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これは君のパラミシア  作者: 御乃咲 司
第一節『これは月が導く宿命の標』
76/323

73.過激な登場


「……」


 夢から覚めたロウは、夢の内容をほとんど覚えてはいなかった。残っているのは、長い夢を見ていたような気がするという漠然な感覚。

 一人の女性が出てきたような気もするが、覚えているのは雪が降っていたということだけだ。それ以外にもなんとか思い出そうとしてみるものの、とても思い出せそうにはなかった。


「今の夢はなんだったんだ……夢、だよな」


 夢にしてはどこか違和感を覚えるものの、内容を思い出せないのであれば、その違和感を特定するのも難しい。

 おそらく未来視的なものではないはずだが……。

 そんなことを考えていると、ロウのすぐ傍から聞こえた寝息。


「ん……むにゃ……」


 その可愛らしい声にロウは横になったまま顔を向けると、思いのほか眼前まで迫った見覚えのある顔に思わず目を見開いた。


(……なんだこの状況は)


 ロウが寝ている寝台ベッドに上半身を預け、シンカが静かに寝息をたてている。

 瑞々しく艶のある唇から漏れる規則正しい吐息がロウの鼻をくすぐり、同時に届くのは品のある花のような香りだ。

 いつまでも触っていたくなるような手触りの良い髪の感触が蘇ってくる。よく櫛で髪を手入れしていたのを思い返すに、とても大切にしているのだろう。

 玉のような肌をした寝顔は、戦っている時の姿など想像もつかないほどにあどけない。

 

 ロウがこの状況をどうすべきかと思考する間もなく、とても気持ちよさそうに眠っていたシンカの長い睫毛がゆっくりと持ち上がっていく。


「んっ……ロウ?」

「おはよう」


 訪れたの沈黙。至近距離で見つめ合う二人。

 少しでも動いてしまえば鼻先が、いや、下手をすれば別の場所があたってしまいそうなほど顔が近い。途端――


「ロウ!?」


 慌てながら勢いよくシンカが起き上がると、それに合わせてロウも上半身を起こした。


「どうして起きていきなりロウの顔があるのよ!」


 少し早口で怒鳴声を上げる少女は頬どころか、耳まで真っ赤だった。羞恥と戸惑いが入り混じり、混乱しているといったところだろう。

 だがロウからしても、理不尽に怒鳴られ訳がわからない状況だ。

 

「いや、それは俺が聞きたいんだが……うん、整理しよう。ここは俺にあてられた部屋だよな?」

「……え? あ、うん……そうね」


 冷静なロウを前に少し落ち着きを取り戻すと、シンカは周囲をきょろきょろと見渡しながら答えた。


「なら、俺がここにいるのは普通のことだ。逆にどうしてシンカがここで寝てたんだ?」

「あ、それはね、えっと。ロ、ロウに話があって……お、起こしに来たんだけど……」


 ロウが苦笑しながら首を傾げると、顔を赤くしたままの少女は少し戸惑うようにゆっくりと言葉を口にしていった。


「ふむ」

「ロ、ロウが気持ちよさそうに寝てて。起こすの悪いかなってみ、見てたら……その……」

「寝てしまったと」

「あっ……う、うん。……ごめんなさい」


 最初の勢いはどこへやら、次第にシンカの声は萎れていった。

 さっきよりも顔を赤くしながら、ぎゅっと握った拳を太腿に乗せて俯いている姿は、まるで説教を受けている子供のようだった。

 とはいえ、特に悪いことをしていたわけではないのだが。


「いや、別に謝る必要はない。俺の方こそ驚かせてすまなかった。それで、話ってなんだったんだ?」

「い、いいの別に! そんなに大した用事でもなかったし!」


 言ってシンカはすぐさま立ち上がり、慌てたように両手を左右に振った。


「そうなのか? それなら構わないんだが――」


 その言葉と共に突如訪れたのは、何かが船にぶつかったような大きな衝撃と音。

 急な揺れに、女の子らしい短い悲鳴を上げながらふらついたシンカの体を、ロウが咄嗟に抱き止めた。


「今のはなんだ……敵、か?」

「ッ、カグラ!」


 目を見開き、凄い剣幕で部屋を飛び出したシンカの後を追うように、すぐさまロウも部屋を飛び出した。


「お姉ちゃん、ロウさん」


 廊下へ出ると丁度そこには、部屋から出てきたカグラの姿があった。

 シンカとロウ、二人の姿を確認した瞬間、不安に満ちていた表情が安堵の表情へと変わる。そしてそれは、妹の無事を確認できたシンカも同様だった。


「よかった、無事だったのね」

「う、うん。さっきの衝撃は一体なんなんですか?」

「わからない。とにかく、表へ出てみよう」





 日が傾き出した空は朱く染まり始めていた。

 穏やかな海の上を船は順調に進んでいく。

 当たる潮風は気持ちよく、とてものんびりとした気持ちにさせてくれる。

 ロウとシンカが仲良く眠っているその頃、船尾の甲板では釣りを楽しむ三人の姿があった。


「ぬはははははっ!」

「なはははっはっ!」

「……」


 いや、正確に言えば楽しんでいるのは二人かもしれない。

 高笑いを上げるセリスとスキア。

 その横ではリアンがただじっと静かに海面を見つめていた……というよりも、睨んでいた。


「また、釣れたぜ!」

「こっちもだ!」


 二人が魚を釣り上げると、セリスの少し後ろに置いた魚桶へ入れる。

 もうすでに結構な量の魚が釣られているが、その収穫が誰のものかといえば言うまでもなく……


「リアンは釣れたのか?」

「……まだだ」

「ん? 聞こえねぇな」

「まだだ!」

「よっしゃ! リアンに勝った! とうとうリアンに勝ったぞ!」


 セリスは両手に拳で作り、ガッツポーズでその喜びを表した。

 余程嬉しいのだろう。その笑顔は見ていて清々しくなるほどだ。


「ふん、俺は大物しか狙わんのだ」

「負け惜しみか? そうなのか? 俺はもう三匹だ! ぬははははっ!」


 高笑いを上げるセリスの横から、スキアの声が聞こえる。


「いえぇーい! 八匹目だぁ!」


「「……」」


「ス、スキアは釣りすぎなんだ……」

「ん? コツ教えてやろうか?」

「いらん」

「教えてくれ!」


 リアンがすぐさま断ったのに対し、セリスは逆に勢いよく食いついた。


「お前には、プライドと言うものがないのか?」

「リアンに完全に勝つためだ! まぁ、俺の方が三匹もリードだからな。勝ちは決まったようなもんだが、念には念だ!」


 そう言い残し、セリスはスキアの傍で教えを乞う。

 一人、リアンは水面を見つめていた。海を分けて突き進む船から出る波が、垂らした糸を揺らしている。

 横から楽しそうに話す二人の声が聞こる中……


「……」


 リアンがそっと、魚の入った魚桶に視線を向けた。

 

 …………

 ……

 

「よーし! このまま突き放すぜ!」


 しばらくして、気合を入れ直すように腕を回しながら戻って来たセリス。

 元の位置で竿を構えると、海面を静かに見つめていたリアンがぽつりと言葉を漏らした。


「……突き放すだと? セリス、どこにお前の釣った魚がいるんだ?」

「どこってここに……なっ!? い、いねぇ!」


 魚桶の中で確かに元気よく泳いでいたはずの魚は、忽然とその姿を消失させていた。一匹たりとも魚の姿は確認できず、入っているのは船の揺れに合わせるように空しく揺れるただの海水。

 いったい魚たちの身に何が起きたのか、戸惑うセリスにその答えを届けてくれたのは、彼へと吹いた一陣の潮風だった。

 そろそろ空いてきた腹を刺激するような香ばしい匂い。

 その香りにつられて鳴るセリスの腹が、この魚消失事件の真相を告げていた。

 

 真実に辿りついたセリスがハッっとした表情でリアンを見ると、彼は真っ直ぐに海面を見ながらむしゃむしゃと焼き魚を食べてる。

 甲板に敷いた紙の上には、後十匹の焼き魚が綺麗に並んでいた。

 もうすでに手遅れとなった魚たちの姿を前に、セリスは硬い拳を握り込み……


「おのれ、リアン! 俺の魚ちゃんたちをよくも!」

「なんのことだ? お前の桶に魚はいないから、お互いに零匹だな」

「くそーっ! ガキかてめぇは! 大人げねぇぞ! さっきのプライドの話はどこいったんだよ!」


 恨めしそうに叫ぶセリスをよそに、リアンは悪びれる様子もなくもくもくと美味しそうに魚を食べる。

 ロウとの釣りの時から言えたことだが、子供だ。

 普段の彼からはまったく想像もつかないほどに、子供だ。

 唯一の趣味とはこうも人を変えてしまうのか……。

 

「あぅぅぅぃぃ……」


 その隣では、焼かれた魚たちを見つめているスキアの姿。

 両手を甲板に着き、悲しむように項垂れていた。


「お、俺の魚ちゃんたちまでもが犠牲に……」

「スキア!」


 そんな彼の背に呼びかける声。


「こうなったら、文句なしのでけぇの釣って、リアンに目にもの見せてやろうぜ!」

「おうよ!」


 その言葉にスキアは即座に立ち上がると、セリスとガシッっと手を組んだ。

 勝負はここからだ、といわんばかりに気合を迸らせ――


「よーし!」

「行くぜ!」


 瞬間――突如訪れる大きな衝撃と音。

 まるで何かが船にぶつかったような揺れに、三人の顔が強張った。


「なんだ!? 敵か!?」

「っ、こんな戦いにくい場所で戦うのか」

「そんな馬鹿な。嫌な気は感じなかったぞ」


 少し取り乱したように音のしたほうへ視線を向ける二人と違い、スキアが冷静さを失うことはなかった。


「で、でもよ。今の衝撃は……」

「俺が見てくる」


 言って、スキアは音のした船の右側面ほうへと足を進めた。

 遠目に二人が見守る中、船の端から下を覗き見た刹那――


「うわっ!」


 驚声を残し、何かに引き込まれるように一瞬でその姿を消した。


「スキア!」


 セリスの叫び声と同じくして、聞こえる奇妙な音。

 まるで、サンドバックを殴るような激しい音が聞こえてくる。


「や、やめ! これには! 理由が! 待て! ――ぐはっ!」


 下からはスキアの叫び声。

 リアンたちが茫然とスキアの消えた場所を見ていると、船にかかる手が見えた。誰かが登って来ようとしているようだ。

 二人は緊張の色を浮かべ、じっと身構えた。


「よいしょ」


 そんな掛け声と共に、その登って来た人物に放り投げられ、ふわりと宙を舞うスキアの体。そして、彼を放り投げた誰かが船に綺麗な細い足をつけると同時に、


「ぐへっ!」


 潰れた声を上げながら、スキアが甲板に落ちた。

 登って来た少女の視線が、リアンたち二人を捉える。


「あら? 他に誰かいたのね」

「スキアの仲間か」

「なんでわかんだよ」

「スキアと同じような服装だろ」

「確かに」


 二人の目の前にいるのは少女だ。

 側面で一つに纏めた長い髪。明るい薔薇色をした綺麗な髪には、蒼い薔薇の髪留めを付けている。

 薔薇輝石のような美しい瞳は凜とした切れ長で、一見気の強そうな印象だ。

 服はスキアと同じ軍の正装のようなものだが、下は膝丈よりも短いスカートに、そこから少し覗く黒いスパッツと白のロングブーツ。

 女性の割りに身長は高く、その服装はとても栄えて見える。つまりはとても似合っていた。


「私はリンよ、リン・ユーフィリア。貴方たちは?」


 表情を変えることなく問いかける、リンと名乗る少女。


「俺はセリス・パトリダ」

「リアンだ」

「そう、よろしくね。ところでスキア、言い訳を聞こうかしら?」


 早々に自己紹介を終え、リンはスキアを強く睨み付けた。

 気の強そうという印象はやはり正しかったようだ。

 その声には初対面でもわかるほど、確かな怒りが含まれている。


「えっ、あっと……そ、それはだな……」


 言葉に詰まるスキアの胸倉を掴むと、彼女は強く引き寄せた。

 彼の瞳を真っすぐに見据え、険しく眉を寄せる。

 初対面であるリアンとセリスがいるにも関わらず、これほど怒りを前面に出しているということは、それだけ彼女にとって重要なことなのだろう。


「ハッキリしなさい! なんで私を置いていったの!? で、見つかったの!?」


 その表情は真剣そのもので、必死さがひしひしと伝わるほどだ。

 見つかった、という言葉から、スキアが探していた仲間であるブラッドという者のことだろう。つまりこの少女、リンもブラッドと関係の深い人間だと推測できる。


「い、いやっ。見つかってはないんだが……」

「ちゃんと探したの!?」

「探したって! 似た奴はいたんだが、人違いでだな。リンがこの話を聞いたら絶対期待すると思ってよ。でも、期待してハズレなら辛いだけだろ? それに、実際似た奴を見るとお前きっと――」

「馬鹿っ! 私は! ……私はね」


 一瞬見せたリンの悲し気な瞳。荒い口調はしだいに勢いを失くし、萎れていく。

 そんな思いを振り切るように、彼女はスキアを乱暴に突き離した。


「おいおい、修羅場だぜ」

「うむ」


 スキアたちの会話に入っていけるはずもなく、セリスとリアンは甲板の隅で小さく声を漏らすだけだ。


「リン……次は必ず声をかけるから、ここは帰れ」

「……なんでよ」


 不服な声を漏らし、リンはじっとりとした訝し気な視線を投げた。

 二人が仲間であるなら、リンがいて不都合なことはないだろう。スキアも仲間の元へ帰ると言っていた以上、このまま一緒に帰ることに問題はないはずだ。


「それはだな――」


 そう、ここに彼さえいなければ。



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