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これは君のパラミシア  作者: 御乃咲 司
第二節『これは救済を願った再会の詩』
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39.親切な忠告


「勘違いするな。お前の相手は正真正銘の魔憑まつきだ」


 その言葉に一瞬動きを止めた無防備な御頭の背中を目がけ、飛んでくるのは黒い魔弾。そしてさらにもう一つ。二つ目の魔弾は、セリスの銃弾を避けようと荷車の後ろに隠れる男たちへと飛翔する。


「ちっ! ――ぐあぁぁぁッ!」


 魔力を察知したのか、御頭は振り向きながら咄嗟に隆起させた地面で防御しようと試みるが、間に合わずに魔弾を受け吹き飛ばされる。

 荷車の後ろに隠れていた男たちには反応出来るはずもなく、荷車に当たった魔弾の爆風で軽々と吹き飛ばされた。


「これで後は、貴方一人ね」

「ま、まだ仲間がいやがったのか」


 御頭の目線の先にはシンカの姿。

 頭に手を当て、横に振りながら彼は立ち上がった。直撃はしたものの、覚醒したてとはいえさすが魔憑といったところか。大した傷は負っていないようだ。


「リアンさん、ありがとう。相手は魔憑だったのね。どうしてわかったの?」

「そんなことより、援軍が二十ほど来るようだ。早く片をつけろ」

「そうね。お仲間さんはみんなやられたわよ、まだやるの?」

「当然だ!」


 これ以上の戦いを避けようと試みるも、この御頭がそれを受け入れるはずもない。

 途端、御頭の周囲にさらさらと砂が集まりはじめ、渦を巻くように一つの塊へと収束していく。

 御頭が手を前に突き出すと、できあがった土の魔弾がシンカへと飛翔した。

 が、彼女は慌てることなく黒い渦を作り出すと、飛んできた魔弾を渦の中に取り込む。


「はぁっ!?」


 御頭は驚愕に満ちた表情を浮かべて短い声を上げた。

 瞬間、渦から放たれたのは一際大きくなった土塊。

 間一髪でそれを横っ跳びで躱した御頭は、忌々しげな表情を持ち上げてシンカを睨みつけた。


「貴方の力は私には効かない。まだやるというのなら、次は当てるわ」

「クッ……クククッ。そうか、効かねぇ……効かねぇのか」


 御頭が他の魔憑と出会ったのは当然初めてのことだ。

 土を操ることが露見したわかりやすい御頭の能力に対し、シンカの能力がいったいどういったものであるのか、それがわからないというのはこの上ない不利だといえる。

 それだというのに漏れる不気味な笑い声に、シンカは僅かに眉を寄せた。


「何が可笑しいの?」

「いや? ただ……先に卑怯な手を使ったにはお前らだ。文句言うなよ?」


 ゆっくりと立ち上がりながら、御頭は怪しく口角を持ち上げた。

 瞬間、リアンたちの周りを、地面から突き出た長い柱が取り囲んだ。土で作られた柱と柱の間は狭く、とても抜け出せそうにない。


 リアンが咄嗟に長剣で斬りつけるが、その柱はびくともしなかった。だだ地面の土でできたものならなんとかなっただろう。

 だが、これは魔力の練り込まれた土だ。通常の剣での攻撃ではどうにもならない。


「みんな!」

「おっと、動くなよ?」


 御頭が手を掲げると地面から一際大きい、まるで岩のような塊が削り取られ、リアンたちを取り囲んだ柱の天井を塞ぐように乗せられる。


 そう、魔憑としての戦闘力に関して言えば、シンカの方が圧倒的優位にあったといえるだろう。

 しかし、強者を無力にする方法というのは割と単純だ。

 降魔こうまが使うことのない狡猾な手段を用いる生き物なのだ……人間というのは。

 

「この逃げられない状況で、この塊が落ちたらどうなるだろうな?」

「ッ!」


 シンカは唇を噛み締め、細剣を抜こうとしていた手がその柄を強く握りこむ。

 鞘と剣身がかちかちと小さな音を立てるほど、彼女の手は悔しさに震えていた。


 この十日間、来る運命の日に備えてずっと鍛錬を積み重ねてきた。

 魔憑としての役目を果たす為に。

 未来から来た目的を果たす為に。

 それだというのに、何も変わっていないのは何故だ。

 エクスィと戦った時の悔しさを、どうして今も感じているのだ。

 あの時とは違い、相手は自分より弱いというのにどうして……どうして、自分は何一つ守れないのか。


「そこの二人。剣と銃を捨てな。でないと、すぐにぺしゃんこだぜ?」


 言われるがまま、リアンとセリスは大人しく長剣と銃を地面に投げた。

 脱出不可能な上、いつ頭上の岩が落下してくるかわからない囚われの身。であるにも関わらず、動揺の色をまったく見せない二人に違和感を感じなかったといえば嘘になる。


 事実、御頭は微かな不気味さを感じてはいたが、二人はミソロギアの軍人だ。

 不安を面に出さないだけで、内心では焦っているに違いない。状況は完全にこちらが有利なのだ。そう思うことで、その僅かな違和感を頭の隅へと追いやった。

 そして、敢えて余裕の笑みを浮かべると、


「いい子だ。お前もその剣を捨てな」

「……卑怯ね」

「お前らに言われたくないさ。魔憑の存在を利用して、俺たちを騙しやがって」


 そう言った御頭に、リアンは反論の声を漏らす。


「心外だ。俺は嘘を吐いていない」

「なら、その魔憑の力とやらでそこを脱出してみな」


 御頭の言葉に、リアンは言葉を返さなかった。

 それに対して御頭は心の奥で安堵する。これでリアンたちが魔憑でないことは確定だ、と。


「ほら、できねぇだろ」

「俺の言葉を信じておかないと後悔するぞ? これは親切な忠告だ」


 リアンは静かにそう口にする。

 だが御頭に向けた視線をシンカへとずらしたのは、まるで御頭だけにではなく、彼女に対しての忠告のようでもあった。


「は? どうみても有利なのは俺だ。女、さっさと剣を捨てろ」

「おい、姉。無駄だろうが、一応言っておく。俺たちのことは気にするな、大丈夫だ」

「……どの口が言うのよ」


 リアンの言葉をよそに、シンカの脳裏に過ぎるのはエクスィとの一戦、炎の壁に捕らわれた三人の姿。同時に、シンカは腰に携えた細剣を地面へ投げ捨てた。


 彼女が魔弾で上の岩を砕こうと思えば砕くことは可能だ。だが、先に御頭が岩を落下させるかもしれないし、粉々に砕かない限り下にいるカグラたちにも危険が及ぶことになる。

 絶対的な身の安全を確保できない以上、シンカは御頭の言うことに従うことしかできなかった。


「……馬鹿が」


 呟いたリアンの言葉は少女の耳には届かず、風に乗って静かに消える。

 そのときの彼の瞳には、僅かながらに焦燥の色が浮んでいた。


「さぁ、後は大人しく増援が来るのを待っててもらおうか」


 確信した勝利が生み出した余裕からか、御頭は早々に決着をつけようとはしなかった。

 それは幸いと言えるかもしれないが、だからといって事態が好転するわけでもない。


 ここままではいけない。なんとかしないと。一か八か魔弾で岩を吹き飛ばすか。いや、やはりそれはできない。ならばどうする……。

 シンカは頭の中で、この状況をどう切り抜けるかを必死に考えていた。

 しかし、リアンやセリス、カグラが人質に取られたこの状況。

 今の彼女にはどうすることもできず、良い案は何一つとして浮かばなかった。

 そんな中……


「ふぅ~」


 セリスがまるで一服でもするかのようにその場で腰を下ろすと、リアンもそれに続き、静かにその場に座り込んだ。


「はははっ、観念したのか? 利口なことだな」

「セリスさん! リアンさん!」


 抵抗できないシンカを前に、カグラが冷静になれるわけがない。

 二人に必死の声で呼びかけるが、返って来た言葉にカグラは自分の耳を疑った。


「今はどうしようもない。体力温存しながら考えるのが一番いいだろ?」

「で、でも! 相手が増えたらお姉ちゃんが!」

「心配するな。今は、と言ったはずだ」

「えっ?」


 しばらく、という時間もない内に、遅れて来た御頭の仲間が集まって来る。

 先の子分が言っていた通り、遅れて来たのは二十人程度だった。


「お、御頭!? これはいったいどうなってるんです?」

「運び出す荷物はまだなんですかい?」


 男たちはこの現状に驚いていた。

 周りには気絶した仲間たち。運び出す荷物の準備どころか、町の中へすら入れていない。お頭の能力を知っていれば、当然驚きもするだろう。

 

「思ったよりは早かったな。まぁ、そこの姉ちゃんが見事にやってくれたわけだ」

「女!?」

「どうも魔憑らしいからな。だが、こっちは人質を捕った。その女で好きに遊んでいいぞ。少しいたぶってやれ」


 御頭の言葉に、男たちの視線がシンカへと集まった。

 シンカが静かに息を呑む。掌にはじわりと嫌な汗が滲んでいた。

    

「お、お願いします! やめてください!」

「それはできないな。その女はちとやりすぎた。やれ!」


 カグラが必死の想いで叫ぶものの、その言葉にまったく耳を貸さずに御頭は男たちへと命令を下した。


「し、しかし御頭。女相手にやれと言われましても」

「俺に口答えするのか?」

「あっ、いえ――ぐべっ!」


 御頭の命令に異を述べた男の腹に、地面から勢いよく突き出た柱がめり込む。

 一撃を食らった男はぐりんと目を裏返し、口から泡を吹きながらその場に倒れた。


「俺の命令は絶対。そうだろ?」

「ひっ!」

「も、もちろんです!」


 御頭が周囲の男たちを睨みつけると、男たちは引きつった笑みを浮かべた。

 そして、その命令に大人しく従うしかない男たちに、一人の少女が殴られては蹴られ、振るわれる無慈悲な暴力。

 大の大人の男たちが少女を取り囲んでいたぶるその光景は、見ていて虫唾が走るものだ。


 いくら魔憑が頑丈で、普通の人間の攻撃が大した威力を持たないとはいえ、まったく痛みがないわけではない。当然、痛いものは痛いのだ。

 しかし御頭は口の端を上げ、まるで値踏みするかのような視線をシンカへと送る。


「悲鳴を上げないのか。う~ん、顔は合格、スタイルも合格。強気な女も嫌いじゃない。お前、俺の女になれば許してやるぞ?」

「っ、誰があんたなんか!」

「御頭に生意気な口利くんじゃねぇ!」


 男がシンカの腹を思い切り蹴り上げる。


「――かはっ!」


 少女の顔が苦しそうに歪んだ。たまらず膝を折った少女の髪を、男が掴んで倒すまいと持ち上げる。苦痛に片目を閉じ、眉を寄せ、それでもなおその瞳から鋭さが消えることはなかった。

 しかしそんな姉の姿に、もう一人の少女が耐えられるわけがない。


「お願いです! お願いしますから止めてください!」

「ははっ、いいぞ。お前ら、もういい止めろ」


 カグラの懸命な願いを聞き入れるように、御頭は男たちに止めるよう命じた。

 髪を掴んだ手が離れると、シンカは両膝を地について呼吸を整える。


「このままだと面白みに欠けるよな。いいだろう、チャンスをくれてやる。そこのすでにやる気のねぇ二人を説得してみな。この状況をどうにかできるとは思えねぇが、本当に魔憑ならできるんじゃないか? はははははっ!」 

「っ、リ、リアンさん! セリスさん!」


 なんとかして欲しいという願いを込め、カグラは二人の名を叫んだ。

 本来は丸く愛らしい瞳を悲し気に細め、潤んだ瞳で見つめる少女。

 しかし、それに対しての返答はあまりにも冷めたものだった。


「俺たちにゃ、なんもできねぇよ」



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