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これは君のパラミシア  作者: 御乃咲 司
第三節『これは集約した運命の始支点』
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48.九月十三日―菖蒲の勇士


「一分弱……か。もう少し慣れさせる必要があるな」


 ロウはそう呟くと、さらにナイト級の群れを一塊後ろに流す。

 少しずつ後ろに流す降魔こうまの数を増やし、中にはバロン級も混ぜながらひたすら兵たちの実戦での経験を重ねさせた。

 その間、魔門ゲートから絶え間なく降魔は溢れ出るものの、ロウの範囲殲滅力は高く、溢れ出ている降魔を次々に倒していく。


 そして戦闘開始から約一時間半が経過したそのとき、魔門に新たな異変が生じる。

 弾けるようなと音を立てながら拡大した魔門は、今までに見たことがない大きさにまで膨れ上がった。その直径、およそ十メートル。


 溢れ出る降魔の数がさらに倍にまで膨れ上がり、カウント級の数もそれに比例するように増えると、一度に現れる降魔の数は四十を超えるまでとなる。

 いよいよロウ一人で捌き切るのは不可能の域に達したものの、後ろにはまだシンカが待機している。本来なら焦る必要はないだろう。

 

 だが、ロウの頬には汗が伝い、歯を食い縛りながら伝達石に魔力を流す。

 降魔との戦闘を繰り広げつつ、ロウはシンカへと声をかけた。


「シンカ。すまないがこれ以上防ぎきるのは不可能だ。カウント級だけは絶対後ろに漏らさないようにしよう」

『了解よ。半分は流してくれて構わないわ。私を信じてくれるなら、ロウも少しは体力を温存して』

「……すまない。そうさせてもらいたいとことだが……そうもいかないらしい」

『どういうこと? ――ッ!』


 瞬間、シンカの肌が激しく粟立ち、背筋を冷たい怖気が走り抜ける。

 魔門から現れようとしているそれは、明らかにそれまでのものとは格が違う。


 一体は頭に大きな角を携え、鋭く尖った爪牙はかなり発達している白い降魔。

 一体は頭に二本の小さな角を携え、鋭い爪牙はないものの背中に翼の生えた青い降魔。


 異質な二体の降魔を見たすべての兵は、魔力の大きさこそわからないものの、その強さがこれまでの降魔より格上であることを、本能的に察していた。

 マークイス級より上の降魔はその下の階級であるカウント級を遥かに凌ぎ、同じ階級の中でもその強さにはかなりの個体差がでてくる。

 今、ここに現れようとしているマークイス級の二体は、シンカが以前にミソロギア付近で相手どったそれよりも遙かに強い。


 思考が止まったかのように兵たちの頭の中は白く染まり、小刻みに震える体。カチカチと歯のぶつかり合う小さな音が口から漏れる。

 が、ここが運命を変える岐路である以上、マークイス級が現れることは事前に想定されていたことだ。

 ロウは拡音石を取り出すと、ありったけの覚悟と意思を乗せ、後ろにいる兵士たちへと激励を飛ばした。

 

「どうした、武者震いか? さすがミソロギアの強兵だ。だが、お前たちの相手はあくまでナイト級とバロン級だと言っただろ。自分たちの役目を見失うなよ。皆は皆の成すべき事を成せ。やる気は買うが、俺の獲物を横取りしてくれるな」


 静かに響いた、しかし熱の乗ったロウの声は、皆の心を熱くさせる。

 無意識の内に兵たちの口の端が持ち上がり、恐怖の震えは武者震いへと変わっていた。

 勝てる――前にいる氷の魔憑まつきはきっと勝ってくれる。

 そう信じさせる何かが、ロウの言葉から伝わってきた。


「といっても、マークイス級二体となるとさすがに他へ手が回らない。俺がこの二体を倒すまでの間、皆にすべてを任せることになる。……任せてもいいか?」


 一瞬の静寂……そして――


「「「おおおぉぉぉぉ――――ッ!!」」」


 ロウの背後から波のように押し寄せる、頼もしく地を揺らす程の鯨波げいは





「はははっ! ロウに任されたら応えねぇわけに行かねぇな、リアン!」

「ふっ、いつまでも負けてられんからな」


 セリスが気合を入れるように両頬を叩くと、リアンは瞳に熱を乗せ、早く来いと言わんばかりに手にした長剣の刃を光らせる。



「お前らッ! 兄ちゃんは全てを守ろうとしてんだ! 勝手に死ぬなよ!」

「ははっ、任せてくださいよ。中央守護部隊の名に恥じぬ戦いをしてみせますってね」

「愚問ですね、フィデリタス隊長。このトレイト・ノビリス。降魔に遅れはとりません」


 フィデリタスの声にカルフとトレイトが言葉を返すと、周りの兵たちもそれに応えるように一斉に声を張り上げた。



「ローニー……あそこで戦ってるのが、俺たちの仲間だと思うと心強いな」

「あぁ、あの規模となると俺たちの出番もくるだろうぜ。ロウは俺たちの恩人だ。ここでその想いに応えられねぇようじゃ、もうあいつに顔向けできねぇよ」

「その通りだ」


 ミソロギアを囲う防壁の上に待機していたホーネスとローニーは銃を構え、支援態勢を取ると呼吸を整え、静かに降魔えものが来るのを待った。



「ロウさん……」

「カグラちゃんはやっぱロウ君が心配?」

「え? は、はい。マ、マークイス級が二体だなんて……」

「大丈夫よ。ロウは必ず成し遂げる。私たちはロウが嘘吐いたところを、今までに一度も見たことがないのだから」

「リ、リアンさんも同じこと言ってました」

「エヴァやリアンたちの言ってることは本当だよ? ロウ君ならきっとやってくれる」

「はい……」

「戦いが激しくなれば、ここに担ぎ込まれる人がでてくる。カグラちゃんはきっと、自分も魔憑なのに戦えないことに後ろめたさを感じてるのでしょうけど、貴女の戦いはここからよ。貴女の戦場はここ。頼りにしているのだから、シッカリね」

「は、はい!」


 正門に配置されている衛生兵の中にいたカグラ、キャロ、エヴァの三人は、激化するであろうこの戦況を祈るような眼差しで静かに見守っていた。





 二体のマークイス級降魔がその姿を完全に現した瞬間、ロウは透明の半球状の形をした氷の壁を展開し、マークイス級降魔と自分自信を壁の内側に閉じ込める。

 マークイス級に続き、続々と現れたカウント級以下、およそ五十の降魔たちが壁の外側を走り抜けていくが、ロウは見向きもせずに目の前の敵を注視していた。


 すると、襟元の伝達石から静かな声がロウの耳に届いた。


『ロウ……私は貴方を信じてるわ。だから……』


 それだけを言い残し、ロウが返答する前に通信を切ったシンカは、目の前に迫る降魔の群れを睨みつけると、腹の底から大きな声を張り上げた。


「貴方も私を信じて!」


 力強い声が耳に届くと、ロウは思わず微笑んだ。

 二体のマークイス級を前にして、生まれるのは熱い思い。

 あの少女が、優しくも臆病だった少女が口にした言葉を聞いて、負けられるはずもないだろう。


”信じてる”――あぁ、信じてくれ。

”信じて”――あぁ、信じてるさ。


 この程度、今のロウにとって苦難にすら成り得ない。


「と、いうわけだ」

「人……間。我ニ勝テル、思ッテ、イルノカ」

「結界、壊ス、容易イ」

「これがただ、お前たちを行かせないためのものだと思ったか? だったら……」


 ロウが鞘に収まったままの刀をそのまま構える。

 途端、半球上の氷壁のいたるところから鋭利な氷の刃が突き出し、降魔へと狙いを定めた。


「その考えはあらためるべきだ」


 言った瞬間、氷の刃が発射され、二体の降魔に襲いかかった。

 が、翼のついた青い降魔がその翼を羽ばたかせると、巻き起こる強風が氷刃を吹き飛ばす。


「次ハ、我ノ、番ダ」


 一本角の白い降魔が頭を振りかぶり、勢いよく振り抜いた瞬間、大きく先の尖った円錐型の氷塊がロウへと飛翔する。


「お前も氷を使うのか」


 ロウは刀をそれに掠めて受け流すと同時に、強く地を蹴り放った。



 


「これが本当の魔門なのね。……確かに今までのがただの扉だったってのは頷けるわ」


 呟いたシンカの眼前には五十を超える降魔の群れ。そしてさらにその奥から新たな群れがその姿をすでに見せ始め、魔門から降魔が現れる間隔が明らかに短くなっている。


 シンカは両の掌を前へと突き出し、そこに魔力を集めた。

 黒い粒子が頭ほどの大きさの塊を形成すると、それを目の前の降魔の群れへと解き放つ。飛翔する二つの魔弾は降魔を一度に八体ほど葬り去るが、周囲の降魔の足に乱れはない。


 駆けて来る降魔と接敵した瞬間、シンカは細剣を抜き放ち一閃。そのまま次の降魔を斬り払いながら、後ろへ抜けようとする降魔へと魔弾を放つ。

 が、この降魔の数を前に、すべてを防ぎきるなどは不可能だった。


 シンカは対多数を得意としていない。彼女の能力は相手の魔力を、威力を増幅して返す魔力反射カウンターだ。カウント級降魔が放った魔力を増幅して返し、周囲を巻き込めば多くの降魔を屠ることもできるが、常にそれができるわけではない。

 だが、それでも、決してカウント級だけは後ろへ逃しはしなった。

 


 立ち塞がる少女を抜けた降魔の群れがミソロギアへ侵攻する最中、突如響いた轟音と共に、その姿を消滅させていく。

 

「仲間の元へ辿りつかせる前にできるだけ叩く! 第二射装填!」

「第ニ射装填!」

「ってぇぇぇ――ッ!」

 

 領海監視部隊が率いる軍艦からの砲撃が、シンカから歩兵部隊先頭までの間の平地へと降り注いだ。土煙を上げながら、次々に面制圧で降魔を葬り去っていく。

 それを後押しするように轟く戦闘車チャリオット大型弩弓バリスタ隊の支援砲撃が加われば、その制圧力は圧巻だといえるだろう。


 しかし、当然精密な狙いを定めることは困難だ。

 生身の人間が戦う相手としては、一番耐久値の低いナイト級が好ましい。

 つまり、足が遅く耐久値の高いバロン級を砲撃で仕留めるのが理想的だ。

 できる限りバロン級付近へ狙いを定め、砲弾の雨を注いでいく。

 


 そして水上支援砲撃を逃れた降魔の群れが、歩兵部隊の眼前まで迫ると――

 

「来るぞ! 二人一組ツーマンセルを崩すなよ! これは、さっきみたいに兄ちゃんが調節して送ってくれた土産じゃないんだ! 敵は次々に攻めて来る! 一体倒したからって気を緩めるな! 相手は大人しく列に並んで順番を待ってくれんぞッ!」


 フィデリタスの雄叫びと共に皆が喊声かんせいを上げながら、歩兵部隊の先頭を預かる対降魔部隊へと躍りかかる降魔の群れを迎え撃った。

 防壁上から飛んでくる支援射撃を受け、なんとか降魔を葬り去っていくも、長期に渡る命の駆け引きの経験値が圧倒的に足りない兵の体力の消費は、一戦一戦が凄まじいものだ。


 圧倒する程の兵の総数の内、降魔とまともにやりあえる数はほんの百程度ものだった。一体に二人一組ツーマンセルで挑むことを考えれば、一度の襲撃に完璧な対応できる数はおよそ五十。

 それを超えると、どうしても後ろの兵たちに対処してもらう必要がある。


 降魔を相手する感覚を早くも掴んだフィデリタスは二人一組ツーマンセルではなく、単身で降魔を相手取るも、対降魔部隊の皆がそう簡単にできることではない。

 降魔の現れる数が増え、その間隔が短くなっている今、前線を維持し続けるのは困難を極めた。







「やっと前哨戦が始まったか」


 薄暗く広い館の一室のような部屋の中で、エクスィは声を漏らした。

 大きなソファーにその身を預け、じっと見ている視線の先には、大きくて丸い水晶のような魔石。

 そこには、ミソロギアの映像が映し出されていた。


「マークイス級程度に手こずるようでは、どの道俺たちの相手にはならんさ。エプタはどう思う?」


 そう言った男の名はズィオ。

 くすんだ金髪に鬱金色の瞳。長袖の白い皮の上着に、各所には黒の皮帯ベルト。下半分だけをファスナーで閉じ、そこから覗いているのは黒の生地に浮かぶに〈妹〉という桃色の一文字。後髪を刈り上げ、前髪は綺麗に横に流している。

 そんな眼鏡をかけたその青年は、エクスィがロウたちと戦ってる最中、撤退命令を出した人物だ。

 

 そんな彼が金平糖をエプタに与えながら尋ねると、小さな少女は首を傾げた。


「ズィオはどうしてわかりきったことを聞くの?」

「そうか。エプタにはわかりきったことだったか」


 眼鏡を持ち上げながら言ったズィオの顔が緩む。


「それより、他のみんなは?」

「エナはミゼンのところだ。トゥリアは見る必要はないと言って部屋に籠ってるな。ペンデとテッセラは……知らん」

「あ~……あいつらなら、ペンデがテッセラを無理矢理連れて出て行くのを見たぜ。いつも通り、財布を持っての食べ歩きってとこだろ」

「はぁ……またか」

「別にいいじゃねぇか。っと、お前らもこっち来いよ。もうじき本番だ。人間たちは……どこまでもってくれるだろうな」


 三人が魔石の視線を移すと、ロウが姿が片隅に映る。


「氷の……魔憑」


 すると、無意識の内にエプタの口から零れた静かな音が、薄暗い部屋に響いた。



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