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これは君のパラミシア  作者: 御乃咲 司
第二節『これは救済を願った再会の詩』
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41.共に戦う覚悟


 ロウが倒れる前日の夜、ロウの部屋に三人は集まっていた。

 続く激務で疲労困憊のセリスは、普段なら間違いなくだらけているところだが、今回ばかりは真剣な表情で大人しく座っている。

 お調子者の様子がわかりやすい物差しというのも妙な話だが、それだけ重要な話だということだ。

 

「もっとよ、ハッキリ言ってやればいいんじゃねぇか?」

「言葉で説明して、信じろと言って信じれるほど人間の心は簡単じゃない。上辺だけ信じたように見えても、それはいつか壊れる。これから戦いが激しくなる中、それは命に関わることだ。リアンならよくわかるだろ?」

「確かにな」


 リアンは湯呑を傾けながら、一言頷いた。


 言葉というのは意思疎通するにあたって重要なものだ。

 想いの籠った言葉は、時に人を救い出すことができるし、勇気づけ、一歩を踏み出す為の背中を押す力になることもできる。荒んだ心を癒し、支えてやることもできる心地良い音だ。が、その前提には信頼が不可欠。


 逆に言えば、信頼なくして言葉はただの音でしかない。

 だがそのたかが音は、人を簡単に騙せるし、相手の心を酷く傷つけることもできる。言葉は自分が望めば、幾らでも偽ることができる子供でも扱える凶器だ。

 だからこそ、ロウは言葉は真摯に用いるものだと思っている。


 信頼とは、信頼しよう(・・・)として得れるものではない。

 頭で考えるでなく、自然と信頼してしまっている(・・・・・・)ものだ。

 説得し、それで心を許せるほど人間という心は簡単にはできていない。


「なら、もう少し待ってやればいいんじゃねぇか? 会って間もないんだぜ? それで本当に信頼するのも難しいんじゃねぇえか?」

「確かに、セリスの言う通りだと俺も思うよ」

「だったらなんで……」

「俺たちはいくらでも待てる。向こうが心を開くまで、ずっと待っていられる。だが、敵は待ってくれるのか?」

「……それは」


 言葉を詰まらせたセリスはこのとき、ロウと再会した日のことを思い出した。

 あの日から魔扉は開いていないし、降魔の出現も確認されていない。だから心に少しの余裕ができてしまっていたのは事実だ。

 しかし実際は、ただの嵐の前の静けさに過ぎない。

 その日は刻一刻と迫っているのだ。


「だから、二人が心を開いてくれるまで俺がその時間をつくる」

「確かに明日ロウが動かねぇと、シンカちゃんの命がやばいなら仕方ないと思う。でも、いつ心を開いてくれるかわかんねぇんだぞ? そんなのいつまで続ける気だよ。しかもロウが裏で二人を救っても、二人にはロウの努力がわからねぇしよ」


 確かにセリスの言うことにも一理ある。裏でロウがどれだけ努力しようと、それが伝わらなければ少女たちの本当の信頼を得ることはできないだろう。

 だが、たとえそうだとしても、積もった行動はいつか実を結ぶ。周りが彼女たちの身を案じ、傍に居続け、優しい水を注ぎ続ける限り、いつか信頼の花は咲く。

 だからそのときまで……


「二人の進む道は茨の道だ。俺はまず、その茨を取り除く。歩きやすくなった道の上で、信用してもらえるように努力するだけだ」

「ロウ……」


 辛そうにロウを見るセリスは、何も言えずに小さな音を漏らした。


「心の底から信じられなくてもいい。本当は、利用してくれるだけでいいんだよ。大切な妹を守るために。世界を救う目的のために。なのにあの子は……優しすぎる」

「ロウ……辛くねぇのか?」

「辛くないわけないだろ。それでも、あの二人が死ぬよりは痛くない。そのためには、精神的に追い込む必要がある。それもできるだけ安全状況下でだ。でなければこのままだと、命が幾つあっても足りない。まぁ……そう上手くいくタイミングなんてなかなか来ないだろうけどな」

 

 そう言ったロウの脳裏に浮かんだのは、軍議で同じ言葉を告げられた二人の少女のあまりに悲痛な表情だった。思い出すだけで胸が痛く、苦しい。

 しかし、そこで優しい言葉をかけることは、少女たちのためにはならない。

 彼女たちが優しすぎるからこそ、優しさでは正せないこともある。


「俺が望むものは……たった一言だけだ。それが自分の意思で言える言えないとでは大きく変わる。俺たちは人形じゃない。大切にされることが、傍にいることだけが仲間じゃない。誰かに頼れることも大切なことだ。それが……戦場で仲間になるための覚悟だ」

「…………」


 ただ平和な世界に生きるのなら、仲間という意味も変わってくるだろう。

 傍にいて、些細なことで笑って、泣いて、共に過ごせるだけで深まる絆。

 それはとても素晴らしいことだ。


 だが、少女たちの進む道は過酷な戦場だ。

 戦場での仲間の覚悟。それは共に戦うという覚悟に他ならない。

 それは平和な世界で得る仲間とは、また違う意味を持つものだ。守り、守られ、共に傷つきながらも共に戦う意思。

 それがなければ、本当の意味での仲間には成り得ない。


 一人の死で他の仲間が救えても、残された者の心は救えない。それならば、仲間の全員がたとえ深手を負ったとしても、誰一人欠けない道を探すべきなのだ。


「その一言を言えるまで、どれだけの時間がかかるかはわからない。このままシンカさんが、無事一人で戦い続けることもできるかもしれない。それならそれで構わない」

「で、でもそれじゃロウは――」

「そのときは、俺はずっと影でいいんだよ。感謝されたいわけじゃない。二人に俺が見えなくても……俺は二人の道の先を斬り進む」

 

 セリスの言葉を遮るように言ったロウの声には、確かな覚悟が込められていた。

 いつか優しい少女たちがそれに気付くまで、護り続けるという確かな覚悟が。


「世界を救いたい。だが、誰も仲間は傷つけたくない。そんなのは甘いんだ。世界を救うのに、シンカさんの命一つで救えるほどこの世界は安くはない。シンカさんだって本心では、仲間が全員無傷でこの世界を救えるなんて無理だってわかってるはずだ。本当に世界を救いたいなら……あの二人がそれを心から願うなら、俺はなんだってしてみせる。俺は――あの子たちを救うと、そう決めたんだ」


 決意したロウを変えることができないということを、二人はよく知っている。

 ロウは嘘を吐かない。言葉で言い切った以上、必ずそれを成し続けるのだろう。

 セリスは、わかったよ、と苦笑しながら頷いた。


「けどよ、口ではなんて言っても、俺の目にはロウを信頼してるように映ってるぜ?」

「だから……だろうな」


 今まで黙って聞いていたリアンは、手にした湯呑をそっと床に置いた。


「なんだよ、リアン」

「結局は臆病なんだろう。正面からぶつかるのが怖いんだ。信頼してしまってる自分を認めたくないのも、裏切られた時が怖いからだろう。が、信頼してしまってるからこそ、相手が傷つくことを恐れている。だから一人で戦おうとする」


 呆れたように言ったリアンの言葉に、ロウは同意するように頷いた。

 そしてそれを補足するようにロウは口を開く。


「だがそれはとても危険なことだ。その優しさは結局仲間を傷つける。仲間に傷ついてほしくないのは、誰もが同じだからな。一人で危険に突っ込めば、誰かがそれをフォローする。それをあの子はわかっていない。きっと……何かがあったとき、最初に見捨てられるのは自分だと思ってるんだろう」

「それを直視したくないから、前に出て戦うってか? 裏切られるくらいなら、裏切られる状況を作らなければいいってか? バカだなぁ~、シンカちゃんは……」


 同時に三人の口から漏れたのは、深い溜息だった。

 まるで手の掛かる妹ができたようだ。


「敵との力量を見極め、その状況に置ける最大の力で切り抜ける戦略を考える。たとえ仲間がどれだけ傷ついても、それが結果として多くの仲間を救えるはずだ。仲間を死なせないために、仲間が傷つくことを厭わない。それをわかってくれた時、俺たちは本当の仲間になれると……そう思ってる」

「ロウ、最後に聞かせろ。仮にお前が明日、重傷を負ったとする。なら、ミステルでの件はどうすればいいんだ?」


 ロウは思考した。ミステルでの出来事がすんなり片付くとは思えない。

 しかし、十日に重傷を負ったとすれば、駆け付けることはおそらく難しいだろう。十三日の戦いに参加できない手傷を負って、次の日に動けるはずがないのだから。

 だからロウはこのとき「任せる」と、二人に委ねたのだった。





「仲間が……どうあるべきか」


「妹とずっと共にいたいのならその状況に置ける、最大の力で切り抜ける戦略を考えろ。それが結果として、多くの仲間を救えるはずだ。そう、ロウは言っていた」


 シンカは何も答えなかった。

 ただ、思い詰めるようにずっと地面を見つめている。


「あと、これは本来言うまでもないような簡単なことだが。ロウの言っていた、命が(・・)幾つあっても足りない(・・・・・・・・・・)という言葉の意味を……まさか今も理解していないわけじゃないだろうな? あいつは自分の命大切さにそんな言葉を吐いたんじゃない。あいつの言う命というのは、お前たちのことだ。ロウの行動の中心は――いつもお前たちなんだよ」


 揺れる瞳がゆっくりと見開かれていく。


「私たちの……ために」


 思い返されるのは、冷たい言葉を投げた軍議でのロウの姿だった。

 あのとき、ロウの浮かべた表情はいったいどうだっただろうか。


 ……現実を受け入れろという冷めた声音。

 ……甘い思いは捨てろという冷めた表情。


 だがシンカが走り去る瞬間、その黒い瞳に浮かんでいた色は――


「あぁ~、面白くなると思ったがなんだそれは。訳のわからんことばかり勝手に話しやがって。もういい、飽きた。おい、お前ら。その女はもういらん、殺せ」


 告げられた御頭の冷酷な言葉に、カグラの肩が小さく震えた。

 戸惑いながらも、男たちが静かに携えた剣を抜く。

 擦れる嫌な金属音が静かに響いた。


「すまない……」


 近くにいた男は震える声で、前で俯く少女へと呟いた。

 途端、剣を抜かれたその状況に、セリスは焦るようにシンカへと叫びかけた。


「シンカちゃん! 今までのロウの言葉に嘘はねぇ! あいつは絶対に嘘を吐かない! 本当はシンカちゃんだって、ロウのこととっくに信じてんだろ!? あいつは何があっても裏切らないって、わかってんだろうが! 何があっても見捨てないってわかってんだろ!? だから巻き込みたくねぇんじゃねぇのかよ!」


 あぁ、そうだ……と、シンカは胸の中で納得していた。

 命を懸けたエクスィとの戦い。

 あのときから、シンカはすでにロウのことを信じていた。

 信じてしまっていたのだ。

 いや、思い返せば本当は、それよりももっと前かもしれない。


 信じてないなんて言葉を敢えて(・・・)口にしていたのは、必死に自分へ言い訳をしていただけ。今まで人を信じることをしなかったのに、簡単にロウを信じてしまった自分を認めたくなかっただけだ。


 認めてしまったら、裏切られたときに辛くなる。

 それが嫌で、ずっと逃げていたにすぎない。

 でも、本当はわかっていた。ロウは裏切らない。仲間を見捨てない。

 どんなに危険が迫っても、きっと自分たちを見捨てたりはしない。

 どんな状況に陥っても、真っ先に自分たちを切り捨てたりはしない。


 それでも尚、認めることができなかったのは怖かったからだ。

 ただ、純粋に、自分のために傷つくロウを、これ以上見たくなかった。

 たった数日で何度ロウは傷ついただろうか。

 ここで頼ってしまっては、より一層傷つくことは目に見えている。


 だから、シンカは頼れなかった。

 だから、シンカはその言葉を口にできなかった。


 信じてしまっているのに、それを認めたくなくて、それでも信じてるからこそ傷つけたくない。

 そんな矛盾した心に、その自分でもよくわからない心に……ずっと悩んでいた。


「おい、さっさとやれ」


 セリスの叫びを無視し、男たちに少女を殺すよう命じるが男たちは動かない。

 いや、正確には動けないでいた。剣を持つその手が小刻みに震えている。

 今まで、一度も人を殺したことなどないのだろう。殴る蹴るとは訳が違う。

 平和に守られた中で、人を殺したことがないなど本来は普通のことだ。

 そして人を殺したことのない普通の人間が、人を殺すことに戸惑うこともまた、普通のことだった。

 

「お前ら! 俺の言うことが聞けねぇのか! だったら死ぬはお前らだ」

「ひっ! や、やります!」


 御頭の一喝で、男たちの目の色が変わる。

 死になくなければやるしかない。生きるために、殺るしかないのだ。


「お姉ちゃん!」


 ()を突きつけられても尚、シンカは悩んでいた。

 悲痛なカグラの声を聞いても尚、シンカは戸惑っていた。

 本当に……いいのか。

 この言葉を口にしたら、きっとロウは応えてくれる。


 ――本当に? あの重傷を負った体で?


 有り得ない、来るはずがない。いや、来れるはずがない。

 いくら魔憑の自然治癒力が高いとはいえ、たった一日で動けるようになるほどの傷じゃないはずだ。だから、この言葉を口にしても意味はない。


 来るはずがない。来るはずがないのに……なぜか来てくれる気がする。

 そう、信じられる。感じることができる。

 頭では来れないと理解していても、心の奥底の何かが強く訴えてくる。

 

 むしろ、この状況を変えられるのはきっとロウだけだ。

 一人で戦うなんて、到底無理だとわかっていた。

 一人で皆を守るだなんて、できるわけがないとわかっていた。

 

 事実、ロウがいなければ今までに何度死んだかわからない。

 だが、それを口にしたらもう引き返せない。

 シンカはそっとポーチから大切な御守袋を取り出し、強く握り締めた。


「ん? 神に祈るか? 生きたいと願うか? やっと、俺の女になる気になったか? 魔憑が二人……これで俺の夢もさらに一歩近づくってもんだ! はははははっ!」


 シンカの行動をそう捉えた御頭は急に機嫌が良くなり、大きく高笑いをした。

 やっと堕ちた。やっと手に入った、といわんばかりの笑みを浮かべて。


「……わからない。わからないよ。私は仲間なんて知らないの。今までそんなのいなかったのよ。カグラ以外に信じれる人だっていなかった。誰も助けてなんてくれなかったもの。傍にいてくれるだけでいいの。傷つく姿なんて見たくないの。それじゃ……駄目なの? こんなに苦しいなら……私は……私は仲間なんていらなかった!」


 悲鳴交じりの震える声。

 何かに縋るように俯く姿。

 さらけ出した素直な想い。

 涙は流れていなくとも、きっと心は泣いている。


 そんなシンカを見て、リアンとセリスは微笑んだ。

 そしてリアンの口から漏れた声音は、庭園でロウを追いかけさせた時のような、とても優しい温かな音だった。それはまるで兄が妹へ諭すような、そんな……。


「ロウは俺の恩人だ。大切な仲間だ。それでも降魔やルインとの戦う選択を迫られた時、ロウをつれて行くべきだと言ったのは俺だ。ロウを巻き込もうと決めたのは、この俺だ。恩人を戦禍に巻き込もうとした俺を……酷い男だと思うか?」


 御守袋を握り締め、俯く少女は首をゆっくりと左右に動かした。

 そしてリアンに続いて言ったセリスの言葉は、あの日と同じ言葉だった。


「傍にいて欲しいなら、素直に傍にいてもらえばいいんだよ。傷つくのを見たくないなら、そうならないよう努力したらいいんだ。仲間に遠慮はいらねぇんだぜ? 我儘でいいんだよ。やり方さえ違わなかったらさ」


「……どう……やって?」


「――覚悟を決めろ」



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