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これは君のパラミシア  作者: 御乃咲 司
第一節『これは月が導く宿命の標』
86/323

83.一国の姫として


「私も行きます。馬を借りますよ」

「ひ、姫!? お前たち、私は姫を追いかける。ここは頼んだぞ」

「はっ!」


 スィーネがすぐさまリアンの後を追いかけると、それに続いてファナティも走り出した。


 今のリアンは冷静な判断ができないほど、その胸は焦燥に満ちていた。

 もしかしたら、という最悪の可能性が脳裏にこびりついて離れない。

 ロウとシンカなら大丈夫だと、いくらそう考えようとしても、あの場を離れたときに聞こえた氷の砕けた音と爆発音が彼の耳に色濃く残っている。


 リアンは魔力の扱いにまだ慣れてはいないし、村までの距離はそう離れていないにしても、気配を読むには遠い距離だ。きっと、ロウの持つ伝達石に残ったロウの魔力を読み違えたに違いない。だから繋がらないだけだ。

 最悪の可能性が過りつつも、必死にそれを振り払うように駆けるリアンの背に、スィーネの声が届いた。


「リアン様、お乗りください」

「ついてきたのか」

「待て、姫の後ろに乗るなど許さん。乗るならこちらへ来い」

「私の方が軽いですし、この子はまだ走れます。リアン様、お早く」


 馬の首を撫でながら言ったスィーネの後ろに、リアンは迷うことなく飛び乗った。

 大きく体力を消耗した彼にとって、正直これはありがたい。今は一刻を争うのだから。


「なっ!? おい、貴様!」

「いきます! はっ!」


 ファナティを無視してスィーネは馬を蹴ると、速度を上げて王都へと急いだ。

 

 しばらくして見えてきた王都の門前に広がる光景は、戦いがどれだけ苛烈を極めたのを想像させるには十分なものだった。辺りの地面が焼け焦げ、大小様々な爆発の跡が残っている。

 魔扉リムはすでに閉じ、降魔こうまの姿は一体たりとも見えず、クレイオの外壁に損害はないことから、無事に守りきることができたのだろう。

 スィーネとファナティはふと安堵の息を吐くが、リアンは周囲に素早く視線を送りながらロウたちの姿を探した。

 そして視界の中にシンカの姿を捉えると、馬から飛び降りて走り出した。

 地面にぺたんと座り込んでいるシンカの背中に、リアンが声をかける。


「シンカ!」

「――ッ!?」


 走ってくるリアンの気配に気が付かなかったのか、シンカはビクッと肩を大きく震わせた。そして、ゆっくりを顔を後ろへと向ける。


「リ、リアン……」


 その表情は優れず、小さく動く唇から漏れた音は掠れていた。


「おい……まさか」


 近くまで駆け寄ると、リアンの視界に映り込んだのは、シンカの膝に頭を乗せて横たわるロウの姿だった。

 服はぼろぼろに焼け焦げ、シンカが手当したであろう包帯の上からは血が滲み出ている。

 ロウは両眼を閉じたまま、何一つ反応を示さなかった。

 膝を折ったリアンの顔が苦痛に歪み、拳を強く地面に叩き付けると……

 

「ちょ、ちょっとリアン。静かにしてよ」


 飛んできた言葉はあまりにも予想外……叱咤だった。


「……なに?」


 シンカが慌てたようにロウを指で差しながら小声で言った言葉に、リアンは眉を寄せながらロウの顔をじっと見つめた。すると……


 寝ている。とても気持ちよさそうに、それはもうぐっすりと。


「おい……どういうことだ」

「え?」

「どうしてお前は俺の気配に気付かなかった? 心を痛めてたんじゃないのか? だいたい伝達石はどうした? 無事ならなぜ何も返答しないんだ」

「え? それは……あはは……」

「……」

「うっ……」


 矢継早に問いかけるリアンに、シンカは笑って誤魔化そうと試みたが、彼の鋭い視線がそれを許しはしなかった。

 彼女が観念して口を開こうとすると、馬から降り、歩いて来るスィーネの姿が視界に映る。

 

「シンカ様もロウ様もご無事だったのですね」

「えぇ、大丈夫です。ふふっ、お姫様を助けるなんて、王子様みたいね」


 スィーネの無事を確認したシンカが冗談めかしてそう言うと、リアンは心底面倒臭そうに視線を逸らした。……舌打ち混じりで。

 対してスィーネは頬に手を当てながら、恥ずかしそうに少し赤らんでいる。こちらはまんざらでもなさそうだ。


「誰が王子だ! こんな野蛮な王子などいてたまるものか! 姫もどうして赤くなってるの……で……す……か……」


 ファナティが荒げた声はしだいに萎んでいき、最後はほとんど聞こえない程度のものになっていた。

 その理由はいたって簡単だ。

 睨んでいる。シンカが、元から鋭めの眼を細め、力強く、睨みつけている。

 その双眸はまるで降魔を前にしているが如しだ。

 

「静かにしてって……言いましたよね?」


 ゆっくりと、言い聞かせるように静かに響く低い声音。


「あっ……いや……私は今来たばかりで……だな」

「……」

「す、すまない。静かに……しよう」


 無言の圧力に押され、ファナティは素直に謝罪の言葉を述べた。

 そんな二人のやり取りを前に、リアンは溜息を吐きながら問いかける。


「はぁ……で、どういうことだ?」

「えっと……」


 シンカは起きた出来事を思い返しながら、説明を始めた。




 ……――――――


 リアンが走り去った後、氷を抜け出したマークイス級は間髪入れず魔弾をロウへと放った。ロウは直撃を躱すが爆風にその身を煽られ、再び距離を開けられる。

 これまでにも何度か使っていた相手を氷漬けにする技は、決して殺傷能力があるわけではなく、敵が強ければ簡単に抜け出すことができるし、その用途はただの足止めにすぎなかった。


 リアンが欠けた穴を埋めるため、シンカは尚も溢れ出るカウント級以下の降魔を相手にしている。一体たりとも後ろへ逃すわけにはいかないのだ。

 となれば、ロウ一人でマークイス級を相手にしなければならない。

 直撃すれば一撃で戦況を変えられる攻撃を躱し続け、なんとか反撃を試みるものの、ロウもマークイス級も互いに決定打となる攻撃は与えることができないでいた。

 

「またさっきみたいに、上から距離を詰めることはできないの?」


 ナイト級を一文字に斬り捨て、次の一体の頭を突き刺すと、そのままその背後にいたカウント級に魔弾を放ちながらシンカが問いかけた。


「無理だ。確かに上への爆風は――ッ!?」


 放射された魔力を横っ飛びに回避し、手をついて跳ねるように起き上がる。

 そして、ロウは切った言葉を再開した。


「上への爆風は大したことないが、同じ手は通じないだろう。逃げ場のない上空にあの魔弾を撃たれれば、爆散した俺が降り注ぐことになるぞ」

「うっ……」


 一瞬、そんな光景を想像してしまったのか、シンカは眉を寄せて顔をしかめた。

 さすがに爆散することはないが、丸焦げになるのは必至だ。

 それは勘弁願いたい。というより、冗談でもそんなことは言わないで欲しい。


「まぁそうなるつもりはないだが……それしかないな」

「え? なに? どういうこと?」


 シンカが困惑した声を上げるの中、ロウは横目に魔扉を確認する。

 魔扉はマークイス級が現れたときに比べ、一回り小さくなっていた。

 つまり、このマークイス級さえ倒すことができれば、後はシンカだけでもなんとかなる程度のものだ。

 ロウは鋭く息を吸ってそれを一気に吐き出すと、覚悟を決めたようにマークイス級を睨みつけた。


「シンカ。すまないが後は任せた」

「ちょっと! 何をするつもりなの!?」

「我慢比べだ」


 言ってロウが駆け出すと、マークイス級は頭上に四つの魔力塊を浮かべ、そのうちの一つをロウへと放つ。

 ロウは姿勢を低くし、その魔弾の下を潜り抜けると、すかさず振り向いて氷の盾を生成。着弾した瞬間に起こった爆発を間近で食らったロウの体がマークイス級の方へと吹き飛ばされ、一気に距離を詰めた。


 吹き飛ばされながら近づいたロウへ、マークイス級は残った三つの魔弾を一斉に放ちながら後方へ跳躍しようとするものの、マークイス級がその場を離れることは叶わなかった。地面と足が、凍てつく氷によって縫い付けられている。


 間髪入れずマークイス級は足元の氷を砕くが、そのときはすでに張られた氷の結界に閉じ込められていた。

 半球状の氷がロウとマークイス級を纏めて包み込んでいる。


 このマークイスは接近されるのを明らかに嫌っていた。

 そしてこの皮と骨だけでできたような細い体躯だ。おろらく、いや、間違いなくこの降魔の耐久力はずば抜けて低い。

 それはただの推測にしか過ぎなかったものの、ロウはそれに賭けた。


 本来、半球状の氷の壁は、ホーネスたちが民間人を移送していた時に起きた戦いのように、自分を内に含まなくても相手だけを覆うことも可能だ。

 しかし、ロウが氷結界の外にいるか内にいるかによって、氷自体の強度が大きく変わってしまう。無論、内にいる方がより強固なものとなる。

 

 そして、マークイス級の放つ魔弾の威力はもはや言うまでもないだろう。

 その魔弾が三つ合わさったとなれば、外から張った氷壁では確実に強度不足だ。中で爆発した瞬間に砕け散り、その威力は外へと逃げてしまう。

 

 ここで確実に、一度の機会を逃さず倒す方法こそが、まさに我慢比べだった。


「俺は他の魔憑に比べて我慢強いらしいが、お前はどうかな?」


 氷の結界の中、ロウがさらに自分へと魔障壁で覆った氷を纏わせた瞬間、爆ぜる三つの魔弾。眩い煌めきと共に氷壁内で激しい爆発が起こる。

 一瞬にして氷壁内が黒煙に満ち、細かい亀裂が幾重に重なるように分厚い氷全体に浮かび上がった。


「ロウッ!」


 次いで氷壁が甲高い音を立てながら細かく砕け地面に崩れ落ちると、中に籠もっていた黒煙が解き放たれ、風に乗って一気に舞い上がる。


 シンカが降魔を相手にしながら横目に様子を窺うと、マークイス級は跡形もなく消滅し、紫黒の粒子となって消えていた。

 しかし、そこには地に倒れるロウの姿。衣服からは微かに煙が上っている。


 ロウのことは気になって仕方ないが、降魔を倒しきるまで安全を確保することはできない。食い縛った歯からきりきりと音が漏れる。

 

「さっさと消えて!」


 強い焦燥感をを浮かべ、シンカは魔扉から現れる降魔を片っぱしから片付けた。

 今すぐロウの傍に駆け寄りたいという気持ちに反し、一秒一秒がとても長く感じられ、取るに足らないはずの降魔の動きでさえシンカを苛立たせる。


 一体一体をまともに相手にしても時間の無駄だ。

 相手の動きを読み、自身の動きは最小限に、無駄な動きをすべて省け。

 少しでも早く、一秒でも早く、刹那の時を斬り抜けろ。


 …………

 ……  


 しばらくしてやっとの思いですべての降魔を殲滅し、完全に魔扉が閉じるのを確認すると、シンカは全速力でロウへと駆け寄った。

 

「ロウ、しっかりして! ねぇ! ロウってば!」


 抱き寄せながら必死に声をかける彼女の声が届いたのか、ロウがゆっくりと両眼を開いた。


「シンカ……ってことは……勝ったんだな、ッ」

「いいから横になってて。すぐに手当てするから」


 起き上がろうとしたロウが苦痛に顔を顰めると、すぐに意識が戻ったことに一先ず安堵しながら、シンカは手早く収納石から治療道具などを取り出していく。

 そんな行動にどんどん慣れていく自分に内心呆れながらも、シンカは手際よくロウに手当を施した。

 いったいこの先、何度こういった場面が訪れるのだろうか……。

 

「いつもすまない」

「すまないと思うならあまり無茶しないで」

「……ご、ごもっとも」

 

 冷たく冷静に言い放ったシンカに、ロウは苦笑して答えた。

 酷く冷めた声音であるということはその分、余程心配を掛けてしまったことに罪悪感を覚えつつも、ロウの中に後悔はない。

 なぜなら、今の現状と少し遠くに感じる知った魔力が、彼らの勝利を告げていたのだから。


 手当が終わると、シンカはいつの間にか眠っていたロウの頭を膝に乗せ……


「お疲れ様」


 優しくその頭を撫でながら、ロウを見つめて柔らかく微笑んだ。

 

 ……――――――




「で、私もなんだか眠くなっちゃって……。伝達石はロウがつけてたから、ひび割れちゃって使えないし。連絡とれないなら、リアンの帰りをここで待とうかなって」


 言って、シンカは気まずそうに苦笑した。

 つまりリアンが声を掛けた時のシンカの反応は、単に眠っていたところを起こされ、意識が完全に覚醒していなかったということだ。

 

「なんだそれは……む、無茶苦茶ではないか……」

「ま、魔憑というのは、それほどに打たれ強いのですね」

「普通の人よりは確かに。でも、ロウがとくに異常なんです。ほんと……いつも無茶ばかり」


 今の話に驚いたのは無論、スィーネとファナティだ。

 ファナティは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、スィーネは目を丸くし、シンカは困ったような笑みを浮かべていた。


 リアンは驚いたというよりも、あまりにもいつもの通りのロウの無茶に、呆れたように溜息を吐いている。

 彼は内心、最近ため息が増えたな、と思いつつその原因であるロウを見下ろしていた。呆れた瞳の中に、確かな安堵も含まれてはいるのだが。

 それはシンカも同様で、文句を言いつつもその瞳は優し気だった。


「でもリアン。ロウに繋がらないなら、陛下の方へ繋げればよかったんじゃないの?」

「……無理だ。いくら方角がわかっていてもロウの魔力と違って、あの距離から陛下のそれを感じることはさすがにできない」


 魔憑とそうでない者とでは、当然魔力の総量がまったく違う。魔憑でない者の微々たる魔力を感じるのはたとえ近くにいても難しい。

 それが遠くからとなれば、かなり練度の高い魔憑でなければ不可能だろう。

 欠片から原石へ繋げるのに魔力の察知は必要ないが、この場からならまだしも、イダニコ村からの距離での通信は不可能だった。


「なるほどね。と、そうそう。ロウが眠る前、リアンに伝言があったの」

「なんだ?」

「よくやってくれた、さすがリアンだ。って」

「失敗してたら皮肉もいいところだ」


 そう言いながらも柔らかく小さな笑みを浮かべたリアンに、シンカが可笑しそうに微笑み返す。

 そんな二人を、スィーネは羨ましそうに見つめていた。


(私の立場では決して得られない。これが仲間……というものなのですね)


 リアン自身、走り続けていた疲労もあり、スィーネやファナティもまた、初めての降魔を前に精神的疲労は大きかった。

 シンカがリアンの持つ伝達石から、とりあえずの無事をパソスに伝えると、眠るロウの横で一同は身体を休めた。





「お姉ちゃん! みなさん!」

「お前らーっ!」


 城へ戻るなり、カグラとセリスが声を上げて飛びついて来た。

 シンカはカグラを優しく抱きとめ、ロウとリアンは飛んできたセリスをさっと躱す。


「なんでだよ!」

「いや、むしろなぜ受ける必要がある」


 リアンが冷たくセリスをあしらうと、後ろからそっと現れたスィーネが、気まずそうにパソスの方へと歩み寄っていく。

 そして一瞬パソスを見た後、少し細めた目を伏せながら……

 

「お、お父様……あの、申し訳ございませんでした。勝手なことを……してしまいました」

「……」


 パソスはずっと悩んでいた。

 それはリアンがスィーネに言ったことと、なんら変わりはない。

 姫としての行動は許せたものではないが、結果として村人全員の命を救った。ロウたちやスィーネについて行ったファナティたちを危険に晒しはしたが、誰一人欠けることはなかった。しかし、それは単なる結果論だ。

 次、同じことを繰り返さないためにも、それなりの処罰は必要だろう。


 それでもパソスが思い悩んでいた理由は、自らの判断が原因だった。

 運命の日の映像を、降魔の本当の恐ろしさを、きちんと事前に見せていたなら、スィーネの行動は変わっていたかもしれないのだ。

 今日の出来事は国王としてではなく、父親としての気持ちが勝った結果だった。


 そんなパソスの気持ちを知ってか、スィーネを見据えるパソスに声を掛けたのはロウだった。

 

「陛下」


 パソスの方へと歩み寄りスィーネの隣に並ぶと、ロウは静かに頭を垂れた。


「この度、姫様を危険に晒したのは私の責任です」

「ロウ、貴公は何を言って――」

「私が陛下の覚悟を揺るがし、その結果が姫様の行動に繋がりました。であれば、一連のすべての責任は、私の不用意な発言にこそあります。姫様の話によると、すでにリアンからお叱りは受けたご様子。姫様も反省していることでしょう。罰を受けるなら私が……姫様に対しては、どうか寛大なご配慮のほどを」


 静寂に響いた深く真摯な言葉に、パソスは瞑目した。


「ロ、ロウ様……」

「……いや、最後に決断したのは私だ。それに貴公は王都を救ってくれた恩人。誰に貴公を責めることができようか」


 ゆっくりと首を横に振りながらパソスが答えると、ロウはずっと下げたままだった頭を上げて微笑んだ。


「でしたら、ここは皆が皆、お互い様ということで手打ちといきませんか? 何事も初めての経験とは間違うものです。それを次に生かすことができる。その上で結果は最善でした。それ以上、望むことはないでしょう」


 確かに事前に記録石で降魔を見ていたら、スィーネの行動は変わっていたかもしれない。

 しかし結果論ではあるものの、自身の無力さ、降魔の恐ろしさを生で味わえたというのは貴重な経験だ。単に映像だけを目にするよりも、実体験で得たものがより一層この先に繋がるものであることも確かではある。


「そのような姿になってまで戦ってくれた恩人に、そこまで言われては返す言葉もあるまい。まったく……貴公は食えぬ男だ」

「陛下からの褒め言葉と受け取っておきましょう」


 ロウの言った言葉に決して嘘は含まれず、すべてが事実であり本当の思いだ。

 敢えてわざとらしく言ってみせたロウの思いはパソスにも伝わっている。

 すべてを救ってくれたこと、スィーネを気遣ってくれたこと。パソスの胸に残ったのは、大きな感謝の想いだけだった。


 微笑むロウにパソスが苦笑して返すと、スィーネを真っすぐに見据えた。


「スィーネよ。お前の行動は勇敢とも取ることができる。だが、この者たちがおらねばお前はここにはいなかっただろう。勇敢と無謀を間違えるな。自らの立場をよく理解した上で、今日のことはよく考えるのだ」

「はい……お父様。申し訳ございませんでした」

 

 一先ず無事この場が纏まったことにシンカたちがほっとした息を吐くと、隣にいたファナティもまた、安堵の色を見せていた。

 

「ロウはまるで月のようであるな」

「月?」

「月は闇煙る夜道に迷った花を導いて下さる。この王都には、ディザイア神話の中でも月の伝承が少しだけ残っておるのだ」

「ちょ、ちょっと待ってください。月の伝承がどんな話か聞かせてもらえませんか?」


 シンカが慌てた様子で、パソスに食いついた。

 導きの……世界を救う手掛かりになるかもしれない。そう思ったのだろう。

 しかし、急く様子のシンカを宥めるように、パソスは言葉を口にした。


「慌てるな。皆、疲れたであろう。まずはゆっくりと湯浴みでもするがよい。話はそれからでもよいだろう。浴場の用意はできておるのでな」

「まじですか!? いいんですか!?」

「がっつくな」


 目を輝かし食いついたセリスを、リアンが落ち着かせる。

 確かに城の浴場ともなれば興味が沸くのも理解できるが。


「よい。これくらいしかできないのが、逆に申し訳ないくらいだ」

「そうですね。とてもよい湯ですよ。きっと疲れも癒せることでしょう」


 パソスに賛同したスィーネが笑顔を向けた。


「すまない。お言葉に甘えさせてもらう」

「そうね。ありがとうございます」

「あ、あ、ありがとうございます」


 ロウたちが感謝を述べると、パソスが女中へと声をかけ、ロウたちを案内するように指示を出した。


「どうぞ、浴場はこちらになります」


 案内されるロウたちが部屋を出ると、パソスは深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 何かを決断したかのように、確かな意思を瞳に宿らせている。


「お父様。私も先に――」

「待て」

「……?」

「スィーネ、ファナティ。間近で見た降魔と魔憑は……どうであったか?」


 急に問われた二人は顔を見合わせ、それに答える。


「降魔はそれはもう恐ろしいものでした。矢を躱し、馬に迫る素早さ。そして、翼のついた個体に関しては銃弾すらものともしない強固さ。そしてそれは群れを形成し、二十にもなる勢いで現れるのです」

「ですが、それを倒す魔憑の強さには感動しました。リアン様の強さは降魔を一瞬で倒してしまうほどで、あのような者が近くにいれば、怖いものなどないと思えるほどです」

「えぇ。鼻につく男ですが、その強さは姫の言う通り、控えめに言っても素晴らしいものでした」


 語る二人は少し興奮気味だった。スィーネにいたっては、目を輝かせる勢いだ。

 しかし、そんな二人を見たパソスの瞳は、しだいに曇っていった。

 そして悲しみを色濃く含んだ声音で……


「で、あるか。ならばなぜ、フィデリタスほどの男が死なねばならなかったと思う?」

「私もずっとそれが引っかかっておりました。力を持ちながら後ろで高みの見物をしている臆病者かと、正直最初は思ったのですが、彼らは勇敢に戦いこの王都を救ってみせました」


 ファナティは考え込むように眉を寄せ、言葉を口にした。

 それに続くように、スィーネも疑問の声を漏らす。


「あれだけの数の降魔を倒せるほどの者がいて……確かに不思議ですね」

「アイリスオウスは中立国です。ミソロギアにおいては、軍事都市といっても過言ではないでしょう。フィデリタスをはじめ、カルフやトレイトの強さも、私の認めるところです。陛下はこの答えを知っていらっしゃるのですか?」

「……」


 沈黙……パソスは暫し瞑目し、心の内の意思を強く固めていく。

 そんなパソスの意図を計り兼ねていたスィーネたちは、普段とは少し違う彼の様子に戸惑いを見せていた。


「お父様?」

「お前たちは……真実を知りたいと思うか?」


 開いた瞳でまっすぐに二人を見つめながら、パソスは問いかけた。


「私はこの国の姫です。国を守るために必要なことなら、私はすべてを受け止めます」

「無論、私はこの国にすべてを捧げた身。どこまでも姫について行きます」


 パソスは少し考えこむように両眼を閉じると、意を決したように一つの魔石を取り出した。

 それはロギの出した早馬から受け取った、もう一つの記録石。


「これが……あの者たちがその身に背負った悲しき真実だ」

 


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