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これは君のパラミシア  作者: 御乃咲 司
第一節『これは月が導く宿命の標』
83/323

80.三つの覚悟


 ロウたちはパソスの申し出をありがたく受け取ることにした。

 並ぶ料理は焼きたてのパンにサラダ、肉と野菜の入った煮込みスープ、魚料理、そして食後の果物。

 葡萄酒ワインもどうかと給仕の者に尋ねられたが、もちろんそれは丁重にお断りした。

 夕食ならまだしも、昼食でこれだけの物を食した事などあるはずもなく、シンカとカグラは当然のように困惑していた。

 おそらく味わう余裕などなかっただろう。食事の作法など知る由もなかったのだから、二人の表情には常に緊張の色が浮かんだままだった。

 

 昼食を終えるとロウたちは一度王城を出て、町の散策へと繰り出した。

 城を出でると、シンカは大きく伸びをしながら深く息を吐き出し、カグラも緊張の糸が解けたのかほっとした表情を浮かべている。

 そして何かを聞きたそうに、ちらちらとロウに視線を送っていた。


「どうした?」

「え? あっ、いや……あのっ」

「ん?」

「パソス陛下との最後の会話のことだろ? 俺も気になって仕方なかったぜ」

「後、どうして何も言い返さなかったの?」

「お前は最善を尽くした。あそこまで言われる筋合いはなかったはずだ」


 集まる視線の中、矢次に投げられる言葉にロウは苦笑した。

 食事中もずっと気になってはいたものの、給仕の者が近くにいては聞くに聞けず、こうして城を出た今なら大丈夫だと思ったのだろう。


「歩きながら話そうか」


 そう言ってロウが歩き出すと、四人もそれに続いて歩き出した。

 何か目的があって歩いているわけではなく、ゆっくりとした足取り。穏やかな表情で周囲を見渡しながら、ロウが言葉を口にする。


「ミソロギアもこんな感じだったな。活気に溢れ、みんな笑顔を浮かべていた」

「そうね……」

「真実は残酷だ。知らずに済むなら知らない方がいい真実もある、っと」

「あっ……」


 細い横道を通り過ぎる瞬間、よそ見をしながら小走りしていた小さな女の子が、ロウの足へとぶつかってしまった。

 手に持っていた乳製氷菓子アイスクリームが、べったりとロウの衣服についてしまっている。


「ご、ごめんなさい! だから前を見て歩けって言っただろ! ほら、お前も早く謝れ」

「で、でも、せっかくお兄ちゃんに……」

「そんなのはいいから」

「うっ……ご、ごめんなさい」


 慌てて後から駆け寄ってきたのは、女の子より少しだけ大きな男の子だった。

 手にしていた乳製氷菓子アイスクリームは、どうやら兄から妹への贈り物だったらしい。よそ見をしながらはしゃいでいたのはそれが理由だろう。

 男の子に叱られ、謝罪の言葉を口にした女の子の目尻には涙が溜まっていた。


「謝るのは俺の方だ。せっかくのアイスを無駄にしてすまない」


 ロウは女の子の目線に合わせてしゃがみ込むと、収納石から袋を取り出し、その中を広げて女の子の前に差し出した。

 そこにはチョコレートやキャンディー、金平糖といったお菓子が詰まっている。

 

「アイスは手持ちになくてな」

「い……いいの?」

「もちろんだ。これで許してもらえないか?」

「うん!」

「あっ、こら! あの、本当にいいんですか? 服も汚れてるし……」


 笑顔で受け取る女の子とは裏腹に、男の子の方は戸惑った表情を浮かべている。

 申し訳なさそうに眉を垂らし、じっと汚れた衣服を見つめていた。妹と歳はそう変わらないだろうに、よくできた兄だ。


「服の汚れは洗えば落ちる。だが、アイスを楽しみにしていた気持ちは取り返しがつかない。だから、これで許してもらえるなら俺としてもありがたいんだけどな……駄目か?」

「い、いえ、あのっ、ぜんぜん大丈夫です! 本当にごめんなさい。あ、ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 男の子につられるように女の子も満面の笑みで御礼を述べると、今度は慌てることなくゆっくりと歩いて行った。女の子がロウから貰ったお菓子を、男の子にも分けてあげながら歩く二人の姿は、とても微笑ましいものだった。

 そんな二人の背中を見つめながら……


「悪いことをしてしまったな」

「喜んでたしいいんじゃない?」

「人の価値はそれぞれだ。あのアイスを一つ買うのに、どういった過程があったのか俺にはわからない」

「考えすぎた。お前は子供にとことん甘すぎる」


 例えば貧しい家庭で、子供ながらに手伝いなどをして必死に稼いだお金。そんなお金で妹の為に買ってあげた貴重な贅沢(アイスクリーム)は、妹にとってどれだけ価値があるだろうか。

 ロウの言いたいこともわからないでもないが、普通ならリアンの言う通り考えすぎだろう。それはあの兄妹の反応からしても一目瞭然だ。


「ロ、ロウさんは本当に子供が好きですよね。サロス君のこと思い出しちゃいました」


 帰魂祭で出会った、綺麗なブロンドの髪をした迷子の男の子。

 あのときも思ったが、ロウは子供の相手が上手いというか、その表情や行動に含まれる優しさが、カグラはとても好きだった。


「俺にももっと甘くしていいんだぜ? チョコが食べたくなってきた」

「馬鹿言わないの。それよりほら、早く拭きなさいよ」


 セリスに突っ込みをいれながらシンカが手巾ハンカチをロウに手渡すと、申し訳なさそうに受け取ったロウは汚れた衣服を拭っていく。

 そのとき、ロウはふと自分がどうしてこうも子供が好きなのか、どうしていつもお菓子を持ち歩いてしまうのか、そんなことを考えていた。

 そんな思考も、シンカが汚れた手巾ハンカチを奪い取った所で霧散する。


 そして、洗って返すと言おうとしたロウの言葉を言わせまいと、シンカは手早く手巾ハンカチの汚れた部分を内にして畳み、腰の革製小袋ポーチに仕舞いながら話の続きを促した。


「で、続きは?」

「あぁ……確実に拡大する戦禍は、きっとあんな幼い子供も巻き込むだろう。陛下もそれを理解していた。だからあの場にスィーネ姫もいたんだ。だが、そんな覚悟も揺らいでしまうのがきっと父親なんだろう。いずれ残酷な真実を知る時が来るとわかっていても、本心ではそれを見せたくないのが親心だと思う」


 この世界がいったいどういう状況に置かれいるのか、それを正確に知ることはできない。大陸の各地で魔門ゲートが開き、降魔こうまがすでに現れているのか、それともまだ被害は出ていないのか。

 しかし、この世界が滅びへの階段を上り続けている事は間違いないだろう。

 

「ロウの言ってることはわかる。だが、それがどう関係してるんだ?」

「陛下が持っていた魔石は二つだ。俺は最初、休憩を挟んだ軍議の前半と後半の映像に分かれているんだと思っていた。だが、議長たちが後半の映像を残すはずがない」


 残すはずがない、というのは、後半の記録石を処分した、というのがロウの推測だ。

 なぜなら、その記録石には軍議の後に語った話も残ってしまっているはずであり、ゲヴィセンとロギがロウとの秘密の会話……予知夢に関する話を残すとはとても思えなかったからだ。

 だとすれば、残ったもう一つの魔石には何が記録されているのか。

 答えはロギの言葉にあった。


「降魔の存在を、そしてこの世界の危機を、簡単に信じてもらう方法はなんだと思う?」

「まさか……あの記録石は……」


 言葉だけで信じて貰う難しさは、もはや言うまでもないだろう。


「たぶん運命の日の記録だと思う。おそらく陛下だけは、すでにその映像を見ていたんだ」


 ミソロギアを立つ前にロギの言っていた秘策、とはおそらくこれのことだ。

 確かにあの日の出来事を直接見たのなら、どれだけ信じがたい話でも信じる他ない。

 大切な仲間たちの死を映像として残すことに、いったいどれほどの葛藤があったかはわからないが、それでも必要なことだと判断したのだろう。

 命を懸けて戦ったフィデリタスと同じく、戦場に立てなかったゲヴィセンやロギの戦いもまた、すでに運命の日から始まっていたのだ。

 先を見据え、より多くの国民を守る為に。


「なるほどな。だが、姫も十五だというのなら、真実を知っておくべきじゃないのか? 遅いか早いかの違いなら、早めに知っておくに越したことはないだろう」


 リアンの言葉にロウは沈黙で返した。

 十五といえば、もう酒も飲める立派な成人だ。スィーネも盛大な国民たちの祝福の元、今年の誕生日に正式に王位を継承できる立場となった。

 それは国王であるパソスに変わって、スィーネが軍を動かすこともできるということだ。

 いずれこの国にも襲いくるだろう災厄。そのことを考えれば、リアンの言っていることは実に正しい。だが……



 ロウたちはいつの間にか、少し開けた広場に辿りついていた。

 綺麗に整えられた芝の上にロウが腰を下ろすと、皆もそれに続いてその場に座りこむ。

 少し隆起した芝の上から見えるのは、多くの子供たちがはしゃぐ姿だった。

 友達同士で駆けていく子供。親の手伝いか、兄弟で買い物をしている子供。母親と手を繋いで歩いて行く子供。それはとても平和な光景だった。


「リアンの言ってることは間違ってないと思う。だがな、リアン。みんながお前みたいに強くはない。俺だって……もしこの二人がすべてを忘れることができるなら、もう真実を思い出すことなく平和な世界に生きて欲しいと思う」


 ロウが二人の少女を見てそう言うと、二人は一瞬驚いたような表情を浮かべ、ロウを見つめ返していた。

 スィーネとさほど変わらない歳で、重い宿命を背負った二人の少女。

 目の前を通り過ぎていく子供たちのように、笑い合って幸せそうに歩いている光景こそが、正しい年頃の少女の在り方だろう。


「辛い出来事なんてのは、背負える者が背負えばいい。それでも、そうもいかないのが普通だろう。だから……リアンの言ったことは正しい」

「だったら何を迷う必要がある?」

「それは――」

「見つけました!」

 

 ロウが答えようとした瞬間、それを遮るようにどこかで聞いた声が響いた。

 皆が声の方へと視線を向けると、ふわりとした服装に大きめのキャプリーヌを被った少女が立っている。

 その少女が被ったキャプリーヌの鍔を少し持ち上げて微笑むと、シンカとカグラ、それにセリスは堪らず驚声を漏らした。


「ちょっ、まっ、なんで姫さんがここにいんだよ」

「し、知らないわよ。私に聞かないで」

「はわわわわっ」


 戸惑う三人をよそに、ロウとリアンは呆れたように深い溜息を吐いた。

 一つに丸く纏め上げていた髪は下ろしているものの、今ロウたちの目の前にいるのは紛れもなくこの国の姫、スィーネ・ヴァスィリオ、その人だ。


 すると、リアンが努めて冷静に言葉を投げた。


「姫様。護衛もつれずこのような場所までどうしましたか?」

「皆様とお話がしたくて。ここは城からも遠くはないですし、憲兵も多くいますので、ある程度は自由にしてよいと言われております」


 言って、スィーネはロウたちの傍にそっと座りながら、城の方へと手を向けた。

 確かに思った以上に離れてはいない。

 近くの建物の影には、先ほど謁見の間にいたファナティがいるのが見えた。一応、きちんと護衛はつけているようだ。……とても不快そうではあるが。


「お父様とロウ様がお話をされた後、お父様は何を聞いてもお答えくれません。私もいろいろと知りたいのです。この国の民を守るために」


 スィーネがここににいることに驚いていたシンカたち三人が唖然としてるのに対し、リアンは心底面倒臭そうな表情を浮かべ、お前に任す、と言わんばかりにロウへと視線を送った。

 この姫がリアンの苦手なタイプだとはわかっているものの、あからさまな態度にロウは苦笑する。


「スィーネ姫には戦う覚悟があると、そういうことですか?」

「もちろんです」

「なら、陛下を自ら説得することです。私の口からは何も言えません」

「お願いします。私はこの国を愛しているのです」

 

 そう言ったスィーネの声には力が籠もり、瞳には熱が籠っていた。

 教えてくれるまで決して退くつもりはないと言わんばかりのその視線を受け、ロウは暫し考えた後、根負けしたかのようにゆっくりと口を開く。


「では……少しだけ。スィーネ姫、貴女は人の上に立つ立場の御方です。つまりそれは、戦う覚悟の中に三つの覚悟を持ち合わせる必要がある、ということでもあります。それが何かわかりますか?」

「三つ、ですか? 民を護る、民を導く、あとは……民を……えっと」


 一つ目と二つ目はすぐ答えたものの、三つ目がなかなかでてこないのか、彼女は真剣な表情のまま頭を悩ませた。

 その姿勢は素晴らしいものではあるが、おそらくどれだけ待っても本当の意味で正しい(・・・)答えはでないだろう。

 だからロウは指を一本一本立てながら、今の彼女にとって必要な言葉を告げた。


「答えはこうです。命を護る、命を預かる、そして……命を選択する、です」

「なるほど。さすが使者に選ばれるだけのことはあります。兵の命を預かり、民の命を護り、すべてを救う。それを成すためには、やはり相手のことを知らなければなりませんね」

 

 彼女の顔が輝きに満ち、とても可愛らしい笑顔を浮かべた。

 するとすぐさま立ち上がり、張り切った様子で城へと視線を向ける。小さな握り拳をぎゅっと作り、城へ向けるその瞳にはさらなる熱が籠もっていた。


「ありがとうございました。これでお父様を説得してみます。今宵を楽しみにしていてください。必ずよいご報告をしてみせます」


 そう言い残して足早に城へと引き返す彼女の背を見送りながら、セリスが心配そうに声を漏らす。


「大丈夫かよ。ロウの言いたいこと、まったく伝わってなかったんじゃねぇのか?」

「箱入りの姫などそんなものだ。現実を見て折れなければいいがな」

「リアンの言葉は耳が痛いわね。まるで……少し前の私だもの」

「ロ、ロウさん。あのままでいいんですか?」

「理想を現実にできるなら、それが一番だ」

「だが、それは不可能だ。それを俺たちは身に染みてわかっているはずだ」


 無表情のままに告げるリアンだが、中空を見つめる瞳の中にある色を、他の四人は見逃さなかった。

 するとロウは小さく微笑みながら……


「リアン、お前は優しい現実主義者リアリストだよ」

「なッ、こんなときにふざけるな」


 リアンが取り乱した様子でロウを睨むが、ロウはそれをさらりと受け流す。


「ふざけてない。お前は十の命と一つの命が天秤の上に乗せられた時、十の命を選択できるだろう。確かに一刻を争うなら、迷わずそういった決断ができるのは大切だ。だが、お前の嫌いな理想にその手を伸ばしてみるのもいいんじゃないか?」

「何がいいたいんだ?」

「十一の命をとってもいいんじゃないか、ってことだ」

「だが、それですべてを失えば意味はない。最悪の結果だ。なら――」


 確実に救える命を救う。そう、言おうとしたのだろう。

 しかし、ロウはそれをわかっていつつも、違う言葉を選択した。


「なら、できるできないの見極めの眼を持てばいい。お前ならきっとできるよ」


 そう言ってロウは微笑んだが、リアンは何も言葉を返さずに視線を逸らし、思い悩むような瞳で地面を見つめていた。


「そういや、目的地に着いたんだからよ。一回導きでも見たらどうだ?」

「は、はい」


 セリスに言われ、カグラが導きの札(カード)を取り出して魔力を流し込むと、淡く光ったカードが宙を舞う。

 そして浮かんだ導きの札(カード)の内、四枚の導きの札(カード)に文字が浮かび上がった。


【選択】【無か、全か】【前進か、停滞か】【過去か、現在か】


「……選択」

「まじかよ。しかもこれって、選択が三回あるってことだよな?」

「だが、これは誰が選択することになるんだ?」

「ご、ごめんなさい。そこまではわかりません」


 消えた文字の意味を頭で整理しながら眉を寄せたリアンに、カグラは申し訳なさそうに答えた。

 導きは多くを語らない。導きの札(カード)自体、いったいいつどのようなタイミングで反応してくれるかすらわからないのだ。

 今のようにカグラが魔力を流すことで文字が浮かぶこともあれば、勝手に光だすこともある。そしてその意味の示すところは、自ら考えなければならない。


「カグラが謝ることじゃない。一人で選ぶとも限らないんだ」

「そうね、ロウの言う通りだわ。みんなで選べばいいのよ」

「う、うん」


 小さく頷くものの、カグラの顔から陰りが消えることはなかった。





 夕暮れ時まで時間を潰し、王城に戻ったロウたちはそのまま広い部屋へと通された。昼食を取った場所とはまた違う広間。

 高い天井には、豪奢な装飾の施された幾つもの発光石が合わさってできた大きな照明。この広間にある物一つ一つが細部にまで拘った、触れることすら恐ろしいような品々であるのは言うまでもない。


 女中に案内され、広く大きい長机テーブルに等間隔で置かれた椅子に座ったロウたちだが、案の定、シンカとカグラの二人は落ち着かない様子で視線を彷徨わせている。

 どうして一緒に食事を取るのに、こうも互いの距離が微妙に離れているのか。

 今頃彼女たちの頭の中では、昼食時に知った作法を復讐していることだろう。

 

 しばらくしてパソスとスィーネが姿を現すと、一番奥の席へと腰を下ろした。


「待たせてすまぬな。ところで、スィーネに言葉をかけてくれたと聞いた。感謝する」

「いや……差し出がましいことをしたかもしれない」

「そんなことはありません。ロウ様の言葉はとてもよいものでした。なのにお父様ときたら……私の覚悟を理解して下さらないんです。皆様からも何か言ってください」


 拗ねたようにそう言ったスィーネの頬は、少し膨らんでいる。

 謁見の間で初めて目にした時は一見、お淑やかで大人しい印象を受けたが、どうもこの国のお姫様は少しだけおてんばの色が混じっていそうだ。


「お前がロウの言葉の意味をきちんと理解できていないからだろう」

「そんなことはありません」

「はぁ……まったく。すまぬな、とりあえず今宵は旅の疲れを癒してくれ」


 言って、パソスが手を上げると、給仕係によって次々と料理が運ばれてくる。

 昼食の時も豪勢な食事ではあったが、今回はまさに正餐料理フルコースだ。


 疲れを癒すどころか、このような場所で国王と食事など気の休まる暇もないと思いつつ、シンカとカグラは静かに調理を口へと運んでいた。元々小さな口が控えめに動き、一生懸命丁寧に咀嚼そしゃくしている。

 食事で一生懸命というのも微妙に不自然な表現ではあるが、少女たちからすれば恥を掻かぬよう必死なのだろう。

 

 それに対し、セリスからしてみれば、おいしいものが食べられればそれでいいといった様子だ。難しい話も固い空気もお構いなしと言わんばかりに、笑顔を浮かべながらもくもくと食べていた。遠慮がないのは彼らしいといえば実に彼らしい。


 ロウとリアンはこういった空気になれているのか、その手つきはとても丁寧なものだった。特に緊張している様子もなく、滅多に食すことのできない料理を味わうように舌鼓を打っていた。


 静かな食事が終わり、空いた食器を給仕の者たちが片付けると、最初に言葉を口にしたのはパソスだった。


「昼間の件だが……やはりあれは、一先ずは私の中だけに留めておくことにした。本当にすまぬ。いずれとはわかっておるのだがな。だが、兵の鍛錬にはより力を入れ、そのときに備えるつもりだ」

「アイリスオウスとの件に関しては……」

「無論、協力は惜しまない。すぐ派遣部隊を選抜し、ミソロギアに向かわせる」


 一先ず協力関係を結べたことに、ロウたちは安堵した。

 派遣部隊をミソロギアに送り、生で魔門ゲートを見るというのは必要なことだろう。

 ミソロギアの軍は運命の日を戦い抜いた強兵だ。いつケラスメリザにも魔門が開くかわらかない以上、降魔との戦い方を彼らから学ぶという点においても、先に選抜部隊を派遣することに異議はない。

 

 パソスの決断にスィーネは不服な表情を浮かべていたが、まだ十五になったばかりの彼女が運命の日の一件を知るには、確かに重すぎる出来事だといえる。

 いずれ知らなければならない日も来るだろうが、パソスが現役である内に兵たちの練度を上げ、降魔への対策の地盤を固めておく、ということだ。


 正し、猶予はそれほどないと考えた方がいいだろう。

 ケラスメリザに直接火の粉が降りかかれば、否応なしに知ることになるのだから。

 そのことをロウが告げようとした瞬間――


「だが、そのときはきっとそう遠くな……」


 台詞を最後まで言い終わることなく、ロウはその場で立ち上がった。

 慌てて窓の方へと駆け寄り、外を見ながら感覚を研ぎ澄ます。


「どうしたのだ?」

「……陛下。残念だが……悠長に構えている暇はないらしい」


 途端、パソスの持つ魔石が点滅しながら共振した。

 ロウの言葉に合わせるように反応した伝達石に、とてつもない嫌な予感を感じならもパソスが魔石に触れると、向こう側から聞こえたのは焦燥の声。


『陛下、緊急事態です。西門の先の空間に異常発生。原因は不明ですが、黒く歪んだ何かが見えます。直ちに調査隊を編成し向かわせますが、よろしいでしょうか?』


 伝達石とは魔力を扱えないものからすれば、元の伝達石からその欠片への一方通行にしか話すことができない。

 しかし、パソスは見張り台にだけ、元の伝達石とパソスが持つ伝達石の欠片の両方を設置していた。

 今声が聞こえたのは、見張り台にある元の伝達石の欠片からだ。


「陛下、調査隊は必要ない。それより国民に降魔を見られる方が危険だ。誰一人として屋外に出さないようにしてほしい」

「うむ」


 パソスは手早く少し大きめの伝達石を取り出すと、その表面を指でなでる。


「今すぐ警鐘をならせ。誰一人外には出さず、次の指示があるまで待機させよ」

『了解しました』


 瞬間、王都中に警鐘が鳴り響く。

 クレイオでその音が鳴り響いたのは、パソスの代では始めてのことだった。

 歴史上、数百年前に近くの川が氾濫した時以来のことであり、よもや自分の代でこのようなことが起こるとは夢にも思っていなかった。

 

「まさか……こうも早くこんな日が」

「陛下の持つ伝達石の欠片を貸してくれ。俺たちが行く」

「ロウ……しかしこれは我が国の問題。すぐに騎士たちを集めて――」

「時間がない。降魔を見ていない兵を出しても死ぬだけだ。絶対に表に出さないでくれ。住民の避難に尽力してほしい」


 ケラスメリザ王国にいる兵たちは降魔の存在を知らない。

 事前に降魔との戦いを想定して訓練したミソロギアの兵たちですら、あの異形を初めて見た時は恐怖に身を竦めていたのだ。

 この国の兵たちが出向いたところで、降魔の餌食となるだけだろう。


「っ……すまぬ。我が国を、頼む」

「あぁ」


 ロウはパソスから伝達石を受け取ると、シンカたちへと声をかける。


「俺とシンカ、リアンだけで行く。セリスはカグラを頼んだ」


 セリスは悔しそうな表情を浮かべ、静かに頷いた。

 ミソロギアの時のように住民が王都にいる以上、すべての降魔を逃がすことなく確実に殲滅する必要がある。一体でも取り逃がせば、確実に犠牲がでるのだ。

 誰かを守りながら戦う余裕がないことを、セリスとカグラの二人はきちんと理解していた。

 それに魔門が開くまでそう時間はない。魔憑の走る速度にセリスがついていけるはずもないのだ。

 ましてや、屋内に避難する住民の邪魔にならないように走るには……


「まともな道で行くことはできないだろう。建物の上を行く。落ちるなよ」

「えぇ、大丈夫」

「了解だ」


 そして、ロウたち三人は窓から外へと飛び出した。 

 


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