち止まると、シンカも合わせてその足を止めた。


「……移動屋台か」

「ちょっと! ちゃんと説明しなさいよ!」


 すぐさま揚輪菓子ドーナツ屋へと迷いなく歩いて行くリアンの背を、シンカは慌てて追いかけた。

 彼は揚輪菓子ドーナツに目がないのか、とシンカは一瞬思ったが、どうやら違うようだ。

 よくよく冷静に考えれば、揚輪菓子ドーナツに目がないリアンというのも、どこか違和感を感じてしまうな話だろう。


「おい、店員。ここに長身で少し垂れ目。美形の癖にどこかアホ面した感じの、話すと残念な男を見なかったか?」

「リ、リアン……それはちょっと言い過ぎじゃ。それに、そんなのでわかる訳――」

「あの兄ちゃんの知り合いか?」

「って、わかるの!?」


 リアンの説明はあまりのものだったが、それで本当に伝わったということに、シンカは思わず突っ込んだ。


「セリスを見たことがある相手には、この説明で伝わらなかったことはない」

「へ、へぇ……」

「どこに行ったかわからないか?」


 呆れたように苦笑したシンカをよそに、リアンは再び店員へと問いかけた。





 ロウとカグラは、シンカたちとは別の方角に向かっていた。

 カグラはいつになく、ロウの近くを歩いている。

 きょろきょろと視線を動かしながら一生懸命にセリスを探してはいるが、その小さな体は時折ビクッと跳ねていた。


 シンカと離れて行動することは今までにもあったが、まったく知らない町でこうも人が多い中を歩くのはやはり苦手なのだろう。

 実に平和な町ではあるが、ここに来た時のように窃盗などという悪事を働く者がいないわけではない。


 そんなビクビクと歩くカグラの手をロウはそっと握り、優しく微笑んだ。


「……あっ」

「こうしていれば怖くないだろ?」

「あああ、ありがとうございまう」


 ……噛んだ。


「まう?」

「あっ……うぅ~……」


 恥ずかしさのあまり、真っ赤に染まる顔は耳までもが赤くなっている。

 かなり距離が近くなってからわかったことだが、カグラはどうやら親しい人が相手のとき、照れや恥ずかしさの度合いによっては、言葉を噛みやすくなるようだ。以前にロウに対して噛んだときも、顔を染め上げていた。


「そこの兄ちゃん」


 そんな中、いきなり男がロウたちに声をかける。


「ん? 俺のことか?」

「そうそう。可愛い妹さんに、一つどうだい?」


 そう言って、男は乳製氷菓子アイスクリームを差し出した。

 どうやら乳製氷菓子アイスクリームの移動屋台のようだ。


「悪いが急いでるんだ」

「でも、妹さんは食べたそうだよ?」


 ロウが視線をカグラに向けると、少女の目がキラキラと輝いていた。

 甘菓子スイーツ好きの彼女からしてみれば、これはとても甘い誘惑だろう。


「はっ! あああ、あのっ! これは! ちがくて、そのっ……あぅ」


 視線に気付いた少女が恥ずかしそうに慌てた声を漏らす。


「すまないが、遠慮しておこう」


 言ってロウは、カグラの手をぎゅっと握った。少女が見上げたロウの横顔は真剣だ。

 基本的に、ロウは誰に対しても甘い。カグラとセリスに対しては、特にといえるだろう。

 そんなロウが頑なに断るには、きっと意味があるのはずだ。

 そう思ったカグラは、繋いだ手をぎゅっと握り返した。


「冷たい兄ちゃんだな。はぁ……仕方ない。可愛い妹さんのために、一つサービスだ。兄ちゃんと食べな。宣伝ってやつだよ、宣伝」


 男は笑顔を浮かべながら、乳製氷菓子アイスクリームを一つカグラに差し出す。


「い、いりません。ご、ごめんなさい」

「行こう」


 カグラの手を引いて歩き出そうとするが途端、前に現れた二人の男に阻まれる。

 見下すような気分の悪くなる笑みを浮かべ、そこに立ち塞がる男たちは、見かけだけで判断するならどう見ても善人の部類ではないだろう。

 そしてそれは案の定……


「悪いがここは通れねぇ、キシシ」

「せっかく手荒な真似はせず、穏便に済まそうとしてやったのに。人の厚意は素直に受けとっとくもんだぜ? 勘が鋭いのも考えもんだな、兄ちゃん」


 店の男は両手を組みながら、ロウたちの後ろへ回った。


「穏便に済ませたかったのはこちらも同じだ。だから退いてくれないか? 人の厚意は、素直に受け取っておくものなんだろ?」


 冷静に、ロウが警告を発する。


「キシシ、こいつ状況がわかってねぇのか?」

「王都ってのは立場のわからねぇ奴が多いから困る」

「お前ら、妹の方に大きな傷はつけるなよ。その顔立ちだと、かなり高く売れそうだ」


 店の男はすでにカグラを手に入れた気でいるのか、少し興奮気味だった。

 カグラは繋いだロウの左腕を、右手はぎゅっと繋いだまま左手で遠慮がちに、しかしシッカリと掴んだ。


「売るとか言うなって。可哀想にビビっちまってるじゃねぇか。キシシ」

「なんなら、俺のところにくるか? 優しくしてやるぜ?」

「わ、私は……」

「痛い思いをしたくないなら、早くこっちに来な」

「い、いやです……」

「あ? 生意気になに強がってんだ。痛い目にあいてぇのか?」

「こ、怖くなんてありません!」


 強気な言葉を放ち、カグラは男を睨みつけた。

 可愛らしい顔立ちでありながらも、その力強い瞳に怯えはない。


「顔がいいからっていい気になりやがって。一発ぶん殴って……ってあれ?」


 男動こうとするものの、なぜか足が動かない。

 まるで地面に縫い付けられたようだ。


「何やってんだ! って、お?」


 店の男も動こうとするが、やはりその足は動かなかった。


「ありがとう、カグラ。おかげで集中できた。細かいことに力を使うのは慣れてないんだ。怖くなかったか?」

「は、はい」


 ロウは微笑みながらカグラの頭を撫でると、少女の顔が嬉しそうに綻んだ。


「おい! どうなってやがる! てめぇ、何しやがった!」

「ふざけんなよ! 卑怯なことしやがって!」

「穏便に解決するための親切心だ。今日は日が照ってるから、そのうち動ける。それより……」


 言葉を切り、ロウは店の男に視線を向けた。


「な、なんだ」


 さっきまでの勢いはどこへ行ったのか、男は少し引き気味に答えた。

 靴底と地面を凍てつかせただけだというのに、一般人からすれば普通ではない現象に困惑しているのか、靴を脱ぐという方法も思いつかないようだ。

 そんな男を前に、ロウは質問を投げかける。


「ここに長身で少し垂れ目。美形の癖にどこかアホ面した感じの、話すと残念な男を見なかったか?」

「ロ、ロウさん! そ、それはあまりにもセリスさんが可哀想ですよ!」


 ロウの尋ね方に、カグラが異議を唱える。

 それもそうだろう。

 そのような尋ね方をして普通ならわかるわけがないし、そのような尋ねられ方をするセリスがあまりにも哀れだ。


「リアンがこう言えばすぐわかってもらえるって言ってたんだよ」

「え……そ、そんなわけないですよ」

「本当だ。後でリアンに聞いてみるといい。で、どうなんだ?」

「……見てねぇよ」

「そうか、ならいいんだ。ありがとう」


 そう言い残し、ロウはカグラの手を引いて歩き出した。


 そして、特に何をするでもなく二人の背を見送ると、残された男たちはどっと疲れたといった様子で深い溜息を吐いた。


「はぁ~……今日は変な連中ばっか相手にして疲れる」

「鎧の二人に、狐面の女に……ったく、ほんとになんなんだよ」

「まぁこれであの女に言われた通り、時間は稼げただろうさ。これだけで銭が稼げるなら安いもんだろ。ほら、さっさと仕事に戻るぞ」

「げっ! 今日の分は稼げたじゃねぇか! アイス何個分だよ!」

「ただでさえ普段はなかなか売れねぇんだから文句言うな」

「そりゃねぇよ……」

 

 …………


「で……どうやって動くんだ?」


 二人の背中を見送った後の男たちの会話は、当然ロウたちの耳には届いていなかった。



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