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これは君のパラミシア  作者: 御乃咲 司
第二節『これは救済を願った再会の詩』
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45.戦の前夜だからこそ


 五人がミソロギアに帰還すると、大勢の人にもの凄い剣幕で出迎えられた。

 理由は明白だ。あれだけの傷を負っていたロウが、忽然こつぜんとその姿を消したからに他ならない。

 魔憑まつきの回復力を皆は知らないし、いや、情報としては知っていたのだが、まさかこれほどとは思っていなかったのだろう。

 ロウ自身も慌てて飛び出したものだから、誰にも行き先を告げてはいなかった。


 フィデリタスですら珍しく取り乱していたのだから、中でもホーネスたち四人の取り乱しようが相当なものだったのも当然といえるだろう。

 ホーネスたちは昨日の降魔こうまとの一戦後、任務を終えた後ならゆっくり話せるとそのときを楽しみに思っていたのだ。にも関わらず、彼らの部隊が急いで帰還してみれば、ロウは重体で面会させてもらえなかったのだからたまったものではない。

 特に動揺していたエヴァは周りが逆に冷静になるほどで、目尻に涙を浮かべながら放った弱々しい拳は、それでも深々とロウの心へ突き刺さっていた。


 しかし、十三日――運命の日にロウが参戦できるという事実は、兵たちの心を強く勇気づける結果となった。

 新たな作戦が組まれ、その準備は滞りなく進み、いよいよその日を明日に控えた九月十二日の夜……ミソロギアはまるで祭りのようだった。



「何をしてるのかしら?」


 賑わう広場の隅の壁にもたれ掛かったロウへと、声をかけたのはエヴァだ。

 手にしていた手帳をパタリと閉じて視線をやると、その後ろにはホーネスにローニー、キャロの姿もあった。


「日記をつけてた」

「まだ続けてたのね、それ」

「あぁ、お前たちは俺に用か?」

「用がないと来ちゃいけないのかよ」


 そう言って、苦笑しながらホーネスがロウの隣にもたれ掛かると、他の三人も並んで壁にもたれ掛かった。

 空を見上げると美しく、そして気高い月が煌々と輝いている。


「……怖いのか?」

 

 その声に、四人は小さく肩を揺らした。

 ホーネスたちは他の兵とは違い、降魔こうまを実際に間近で目にしている。魔憑の強さを持つロウを容易く傷つけるほどの異形の群れを。

 その恐怖からくる死への実感といえば、この四人が一番強く感じているだろう。


「ロウ君は……さ。怖く……ないの?」

「今は怖いさ」


 意外だった。怖くないと、ロウならそう口にすると思っていたからだ。

 驚いたように見つめる四人の視線を感じ、ロウは軽く鼻で笑いながら、


「そんなに意外か? 自分には何ができて何ができないのか、自分が求める結果に近づけるには何をすればいいのか、それを頭に叩き込んどけば体は勝手に動き出す。そして、想定外のことが起きたら、動けない自分が招いたその先の結果を想像するんだ……」


 そっと瞑目し、静かに息を吐き出した。 


「きっと、怖いなんて言ってられないくらい、怖ろしいことが待っている」

 

 その怖ろしいことがいったい何を指すのか。四人はすぐに理解した。

 そして想像し、考える。大切な仲間を守るために、自分たちにはいったい何ができるのかを。


 とはいえ、魔憑でもないホーネスたちにできることは、たたがしれている。

 しかも、明日の配置でホーネスたちは後方だ。ロウの言葉を聞いて、あったはずの恐怖はいつしか大きな自責の念へと変わっていた。


 大切な仲間を前線に送り出し、自分たちは比較的安全な後方に配置される予定にも関わらず、こうやって安心したいがためにロウを探していたのだから。

 ロウは瞼を上げると、壁からそっと離れて四人へと向かい合った。


「だから、戦うんだ。確かに今は怖いが、戦場に立てば怖くない。お前たちを失うことに比べればな」

「ロウ……」

「俺の言ったこと、覚えてるよな? 絶対に後方から前に出てくるな。絶対にだ」

 

 その表情は真剣で、少し怖いほどの眼差しで四人を見つめていた。



 一方、食べ物を取りに来ていたリアンたち。皿から零れ落ちそうな程に盛ったセリスの横でリアンが飲み物を取ろうと硝子杯グラスに手を伸ばすと、それを横から掻っ攫われた。

 イラッとした表情で視線を向けると、そこにいたのはトレイトだ。


「どういうつもりですか? トレイト隊長」

「ふん、貴様に飲まれるとこれが可哀相なのでな。救出してやったまでだ」


 わけがわからない。軍に入った時からずっとそうだった。事あるごとにリアンへと絡んでくる。しかも特に理由もなく、出てくるのは嫌らしい皮肉ばかりだ。

 試合でリアンに負けた後、何度再戦を申し込んでも断われ続けているのが主な原因なのだろうが……。

 途端、トレイトの頭に落とされた拳骨げんこつに、短い悲鳴を上げる。


「ぐぬっ!?」

「お前は今日くらい素直になれんのか、まったく」

「すまんねぇ、リアン。トレイトの奴はお前さんと乾杯したいんだとさ」


 拳骨を落としたフィデリタスの横でカルフが苦笑すると、トレイトは目尻に小さな涙を浮かべながら反論した。

 きっと頭を擦りたいのだろうが、硝子杯グラスで両手が塞がっている。


「カルフ隊長、それは違います。私は明日の戦いを前に、リアンの奴が臆病風に吹かれていないかを確かめに来たまで」

「そうか。俺のことは心配いらないから、お前は自分の心配をしていろ。俺より弱いんだからな」

「なっ!? 再戦すれば勝つのは私だ! 貴様が逃げてばかりいるからだろう!」

「逃げてない。戦う必要性を感じなかっただけだ」

「それは私が相手では不服ということか!?」

「勘違いするな。お前は強い」

「……なっ、わ、わかっているでは――」

「だが、俺がさらに強いだけだ」

「ッ、貴様ぁ!」

「だーっ! やめろっ!」

 

 フィデリタスの声と共に鈍い音が響く。今度は二つだった。

 頭を擦りながらリアンが恨めしそうにトレイトを睨むと、再び目尻に涙を溜めたトレイトも負けじと睨み返す。


「まっはく、ろっちも素直じゃれぇなぁ。もぐもぐ……」

「はぁ~、お前さんはお前さんで相変わらずだな」


 口に食べ物を含みながらそのやり取りを見ていたセリスに、カルフが呆れたように溜め息を吐いた。


「ったく、仲良くしろとは言わんが、今日くらい喧嘩はやめろ。ほら、乾杯するんだろうが」

「~~ッ、隊長に免じてこの場は退いてやろう」

「それはこっちの台詞た」


 差し出した硝子杯グラスをリアンが受け取ると、フィデリタスが皆を温かい目で見つめた。

 これが最後になるとは思っていない。運命を変えると、そうロウへと約束したからだ。

 それでも息子のように思ってきた面々を前に、男の心は少し弱くなっていた。


 誰だってそうだ。死の未来を告げられて、どうして平然としていられようか。

 それでも気丈に振る舞って見せるのは、仮にも最強ホープの称号を持つ男としての意地に他ならない。

 決して、周りを不安にさせるわけにはいかないのだ。

 そしてもう一つ。それは、最前戦をかってでた二人の魔憑の存在だった。


「俺は兄ちゃんと嬢ちゃんに、これ以上重みを背負わせたくない。だから明日の戦い……誰一人死ぬことは許さん」


 皆が真剣な表情で頷くと、互いの硝子杯グラスをそっとぶつけ合った。

 ……が、一つだけ硝子杯グラスではなくからの皿がまじっている。

 その手を辿った先には、真剣な表情を浮かべ続けるセリス。


「貴様! なぜ皿なんだ!」

「え!? い、いや、俺にだけ誰も硝子杯グラスをくれないからですねっ!」

「しまらんねぇ、セリスがいると」


 トレイトに小言を言われるセリス横で、カルフは可笑し気に笑っている。

 呆れたように溜息を吐いたリアンの肩に、苦笑いを浮かべたフィデリタスが太くごつごつとした逞しい手をそっと置いた。


「兄ちゃんを頼むぜ、リアン」

「……無論です」


 その言葉に込められた意味を知りつつ、いや、知っているからこそリアンは一言、そう答えた。





 シンカとカグラ、二人の少女はタキアの傍にいた。というより、捕まっていた。

 飲み物をとって戻る途中、彼女に声をかけられそのまま話し込んでいる。

 他愛ない談笑が続く中、ふと、タキアの声音が少し変わった。

 それはまるでこれが本題だ、といわんばかりに……。


「そういえばシンカさん。明日の戦いをどう思いますか?」

「どう……とは、どういうことですか?」

「ロウさんが一番前に立つことについてです」


 シンカの表情に小さな影が差した。

 そして手にした硝子杯グラスに映る自分の顔を見つめながら、ぽつぽつと言葉を発していく。


「……自分の弱さが憎いです。私がもっと強ければ、並んで戦えるのに、って。ロウさんが傷つくのを見るのは辛いけど……でも、それがより多くを救えるのなら」

「お姉ちゃん……」

「大丈夫よ、カグラ。わかってるから。もう無茶はしないわ。今は頼ってばかりでも、いつか私もあの人を守れるようになってみせるもの」


 心配そうに見上げるカグラの頭をそっと撫でると、シンカは優しく微笑んだ。

 そんな少女を見て、タキアは安堵した。

 新たな作戦を立てる際にロウに経過は聞いていても、やはり直接話して確認したかったのは、やはり心配だったからだろう。

 この少女たちに、ちゃんと頼れる存在ができたことが本当に嬉しかった。


 タキアが優しい瞳で二人の少女を見つめていると、少し離れた位置から騒がしい声が耳へと届いた。


「レシド、キース! あそこに見つけたであります!」

「……煩いよ、ブルン。ちゃんと見えてるから」

「うぉーっ! やっぱタキアさんは最高だぜ。見ろよ、あの優しい微笑みを」

「……わかった、わかった。あ~……もう、レシド。咥え煙草は止めて」

「こっちに気付いて、レシドを見てるであります!」

「くぅ~、女神の微笑みだ。俺はもう、明日死んでも悔いはねぇ!」

「……いや、あれはぞくにいうジト目だから。本当に死なないでよ? あと、もだえないで。ちょっと気持ち悪い」

「キース! それは言い過ぎであります! レシドはただ、命を捧げれるほどに一途なだけであります!」

「あぁ~……はいはい。死んだらタキアさん見れなくなるけどいいの?」

「げっ! そいつは困る。タキアさんを見れないと死んでしまう病なんだ、俺は」

「いやいや……死んだら見れないって話で、死んでしまうのはおかしいでしょ。命何個あるの。はぁ~……早く戻って休みたい……」

 

 近付いて来るでもなく、ただ遠目にタキアを見て騒ぎ立てる三人の男たち。

 呆然とした少女たちがタキアに視線を送ると、彼女は瞑目し、眼鏡の中央を指先で持ち上げながら深い溜息を吐いた。


「……見なかったことにしてください。お願いします」


 切実に懇願するような声に、少女たちはその心中を察するようにそっと小さく頷いた。

 




 祭りのような賑わいは、とても長く続いた。

 明日の戦いに備え、酒は飲めないがそれでもまるで酔っているような高揚感。

 早く眠らなければならないことは、皆重々承知している。その上で馬鹿にみたいに騒いだ。


 きっと寝床についても、すぐに眠れないことがわかっていたからだ。

 堪らない恐怖と不安を抱えながらも、兵たちは笑い、叫び、この夜を楽しんだ。

 もしかしたら最後になるかもしれないこの平和な夜を、それぞれの心の中にそれぞれの想いを抱え、精一杯、馬鹿みたいに……思い残すことのないように。



 そして、それもそろそろお開きとなろうとしていた頃。


「あれ? ロウ君は?」

「シンカちゃんたちと出て行ったよ。最後の確認だとさ」


 キャロが果物を乗せた皿を持ちながら尋ねると、ホーネスは硝子杯グラスを傾けながら答えた。

 すると彼女はその答えに頬を膨らませ、拗ねたように荒々しく椅子へと座る。


「もう少し構ってくれてもいいじゃんね。久し振りだったんだしさ。ねぇ、エヴァ」

「どうして私に言うのかしら。ロウは作戦の要だから仕方ないと思うのだけれど」


 そう言いつつも、その声には微かな不満がちらついて見える。

 

「まぁまぁ、ロウがあんな風なのは今に始まったことじゃねぇだろ。てか、お前らはここにいていいのかよ。別に俺らのことは気にしなくて、二人きりになってもいいんだぜ? なぁ、エヴァ」

「そうね。貴方と二人で残されるのはとても嫌なのだけど、仕方がないわね」

「なぁ……やっぱりエヴァの機嫌が悪いんだが……」

「察してやりなよ」

「別にそういうわけではないのだけれど」

「はいはい。んなことより、俺らに気ぃ遣うのは止めろ。俺たちはこれでいいんだよ」

「幼馴染小隊だもんね」


 ホーネスの言葉にキャロが笑みを浮かべると、ローニーとエヴァもつられて笑みを返した。

 四人は小さい頃からの幼馴染だった。何をするにもどこに行くにも、大抵はいつも一緒。そこにリアンとセリスが加わって、最後にロウを加えた七人。

 それが軍に入る前の学院時代を過ごした仲の良いメンバーだった。


「いよいよ明日……か」


 ポツリと漏らしたローニーの声に、三人の表情に影が落ちる。


「ロウ君はさ……最前戦に立つんだよ、ね」

「これからもきっと、あの人は前に立ち続けるのだと思うわ。……そういう人だもの」

「軍に入っても、二年前からなんも変わらねぇな。俺たち」


 二年前、それはロウがいなくなった時のことだ。そのときの無力さは、リアンとセリスだけでなく、ホーネスたちの胸にも色濃く残っていた。


 ロウは魔憑で戦う力を持っている。しかし、ホーネスたちはなんの力も持たない普通の人間だ。そう言ってしまえばそれまでだが、そう簡単に割り切れるほど、彼らがロウと過ごした時間は、短くとも決して薄いものではなかった。


「ねぇ……ホーネス、ローニー。変なことは考えないでよ? 明日、私とキャロは傍にいないのだから」

「そうだよ。無茶しちゃだめなんだからね? ロウ君との約束は守らないとだよ?」


 エヴァとキャロに言われ、二人は素直に頷いた。

 だが、少女たちにはある確信に近い不安があった。

 この二人は彼らにとって必要な、何よりも大切なそのときが来たら……きっと、と。

 



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