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これは君のパラミシア  作者: 御乃咲 司
第三節『これは集約した運命の始支点』
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49.九月十三日―侯爵対氷狼


 中立国アイリスオウス最大都市ミソロギア前フロン平原。

 午後三時――開戦後二時間経過。

 前方約一キロ地点に開いた魔門ゲートは閉じるどころか依然として広がり続け、その直径は約十五メートルにまで達している。


 一度に溢れ出る降魔こうまの数はおよそ百を越えようとしていた。

 その間隔はシンカが交戦する直前にはすでに、新たな群れが現れるほどとなっており、侵攻する降魔は、西門、東門方面へは向かわず一直線に正門へと駆けていく。


 一度にシンカが削れるのはおよそ二十。抜けた八十の内、西門東門の支援部隊も加えた支援砲撃でも削れるのはよくて三十といったところだろう。

 つまり、前線に配置された対降魔部隊は休む暇もなく、降魔と戦い続けていた。

 これほど長時間戦い続けたことのない、それも命の懸った戦いを続ける兵たちは、歯を食い縛りながら踏ん張り続けるものの、遂に限界を迎えることとなる。


『こちら正門管制部タキア・リュニオン。新たな降魔、来ます。数四十七』

「ちっ! こっちにはまだ倒しきれてねぇ奴も増えてるってのに!」


 タキアの通信を受け、フィデリタスが舌打ち交じりの声を漏らした。

 一人で降魔を相手にしているフィデリタスを始め、上位の二人一組ツーマンセルはこの降魔の流れにいまだ対応できているものの、すべての組がそうというわけではない。


 降魔を倒しきる前に新たな降魔。

 その流れは徐々に歩兵部隊の内部にまで戦禍を広げていった。

 衛生兵の動きも激しくなり、担ぎ込まれた負傷兵たちの対処に追われている。


 だが、広がる戦禍を前に、誰一人として膝を折るものはいなかった。

 どれだけ苦しくても、どれだけ辛くても、休みたくても寝そべりたくても、この場から逃げ出してたくても、それをすることは決して許されることではない。

 二人の魔憑まつきが最前線で戦い続けるその姿が、それを決して許さない。


「セリス、お前は遊撃に回れ」

「でもそれじゃ、お前が一人になっちまうぞ!」

「剣より銃のほうが周囲へのフォローができる。ロウが復帰するまでの辛抱だ。開戦前のロウの言葉を理解した上で言ってる。俺のことなら問題ない」

「っ! 了解だ!」


 ナイト級と交戦するリアンを背に、セリスは周囲の降魔へと遊撃を開始した。



 シンカがカウント級降魔の放った魔弾を倍にして跳ね返すと、周囲の降魔を巻き込みながら爆発し、土煙を巻き上げる。


「もっと撃って来なさい!」


 一体でも魔力を扱うカウント級が後ろに抜ければ、それだけで被害は大きく拡大する。少女の背負った役目はあまりに重要で、決して失敗は許されない。

 

『新たなカウント級確認。数三。十時、一時、二時方向』

「了解!」


 タキアの声を聞き即座にカウント級を補足すると、シンカはすかさずその一団へと魔弾を放った。

 


 ロウがマークイス級と交戦を開始して、すでに十分以上が経過している。

 ……もう少し、もう少しだ。

 もう少し頑張ればロウがマークイス級を倒して、戦線に復帰してくれる。

 皆の期待がロウに集まる中、甲高い大きな音と共に視界に入ったのは、信じたくない光景だだった。


 ――ロウの体が空高くに舞い上がり、紅い鮮血を降らせた。 


 その光景を前に、ほんの一瞬、体の動きが停止する兵たち。

 しかしすぐさま、それを振り払うように自分の体を強く叱りつけ、兵たちは振り絞るような声を上げた。


 シンカやフィデリタス、リアンやセリスに関しては見向きすらせず、ひたすらに目の前の降魔を倒し続けている。

 ただひたすらに自分のできることを、背負った役目を果たし続ける。

 その先にしか勝利がないのなら、今、ロウにしてやれるのはそれをし続ける姿を見せることしかない。


 

 舞い上がったロウの体を追撃するのは、翼の生えた青い降魔だ。

 その翼を羽ばたかせ、凄まじい速度でロウへと迫る。

 

「人間ハ、空、飛ベナイ。終ワリダ」


 そう言いながらロウへと腕を振り上げた瞬間、ロウの口元が僅かに持ち上がったことに、青い降魔は気付いていなかった。


「あぁ、終わりだよ」


 接触する寸前、ロウは生成した氷の板を蹴り上げ降魔の背後へと飛び上がった。交差する瞬間にその翼を掴むと、翼を凍てつかせ、砕く。

 短い悲鳴を上げる翼を失った青い降魔とロウが落下する先には、一本角の白い降魔。鋭利な爪を覆うようにさらに大きな氷の鉤爪かぎづめを煌めかせている。


「殺ス、魔力、喰ラウ」


 鈍い煌めきと共に、青い降魔ごとロウを切り裂こうとそれが振るわれた瞬間、ロウは青い降魔を強く蹴り、白い降魔のへと跳躍。

 ロウが紙一重で躱した氷の鉤爪が青い降魔を切り裂くと、ロウは空中で手を伸ばして一本角を掴み、落下速度を加えたまま勢いよく地面へと押し倒した。

 

「悪いな。降魔相手に手加減はできないんだ」


 途端、地面から数多の鋭利な氷柱が勢いよく突き出し、押し倒されていた白い降魔の体を貫いた。

 同時に再び取り囲むように作られた半球状の氷壁から数多氷刃が降り注ぎ、切り裂かれた青い降魔へ止めを刺す。


 甲高い音を響かせながら、青と白の降魔の核が砕かれた。

 二体の降魔が魔力を霧散させ、淡い紫黒の粒子となって消滅するのを確認するや否や、ロウは襟元の伝達石へと魔力を注ぎ込んだ。


「こちらロウ。聞こえるか?」

『き、聞こえています! か、勝ったんですか?』


 魔石から聞こえるタキアの声は少し震えていた。

 少し取り乱したようなタキアは珍しい、と内心思いながら、ロウは言葉を口にする。


「俺は嘘を吐かないのが信条だ」

『――っ!』

 

 魔石の向こうで鋭く息を呑む音が聞こえると……


『ちょっと! 拡声石はどこ!?』

『拡声石ですか? えっと、ここです』 

『ありがとう!』


 伝達石の向こうで慌ただしくしている様子のタキアに、ロウは苦笑しながら小さく溜息を吐いた。

 そして地面に手をつき、魔門の前に巨大な氷の壁を生成する。

 と同時に、タキアの声が周囲へと大きく響き渡った。


「二体のマークイス級は消滅! これよりロウさんが戦線に復帰します!」


 瞬間、沸き起こる歓声。気合の入り混じった怒濤の声、声、声。

 兵たちの士気は高まり、枯れかけた体に再び活力が漲って来る。

 そんな中、ロウの声が力強く響き渡った。


「今から五分時間を稼ぐ。その間に態勢を立て直してくれ。できるよな?」


「「「おおぉぉぉぉぉ――ッ!!」」」


 と、そこに氷の壁を飛び越えてきたのは一つの影だ。


「なっ、馬鹿、どうしてこっちに来るんだ」

「失礼ね、馬鹿はどっちよ。マークイス級と戦闘した後にこれだけの数を相手にするなんて、よく平気で言えたわね、っと」


 シンカは攻めて来る降魔の攻撃を避けつつ細剣で斬り払い、魔弾で吹き飛ばした。同じくロウも氷の刃で降魔を斬り裂きながら……


「持ち場はどうしたんだ」

「終わらせたわ。貴方がこうやって氷の壁でせき止めてくれたから。だから、こっちに来ても問題ないでしょ?」

「だったら少し体を休めておけ」

「はぁ!? 貴方がそれを言うの!? 血まみれのくせに!」

「俺の心配をする必要はない。まだ体力は残ってる」

「な――ッ! それなら私だって残ってるわよ、だいたい貴方は――!」


『すみません、お二人とも。こちらタキア・リュニオン。痴話喧嘩は拡声石を仕舞ってからにしてください。……だだ漏れです』


「「あっ……」」


 熱を帯びていく論争を遮るように言ったタキアの言葉に、ロウとシンカは気まずそうな声を漏らした。




 

「何をやってるんだあいつらは……」

「はははっ! バカだな二人とも!」

「セリスに言われたらお終いだな」


 笑うセリスを横目にリアンは呆れながら溜息を零し、小さく口の端を緩めた。



「ったく、こんな時に痴話喧嘩とは、兄ちゃんも嬢ちゃんも大物だな」

「似た者同士だってのに、どうして喧嘩ばっかするんですかね」

「同族嫌悪、というやつではないですか?」

「別に嫌悪してるわけじゃないだろ。ただ互いを思い合ってりゃあぁなるもんなんだよ。いつかお前たちにもわかる」

「「は、はぁ……」」


 フィデリタスはそう言って、目の前に迫る最後の降魔の群れへと狙いを定めた。

 カルフとトレイトもそれに続き、剣を構えなおす。



「ロウってしっかりしるようでたまに抜けてるんだよな……」

「あぁ、昔からそうだったぜ。ま、それでも頼りにはなるんだよな」

「はぁ……ったく。今なら降魔のドタマを外す気もしねぇわ」


 言って、ホーネスとローニーは手にした銃で降魔を次々に狙い撃っていった。

 


「も、もう……お姉ちゃんのバカ」

「ロウのバカ……」

「な……なははっ……」


 負傷した兵の手当をしながら、カグラの頬は姉の羞恥に赤く染まり、エヴァは若干むすっとしたように小さく溜息を零す。

 そんな二人を前に、キャロは苦笑いを浮かべながら乾いた声を漏らした。



 ロウとシンカで五分以上の時間を稼いだ後、シンカはすかさず持ち場へと引き返した。

 押し寄せる降魔の数は依然として衰える気配を見せないが、ロウが参戦したことにより、後方への負担は激減。幸い、それ以降のマークイス級の出現はなく、長い戦いが始まってからすでに三時間近くが経過した頃、ようやくにして魔門から降魔の現れる間隔が長くなってきた。


 そして、時刻は午後五時。

 魔門から降魔の出現が止まり、地上に現れた降魔を殲滅しきると、巻き起こる歓喜の渦が辺り一帯を埋め尽くした。


 勝った、勝ったぞ! と、響く声は留まることを知らない。

 軽傷者約三百名、重傷者約五十名、死者――零名。

 重傷といってもカグラの活躍で命に別状はなく、降魔相手に死者がでなかったというこの戦いは、完勝と言っていいほどのものだった。


 そう、このまますべてが終わってくれさえすれば……


 湧き上がる歓声の中、ロウはずっと正面を見据えていた。

 隣に人の立つ気配を感じ視線を送ると、シンカも神妙な顔で前を見ている。

 そして、ロウの思った通りのことを口にした。


「どういうことなの? これ……」

「さぁな……俺もこれは初めての経験だ。とにかく、油断はできない」


 二人の視線の先には、降魔の出現こそ止まったものの、いまだに閉じることなく中空に開く禍々しい魔門。

 魔門とは降魔が出現するひずみであり、出現した降魔を倒しきると閉じる。

 それが二人の中の知識だった。

 だからこそ、降魔の出現が止まったというのに開き続ける理由が、二人にはわからなかった。


 ロウは拡声石を取り出すと、目を閉じて深呼吸をし、そっとそれを口に当てる。

 そして起こらなければいいという願いの中、起こり得る可能性を考え、それを口にした。


「みんな、そのまま聞いてくれ。魔門とは本来、現れた降魔をすべて倒しきると消滅するものだ……そのはずだった。だが、魔門はいまだ健在だ。これがどういうことかわかるだろ? まだ、戦いは終わっていないかもしれない」


 騒めき立つ声が離れたロウの位置にまで聞こえるほど、兵たちの動揺は大きかった。

 それもそうだろう。数時間の及ぶ命を賭けた戦いが終わったと思いきや、あの過酷な時間がまだ続くかもしれないと告げられたのだから。


 魔憑であるロウとシンカ、そして離れた場所にいるカグラもまた、嫌な予感を拭い去ることができないでいた。 


「今のうちに素早く食べて、休め。可能なら眠れ。五分でもいい。今は頭が馬鹿になってわからないだけで、体力の消耗は凄まじいはずだ。だが、緊張の糸は解くな」


 動揺や落胆はあるものの、兵たちの行動は迅速だった。



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