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これは君のパラミシア  作者: 御乃咲 司
第一節『これは月が導く宿命の標』
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62.次なる目的地


「とにかく、話は纏まったってことでいいんですかね?」

「でも、私たちがいない間のミソロギアの守りはどうするの?」


 言ったカルフに対してシンカが食い下がる。

 そこに納得できなければ、やはり気持ちよく出発することはできない。

 後ろ髪を引かれたままで目的を達成できるとは、到底思えなかったのだ。

 そして、それに答えたのはロウだった。


「まず、導きはミソロギアの崩壊を阻止するように道を示した。そして次の行き先にケラスメリザ王国を示した。もし仮に俺たちがケラスメリザ王国に行って、その間に魔門ゲートが動いたとするなら、ほぼ確実にミソロギアは崩壊すると言っていいだろう。なら、ミソロギアの崩壊を阻止しようとした最初の導きは意味を失う。仮に魔門が動いたとしても、ミソロギアを崩壊させずに済む、俺たちの知らない要因があるんだろう。二人の信じる導きが確かなら、再び魔門が動き出す前にそれを止める原因を探せということじゃないか?」

「なるほどね……」


 その説明に、シンカは唖然と頷いた。

 まるでずっと導きを頼りに生きてきたシンカよりも、それを疑わないロウの言葉。

 それは自分たちを本当に信じてくれているのだという温かい実感と共に、導きよりもロウの言葉に納得している自分に不思議な感覚に包まれていた。

 それと同時に、それはロウを信じすぎているのではないかという、小さな不安でもある。


 シンカはカグラのポーチにそっと視線を送りつつ、導きは(・・・)嘘を吐かないのだと、そう自分に言い聞かせた。


「何も情報を得られないまま時間が経過するのが一番のリスクだ。いつ動き出すともわからない魔門を前に、このまま睨み合っているのは危険だと、俺はそう判断した」

「確かにロウの言う通りだわ。迷ってる暇なんてなかった……みんな、ごめんなさい」

「も~、シンカちゃんは可愛いなぁ」


 シンカが謝罪すると、キャロが再びシンカの頭を、そしてなぜかカグラの頭も一緒に撫でつける。

 小さいカグラはともかくとして、シンカの身長はキャロよりも高い。さらに言えば、目付きがやや鋭く綺麗な顔立ちのシンカに比べ、瞳が大きく可愛らしい系のキャロの方が年下に見えてもおかしくはないだろう。


 そんなシンカよりも小さなキャロに撫でられているというのに、端から見て違和感を感じないのは、やはりシンカにふと滲み出る危なっかしい微かな幼さが原因だろうか。

 恥ずかしそうに顔を俯けながら大人しく撫でられる二人を、周囲は温かく見つめていた。


 すると少しして、タキアが先を促すように問いかける。


「とにかく決まりですね。出発はいつにしますか? 少しでも急ぐのであれば今晩ミソロギアを発ち、明日、朝の便に乗るのが一番かと思いますが」

「俺はいつでも大丈夫だ。リアンとセリスは軍人なんだから、いろいろと手続きがあるんだろ? そっちに合わせよう」

「あぁ、夜までにすべて終わらせる。昨日の戦いで軍は新しい立て直しをする必要があるから、後任もなにもないだろうがな」


 言って、リアンがセリスを連れて部屋を出ると、カルフとタキアもそれに続いた。エヴァはいまだにシンカとカグラで遊んで……もとい、可愛がっているキャロの首根っこを掴み、半ば引きずりながらリアンたちを追いかけた。


 リアンの言った通り、昨日の戦いで軍の在り方は大きく変わるだろう。大半の軍事力を失い、フィデリタスやトレイト、ホーネスといった隊長格の人員も失っている。これからのカルフやタキアたちの苦労は、見て取れるほどだった。


 まずは戦死した者たちを調べ、その弔いと遺族への連絡。荒れた土地を整理し、持ち主の分かる遺品はできるだけ回収し、遺族へと届けなければならない。

 戦死した者たちの数だけ家を訪ねて回るのは、それだけでかなりの時間を要するだろう。


 だが、紙切れ一枚で仲間の死を報告するなどという行為を、カルフたちは望まなかった。

 散った仲間の数は多く、彼らの貢献を考えれば、盛大な国葬となるだろう。

 人員の整理から部隊の立て直し、深域の警戒、いずれ再び襲ってくるだろう降魔への対策として弾薬や軍艦、戦闘車チャリオット大型弩弓バリスタの補充。


 一時的に避難させた民間人に関しても、当分ミソロギアへ戻って来ることができない以上、どこかに小さくとも新しい町を建設していく必要があるだろう。

 ミソロギアの住人すべてを他の村や町に住まわせ続けることができるほど、避難民の数は少なくはないのだ。……やることはあまりにも多い。



 中立国アイリスオウスのこの危機的な状況は、すでにゲヴィセンやロギの出した早馬によって各国へと知らされている。

 しかし、降魔を実際に見ていない他の国からすれば、その内容は簡単に信じられるものではない。

 現に昨日の戦いを迎えるにあたり、ゲヴィセンは他国への協力を要請していたが、それに応えてくれる国はなかった。


 確かに中立を掲げるアイリスオウスが他国へ軍事的協力要請を出す時点で、それは異例なことだといえる。

 そしてそれが他の六国同時に出されているのだから、各国からすればいったい何が相手なのかまったく理解の及ばないところではあっただろう。


 しかし魔憑や降魔を直接目したわけでもなく、この日に降魔と呼ばれる魔物の侵攻があるから助けてくれ、などと言ったこところで誰が信じれようか。

 それに軍を動かして海を渡るのは、そう簡単なことではない。

 何一つ明確な情報がない中、国力を動かすことができないのは当然だ。


 だがそれを踏まえた上で、今回は信じて貰えるように秘策を用意した。そう言ったロギだが、その内容を教えてはくれなかった。

 ケラスメリザ王国は他の国に比べ、幾分か話の通じる相手ということだが、ロウたちが抱える不安もまた、決して小さくはないものだった。

 

 残されたシンカとカグラは、いろいろと必要な物を見て回りたいとロウをつれて旅の支度を整えていった。旅支度の費用はロギから受け取っている。悪いとは思いつつも、シンカたちに金銭面の余裕はないため、ここはありがたく頂戴した。

 買った中で特に多かったのは医療品だが、その目的を察したロウが居心地の悪さを感じていたことはいうまでもない。



 港町ミステルの朝の便に乗るためには、夜中に出発する必要がある。

 それに備えて早めに体を休めると、ロウたちは深夜一時に正門へと集まっていた。

 ロウたち、といっても、正門に集まったのはロウたちだけではなく、ミソロギアにいるほぼすべての人たちといっても過言ではないだろう。

 それほどに大勢の人たちが、真夜中にも関わらずロウたちを見送ろうと集まっていた。


 明日からも目まぐるしく多忙な日々が続くのに、と旅立つ面子の誰もが内心思ってはいたが、その光景に胸の奥が熱くなるのを感じていた。


 ――頑張れ。

 ――こっちは任せろ。

 ――何も心配するな。

 ――帰りを待ってるぞ。

 ――気をつけて。


 たくさんの……本当に多くの人たちの言葉に背を押され、ロウ、シンカ、カグラ、リアン、セリスの五人はミソロギアを出発した。

 

 そうして九月十五日の午前七時。

 薄っすらと差す太陽の眩しい光を感じながら、ロウたちはミステルへと到着した。すでに昇り始めた太陽の光は水面に反射し、きらきらと輝いている。


 乗って来た馬をミステルの駐屯兵へと引き渡し港に出ると、爽やかな潮風が頬をなでた。町はまだ静かに動き出したばかりでで、港内に人気は少なく、聞こえてるのは船員たちの声だけだ。

 潮の香りを嗅ぎながら見渡す海はどこまでも広く、波はとても穏やかだった。


「始まるのね。私たちの本当の旅が……」

「そうだな」 

「ロ、ロウさん。お、覚えていますか? こ、ここで……」


 以前、少女たちとロウがミステルを出発した時は、いずれ別れが来るのをわかった上での同行だった。予定より随分と早く一度は離れてしまったが、今再び、こうして共に行動している。……もう、二人だけの旅ではない。

 世界を救うという目的の中、少し不謹慎だと感じながらも、カグラの胸は嬉しさに満ちていた。


「もちろん覚えてるさ。今度は本当の仲間としての旅立ちだ。世界を救うまで、ずっと一緒だ」

「は、はい」

 

 心底嬉しそうに顔を綻ばせるカグラを見るシンカの目は、妹を想う優しい姉の目をしていた。

 シンカは新たな旅立ちを前に、瞳を閉じて大きく息を吸い込むと、ゆっくりとそれを吐き出していく。そしてそっと両眼を開き、遠い水平線を見つめた。

 

 これから先に待ち受ける苦難は想像を絶するものになるだろう。

 だがしかし、僅かな不安はあるものの、不思議と恐怖はない。

 大丈夫……なにがあっても、きっと。

 カグラと、いや、この仲間となら……どんな壁だって――


「くそぉ――――っ!」


 途端、いきなり聞こえたセリスの叫び声に、シンカは隣にいたカグラと共に細い肩をびくっと震わせた。


「きゃ!」

「ひゃうっ!」


 ……いろいろと台無しだ。


「……さっきからなんなんだ、お前は」


 思えばミステルまでの道中、セリスは一番後ろでずっと何かをぶつぶつと呟いていた。

 リアンがその疑問をぶつけると、彼から返ってきた答えは誰も想像もしていないものだった。


「ずっと俺の中の魔獣に話しかけてるのに、まったく返事がねぇ!」

「それで道中、独り言ばかり呟いていたのか」

「何を言ってたのかと思えば……」


 呆れ果てた目でセリスを見つめる四人は、これまでの道中を思い返していた。



 ……―――――

    

「お~い」

「ん?」


 後方から聞こえた、セリスの声にロウが振り返った。


「違う! お~い!」


 次にリアンが振り返った。


「だから、違う! おーい!」


 最後にシンカとカグラが振り返った。


「だから、違うんだーっ!」


 四人は互いの顔を見合わせ、眉を寄せながら首を傾げた。


「なんなの? あれ」

「訳のわからん奴は放置に限る」


 リアンの言葉に、皆はセリスの声を無視して先を急いだ。

 しかしその後も……


「お~い、いい加減返事しろ~。俺だぞ~、セリスだぞ~い。チョコあるぞ~。いらないなら食べちゃうぞ~。ロウがくれるチョコは格別だぞ~。キャンディーもあるぞ~。金平糖はそうだな……仲良くなってからなら考えんでもないぞ~」


 といった風に、セリスは一人でずっと独り言を呟いていた。

 彼がいったい何をしたかったのか、そのときはわからなかったが……


 ……――――



「セリス、お前……魔獣をチョコでつろうとしてたのか?」

「バカ……」


 ロウの言葉に、シンカが心底呆れた様子でセリスへとじっとりとした視線を向けた。出るのは深い溜息ばかりで、それ以外文句の一つも出てこない。


「いいだろ! 何事もやってみなくちゃわかんねぇよ! チョコが好きかも知れないだろ!」

「チョコレートで釣れるのはお前だけだ」


 そう言ったリアンの横で、ロウが無言でチョコレートを取り出した。

 するとセリスが目の前で目を輝かせ、チョコレートを見つめたままじっと待っている。


「ほらな――あっ……(もう1人いた……)」


 このときロウとシンカとリアン、三人は頭の中で同じ言葉を吐き出していた。

 ロウの前には、シンカの後ろに隠れながら目を輝かせているカグラの姿。

 その得も言われぬ姿に負けたといった様子でロウがもう一つチョコレートを取り出すと、それらを二人へと手渡した。

 すると二人は並んで、おいしそうにチョコを食べ始める。


「ロウって、どうしていつもお菓子を持ってるの? 貴方が食べてるところは見たことないのに」

「今はセリスのためでもあるな。セリスは頭を使ったり拗ねたりしたときに、チョコをやると一時的に大人しくなる。それに昔言われたことがあるんだ。餌付けのエサは常に持ち歩くべし、ってな」

「そ、そう。……それを言ったのは変わった人だったのね。カグラが喜んでるからいいけど」


 誤魔化されたような気もするがとりあえず納得して二人を見ると、チョコレートをおいしそうに食べる姿はとても幸せそうだった。

 甘いものが好きというのはシンカも同様だが、セリスとカグラに関してはそれ以上だ。

 もとより特に甘いものが好きというわけではないロウとリアンにとって、チョコレート一つでそこまで嬉しそうな表情を浮かべるというのが、半ば信じられないでいた。


「ただ一つ……」

「おかわり! ぐへっ!」


 響いた鈍い音と共に、ぱたりと倒れるセリス。

 その行動を予想していたかのように、いつの間にか彼の後ろに立っていたリアンが、華麗な一撃をセリスの脳天へと叩き込んでいた。


「調子に乗るのが難点だ」


 倒れたセリスを見下ろすリアンの瞳は、とても残念な子を見るそれだった。

 一方、そんな倒れた彼の横でカグラがチョコレートを食べ終わると、その小さくて可愛らしい口の端が、ほんの少しだけ茶色くなっていた。


「カグラ、じっとしててね」


 シンカがハンカチを取り出すと、カグラの口を優しく拭う。……ふきふきと。

 拭われた少女は恥ずかしそうに頬を染めながら、それでいてくすぐったそうにしていた。

 それは本当に仲の良い姉妹の姿で、とても微笑ましい光景だった。


「とりあえず手続を済ますぞ」

「よし! 行こう!」


 リアンが乗船場へ向けて歩き出そうとすると、むくっと起き上がったセリスが元気よく声を上げた。

 相変わらずいつ起きたのだろうという目でセリスを見るシンカたちだが、当のセリス自身、なんとも思っていない様子で首を傾げて先を促した。


「ん? 早くいこうぜ!」


 実はすでに魔憑に覚醒しているのではないか、などと馬鹿なことを考えてしまうものの、四人は小さな溜息を零し、乗船場へと向けて歩き出した。


 その間もずっと、セリスは後ろでぶつぶつと独り言を呟いている。


「あ~、さっきのチョコうまかったな~。次もらったらわけてやりてぇな~」

「セリス」

「なんだよ?」

「いい加減、チョコレートでつるのは諦めろ」


 リアンが止めるように注意するが、セリスはまったく聞く耳を持たなかった。


「嫌だっ、俺はチョコが好きなんだ! だから俺の魔獣もチョコ好きに決まってる!」

「……決まってないと思うけど」

「そんなことない!」


 シンカがぼそりと呟くと、彼はそれを強く否定した。

 魔獣が主の意思の影響を強く受けるのであれば、とセリスは考えていたのだろう。

 しかし、そもそも魔獣を見た事もないということは、食事をするのかどうかもわからないということだ。なにせ魔獣は心に棲む獣なのだから。

 その実態は明らかではないが、チョコレートが好き、というわけではないということについては、彼以外満場一致の考えだろう。

 と、そう三人は思っていたのだが……


「チョ、チョコレートはおいしいです」


 そんなセリスにフォローを入れたのはカグラだった。


「ソウダソウダ!」


 調子に乗ったセリスと、それにフォローを入れたカグラが顔を見合せて「ね~」っと口にした瞬間、彼を弁護した少女の姉が悲愴感を漂わせながら、その場で崩れ落ちた。


「カグラが……わ、私の可愛いカグラが……」


 余程ショックだったのだろう。

 力なくへたり込む少女の姿を見たリアンが何かを訴えるように、無言でロウへと冷ややかな視線を送った。


「俺は悪くない。悪くない……はずだ、よな?」


 自信なさげに否定するロウに、リアンはただ小さな溜息で返した。


「ロウ~! 次は他ので誘惑してみるから、飴でもくれよ!」

「駄目だ」

「ケチ」

「黙れ」

 

 これ以上セリスを甘やかしては、カグラに悪影響を及ぼしかねない。

 となれば、妹を愛する姉(シスコン)武力制裁(やつあたり)がいつ飛んでくるとも限らないだろう。

 それを危惧したロウとリアンは、今回ばかりは何をどう言われてもそれを耐え、続くセリスの要求を頑なに拒み続けていた。

 

 そしてそんな不思議な雰囲気を纏った珍妙な一行は、なんとか乗船場まで辿り着くことができた。。

 まだ少し時間に余裕があるのを確認すると、ロウたちは軽い朝食を取りながら出港の時を待つ。

 閑談かんだんしていると時間はあっという間に過ぎていき、ロウたちはケラスメリザ王国の港町であるレサーカ行きの船へと乗り、様々な思いを胸にアイリスオウスを後にした。

 


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