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これは君のパラミシア  作者: 御乃咲 司
第二節『これは救済を願った再会の詩』
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44.咲いた花の名は…


 ――ロウの目覚めは最悪だった。


 悪夢を見て飛び起きた瞬間、走る激痛の中、恐怖と焦燥の余韻が頭の内側にこびり付いている。その悪夢の内容は二つあった。

 一つ目は、リアンがロウの渡した力を使うも、その後もシンカが一人で戦おうとして敗北する。

 二つ目は、その場にロウが助けに入り、同じく一人で戦おうとしたシンカを庇ったロウ自身が重傷を負う。

 一つ目が許容できない以上、とにかくロウはすぐさま行動に移した。


 そして全力で港町ミステルに向かう中、ロウの推測は一つの結論に辿り着いた。

 十日の降魔こうま襲撃でロウが重傷を負い、十三日の戦いに参加できないというのは、正確には間違いだったのだ。それは野盗襲撃の未来が、あまりにも断片的な光景だったために見逃していたことだった。

 だが意識を失って得た、さらに断片的な未来を混ぜ合わせると、一つの答えを導き出すことができる。


 十日の降魔襲撃でロウが重傷を負ったことが、十三日の戦いに参加できない直接的な原因ではなく、正確にはその後に起こる野盗襲撃で、ロウがシンカを庇って負った傷こそが十三日の戦いに参加できない原因だった。


 だからこそ、ロウはミステルに辿り着いたとき、自分の耳を疑った。

 あのシンカがロウの名を呼んだのだ。……助けて、と。そう確かに口にした。

 結果、ロウは無傷でこの野盗襲撃を乗り越えることができた。


 つまりそれは、十三日の戦いに参加できることを意味している。

 だが、なぜそういった未来に変わったのか……ロウの中に答えはなかった。

 なぜならそれは、偶然なのか必然なのかはわからないが、想定外の者(イレギュラー)こそが引き起こしたものだったからだ。


「……そもそもおかしいとは思っていた。魔憑の治癒力は高い。いくら降魔との戦いで重傷を負ったとしても、間に二日も挟めば普通に回復できるはずなんだ」


 そう言って、ロウが意識を失ったあとに得た未来の予測を説明すると、リアンは難しい顔で頷いた。


「なるほどな……。だとしたら、ロウが十三日の戦いを無事迎えられるのは、結果としてはデュランタという女が原因だろう」

「どういうことだ?」


 意識を失った後の経過を知らないロウが辿りつけなかった疑問の答えを、このときのリアンは持ち合わせていた。


「デュランタという女はロウの知っている未来の中では登場しない、完全にイレギュラーな存在だったな? その女のせいで、あの姉妹に十日での一件を知られることになった。つまりその出来事もロウの中ではイレギュラーなわけだ。で、ロウは知らんだろうが、お前が傷ついたのを目の前で見た姉妹の動揺は、今後に大きく影響するものだった。だから俺は立ち直らせるために、お前の部屋を見せた。これについては謝らんといかんな。……すまない」

「いや……それはいいんだが、それで?」


 部屋を見られたことは今となっては問題ではない。あの資料の散乱した汚い部屋を見られたことに、恥ずかしさがないと言えば嘘になるが、それは個人的な些細な問題だ。 


「でだ。立ち直ったのはいいものの、やる気を空回りさせてる状態だったのでな。見るに堪えんものがあったから、少しばかり仕置き(・・・)をした。デュランタが引き起こした、本来有り得ないはずの姉妹の感情の変化が、結果として幸いしたということだな」

「なるほど……つまり、リアンが未来を変えたというわけか。……ありがとう」

「……俺じゃない。あの姉妹がお前の未来も、自分たちの未来も、ミロソギアの未来も変えた。そしてその姉妹の心を動かした原動力はお前だ。俺たちはその背を少し押しただけにすぎん」


 ロウが見た未来の中で、最も最悪と言える未来の道(ルート)が十日の戦いにシンカが参戦することだった。それを回避し、なんとか乗り切ったところに現れた想定外の者(イレギュラー)

 それがなければ十日、ロウが深い傷を負うことはなっただろう。

 だがそれでは、少女たちの心に変化はなく、一人で戦おうとするシンカの行動を改めさせることはできなかった。

 昨日負った傷は、このままいけば明後日の十三日までに完治することができる。

 それは結果として、二人の魔憑が万全の状態で来る戦いに臨めることを意味していた。

 

 しかし、ロウの中に拭えない違和感が残っているのも事実だ。

 一つはデュランタの存在。ロウは夢で見る未来は変動的だが、何も行動に起こさなければ絶対だ。より確率の高いものは鮮明に、低いものはかすんで見える。

 だが、そのどの未来の中にもデュランタという存在は現れなかった。

 だからこその想定外の者(イレギュラー)なのだが……。


 もう一つは、ロウ自身が戸惑うほどの今までに経験のない治癒力だ。

 いくら魔憑の自然治癒力が高いとはいえ、受けた傷を考えれば昨日の今日で、ミソロギアからミステルまでの距離を全力で駆け続けれるほど回復することは、本来なら考えられないものだった。

 痛みを堪え、傷口が開くほど無理をしたのは当然だが、それにしてもだ。

 そんなことを考えていると、セリスの声が耳に届いた。 


「っと……その二人が来たみたいだぜ?」


 ロウがゆっくり体勢を起こすと、二人の少女が一生懸命に走ってる姿が見えた。

 何をそんなに急いでいるのか、三人の元に辿り着いたとき、少女たちの額には汗が浮んでいた。


「そんなに急がなくてもよかったんだぞ?」


 そう言ったロウの言葉を無視して、二人はロウの前にペタンと座り込んだ。

 すると、収納石からあるものを次々と手際よく取り出していく。

 薬、薬草、包帯、水、綺麗な布、などなど。

 それを見た三人は、なるほど、と納得していた。

 シンカとカグラはロウの傷を診るために、町でそれに必要なものを買い集めて来たのだろう。

 唖然をそれを見ていたロウと、顔を上げたシンカの瞳が交わった。


「カグラの力……どうせ使わせてくれないんでしょ?」

「だ、だからせめて、傷の手当てをさせてください。き、傷口……開いてますよね?」

「氷で閉じたから大丈夫だ」

「……お願い」


 一言、短く言ったシンカの声は弱々しく、布を握った手に力が入る。


「わかった……よろしく頼む」


 ロウの言葉に二人の少女が顔を見合わせて微笑むと、二人はロウの傷口を診ていった。服の上からはわからなかったが、開いた傷口からはかなりの血が滲み出た跡がある。

 二人は自分たちの行いを悔いるように顔を歪ませながら、一生懸命にロウの傷口を手当てした。


 手当て中ずっと黙り込んでいた二人は手当てが終り、ロウがお礼の言葉を述べても頷いただけで何も言わずに、淡々と出した物を片付けていく。

 ロウもなんと声をかけたらいいのか戸惑っている中、そんな気まずい空気を見事にぶち壊したのはセリスだった。


「なんかそうやってると恋人みてぇだな」

「なっ!? こ、これはちがっ!」


 笑いながら言ったセリスの言葉に、シンカは顔を真っ赤にしながら否定した。

 カグラの顔はシンカよりも一層赤く染まっている。


「はははっ! でもシンカちゃんでもカグラちゃんでもお似合――イッテ~!」

「からかうな」


 言ったセリスの額に、ロウが鞘の先を軽くぶつけた。


「はぁ……」


 額を抑えてのたうち回るセリスを前に、リアンは呆れた様子で小さく溜息を吐いた。


「いててて……っ」

「軽くこつかれただけで大袈裟な奴だな」

「馬鹿野郎! まじでいてぇんだぞ! その刀、かなり重めぇんじゃねぇのか!?」


 大袈裟だと突っ込むリアンに、セリスは目尻に涙を浮かべながら反論した。

 すると、その発言に興味が沸いたリアンはロウの方へ手を差し出しながら、


「ロウ」

「ん? あぁ」


 セリスの言葉の真意を確かめようと、声をかける。

 ロウは手を差し出したリアンに刀を手渡すと、受け取ったリアンの腕が一瞬ガクッと下がった。予想以上に重かったのだろう。

 純粋な魔憑の腕力の強さを改めて実感すると、悔し気に眉をひそめた。


「くそっ……」


 言って、若干ふて腐れたようにロウに刀を突き返した。

 そんなやりとりを……と、いうよりも刀についた鈴をジッっと見ていたのはシンカだった。


「お姉ちゃん、どうしたの?」

「ん? うぅん、なんでもないわ。そんなに重いのかなってね」


 カグラの問いかけに、誤魔化すように答えると、


「ねぇ……」


 一言、ロウに声をかける。


「ん、どうしたんだ?」

「ずっと……私たちを見ていてくれたの?」

「……どうだろうな」

「森で、降魔を倒して私たちを助けてくれたのもロウさん?」

「どうしてそう思う?」

「あのときも……意識を失う前に鈴の音が聞こえたから……」

「この鈴か?」


 ロウが刀を持ち上げ、鈴を見せる。


 ――リンッ


 響いた鈴の音は何かが詰まったような音で、とても澄んだ綺麗な音とは言い難いものだった。


「……リンッ……ね」

「そういえば、まだちゃんと謝っていなかったな」


 言って、ロウは居住いを正すと二人の少女に頭を下げた。


「すまなかった」


 そんなロウに、カグラは慌てて両手をぶんぶんと横に振り、シンカは悲しそうに俯いた。


「や、止めてください」

「そうよ。貴方がどうして謝るの?」

「……二人が今までにどんな扱いを受けたかくらい……少しはわかってるつもりだ。それを知った上で俺はあの時、二人に冷たい言葉を投げた」


 ロウの唇から漏れた掠れた声。それは軍議でのことを言っているのだろう。

 少女たちの表情が変わる。そして、何かに怯えるように身を竦めた。


 すると両腕を組み、神妙な面持ちを浮かべたセリスは静かに頷いた。


「そうだな……」

「なんだ、珍しく頭が回ってるのか」

「ふっ、リアンはわからないのか? なら、大人しくロウの話を聞こうぜ。一緒にな」

「…………」


 リアンは拳を震わせるも、それをそっと収めて気持ちを落ち着かせるように深く息を吐き出した。

 そんな二人を横目に小さな苦笑を浮かべると、ロウは目の前の少女たちを見つめた。

 細く小さな肩が何かに怯えるように、より一層小さく見える。


「仲間を求めて、知らない過去の世界に来た。親と離れ、頼れるものはなく、それでいて頼みの仲間は見つからない。誰も、未来から来た話なんて信じない。信じるどころか、周囲は二人を笑い飛ばしただろう。馬鹿だと……罵る奴もいたかもしれない」


 ただただ静かにロウの声だけが響き、遠くで作業をしているだろう兵たちの音もこの場には届かない。

 そんな中、ロウはゆっくりと言葉を紡いでいく。


「だから、人を完全に信じることができない。君が言ったように、この過去の世界に来て一度たりとも出会わなかったからだ。二人を信じてくれる人も、助けてくれる人も……だから、失わないために――」

「そうよ」


 顔を伏せたままのシンカの口から、悲しみのこもった掠れた声が割って入る。


「ロウさんの言った通り。でも、それは仕方ないと思うの。こんなにも平和だった過去の世界で、破滅の時が来るなんて考えられない。だから仕方ない。私たちはそう自分に言い聞かせてきたわ。たった二人きりで、誰も味方になってくれくても。お母さんの言っていた人たちならきっと……それだけが頼りだった。そんな中やっと見つけた。そして、力を貸すと言ってくれた。だから私は――」

「失うのが怖かった」

「っ――!」

「辛かったな」


 言ったロウのその声、その瞳は、とても優しいものだった。


「辛くなんてない! こんなの、全然辛くなんてなかったわ!」

「お姉ちゃん……」


 そっと、カグラがシンカに寄り添うように身を預けた。

 その様子を見守るリアンとセリスに哀憐な色が浮かぶものの、何も言葉にすることはなく、そんな中、ロウは道に迷った少女たちへと光を照らす。


「俺にはそんな風には見えない。辛い旅で、やっと信じてくれた仲間を見つけた。それを失いたくないから、守ろうとした。一人で戦おうとした。危険な目に合うことで、みんなが離れて行くんじゃないか――それが怖かったから」

「ちっ、ちがっ……私……私は……ロウさんに……ひどいこと、ばかり……」


 途切れ途切れの言葉を振り絞る。

 そんな姿を見て、ロウが小さく震える少女たちをそっと抱き寄せた。

 ずっと温もりを求めていた少女たちの瞳が見開く。


「……え?」

「あわっ」

「……もう、強がらなくていいんだ。もう、一人で戦う必要もない。二人で抱え込むこともない。一人や二人でできないことは、みんなで立ち向かえばいい。助けてくれと……甘えればいい。ただ、叫べばよかったんだ。二人の本当の胸の内を。君たちが俺たちを守ろうとしてくれるなら……」


 ――俺たちが二人を守るから。


「っ……く」

「うっ……え……ぐ」


 震える小さな二人の体。声にならない微かな声が漏れる。

 二人の少女は必死で涙を堪えていた。


「そうだぜ。今は確かに頼りないかもしれないけど、できることはある」

「あるのか?」


 セリスがにっと笑うと、リアンが冷静に突っ込んだ。


「なにを!」

「やるか?」


 二人がぼこすかと、まるで子供の喧嘩のように取っ組み合いを始めた。

 そんないつものやり取りを見て、敢えて沈んだ空気を振り払おうとした二人に困ったような表情を浮かべると、ロウはシンカとカグラからそっと身を離した。

 そして……


「信じ合える仲間はいいものだぞ?」


 正面から向かい合い、ロウは二人に微笑みかけた。


「……そうね。私もなれるかな? 貴方たちの仲間に……」

「あたりまえだ。だが、そうなると色々と大変だぞ? 覚悟しておけ」


 冗談交じりに言った言葉に、


「望むところよ」

「わ、私もです」


 シンカとカグラはそう言って、とても柔らかい笑顔を見せた。

 

 ずっとずっと暗い()の中に埋もれていた(感情)

 それは温かな()を浴び、優しい(仲間)を得て咲いた(笑顔)


 咲き誇る二輪の花はとても可憐で美しく、そして――……



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