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これは君のパラミシア  作者: 御乃咲 司
第二節『これは救済を願った再会の詩』
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37.野盗襲撃


「なに……これ」


 部屋に入って周囲を見渡すと、それは異様な光景だった。

 ロウの性格からはまるで考えられないほど、その部屋は綺麗というにはほど遠いものだったのだ。

 だがゴミ屋敷という汚さではなく、単に多くの資料が詰まれ、多くの紙が散乱している。


 シンカとカグラは詰まれた資料を手に取った。それはミソロギアの軍に所属している兵士の一覧表だった。

 兵士の一人一人に、たとえばどの降魔なら相手にできるのかなどが書き込まれている。降魔相手に戦えそうな兵士には、その降魔に合った訓練内容まで記載されていた。


 他の紙を見てみると、降魔に対する注意点などの詳細な説明やミロソギアの図面、運命の日当日の降魔の規模に合わせた作戦案。

 この膨大な量を仕上げるのに、どれほど苦労したかなど想像もつかないものだった。


 軍議が終わり、今日までの十日間。

 被害を最小限に抑えるための努力を、ロウはずっとしていたのだ。


「軍議があった日の夜、お前たちにこう聞いたな。ロウの言葉と行動は本当に矛盾しているのか、と。……これが答えだ」

 

 ロウと離れてからといもの、二人はずっと何かを振り切るように訓練していた。

 しかし、どれだけ振り切ろうとしても、ずっと振りきれずにいたこと。

 今頃ロウは何をしているのか。

 本当に諦めてしまったのか。

 本当に自分たちと道を違えたから、命欲しさに逃げてしまったのか。

 いくら悩んでも、二人は結局同じ答えに辿り着いていた。

 短い時間のロウの言葉が、微笑みが、温もりが、ロウを信じろと訴えかけていた。


 それでもロウを探さなかった、いや、探せなかったのは真実を知ることを恐れていたからに他ならない。

 ロウと向き合うことを恐れたのだ。

 もし、万が一、ロウがすでにミソロギアを離れていたら……

 もし、万が一、ロウの口から聞きたくない言葉を告げられたら……

 失ったかもしれない仲間を、完全に失うことが怖かった。

 だが、実際はどうだ。

 

「お前たちとロウの道は決して違えてなどいない」


 被害をまったく出さずに乗り切ることができるならそれが一番だ。

 が、現実はそう甘いものではない。

 夢や理想で語るのと、現実を受け入れた上で行動するのとでは大きく違う。本当の意味で被害を最小限にしたければ、まずは厳しい現実を知らねばならない。


「ロウは……不器用なりにもただお前たちの道を照らそうと、少しだけ先を歩いていただけだ」


 リアンの言葉に、何も言葉を返さず力なくへたり込んでいる二人の肩が微かに揺れる。

 戦争も知らず、仲間を知らず、なのに背負うものが大きすぎる二人の歩く茨の道を、ロウはできる限り歩きやすいよう先を照らし、道を整理していたにすぎない。


 姿は見えなくとも、先を照らす温かな明かりを二人は知っていた。

 初めて森で助けてくれたとき、心の涙を拭ってくれたとき、港町での帰魂祭の夜のとき、道中で降魔から庇ってくれたとき。

 進む道先の明かりの下、確かにロウはそこにいたのだ。


「明日の午前七時。俺とセリスは港町ミステルまで警邏に行く。お前たちの力が必要だ。だが、足手纏いになるならいらん。お前たちが今、何をすべきなのか。いや、お前たちが何をしたいのか……よく考えるんだな」


 そう言い残し、静かに離れていく足音。

 シンカとカグラはその場を動けずに、ロウのことを考えていた。

 向けられた微笑みも、手の感触も、今はもう遠い過去のように感じながら。





 翌日、九月十一日、予定の時刻より少し早い頃。

 本来ならミステルまで商業路を使って歩いていけば四日はかかる距離だが、川沿いに整備された軍用通路と馬を利用すれば、昼すぎには辿りつくことができるだろう。

 軍用路とは普段は立ち入り禁止で、軍のみにその使用が許されており、商業路とは違って川はミソロギアとミステルを真っすぐに流れているため、この通路もミステルまでほぼ直通だからだ。

 

 川沿いの駐屯所で待機している馬に乗ったリアンとセリスの元へ、シンカとカグラが現れた。

 目の下には少しだけ隈が出来ていて、とても万全な状態には見えない。

 しかしその瞳は昨晩とは違い、自分のやるべきことを見つけたようだった。

 本来なら喜ぶべきことだろう。

 ロウの言っていた想定外の出来事が起こり、ロウが負傷した上にその姿を二人に見られてしまった。それを立ち直らせるためにロウのことを教えたのだから、立ち直ってくれたことについては問題ない。

 魔憑は十三日に欠かせない戦力なのだ。


 しかし、リアンはこの二人の瞳に、たまらない不安感を覚えていた。

 少女たちの見つけたやるべきこと(・・・・・・)が間違いでないことを祈りつつ、四人は港町ミステルへと出発する。


 ミステルに着いた四人はまず、町長と町の警護に当たっていた数名の兵士へと事情の説明をした。

 野盗の不穏な動きがあると軍に情報が入ったというものだったが、シンカもカグラも特になんの不信感も抱いていないようで、やる気を迸らせている。

 ロウに少しでも報いようと必死なのだろうが、リアンの目には少し力が入り過ぎているように映っていた。


 昼食をご馳走してくれるという言葉に甘え、四人は少し遅い昼食をすませると、近くに張ったミソロギアの避難民のテントなどの場所を移させ、町門の前でじっとそのときを待っていた。


 そして最初に感じたリアンの不安が浮き彫りになるのに、そう時間はかからなかった。



「や、やべっ……」

「セ、セリスさん……」


 セリスがもう一歩も動けないとでも言うかのように、この時期にしては穏やかな日差しの元、だらしなく地面に寝そべっている。

 これにはさすがのカグラも呆れ気味だ。


「た、食べ過ぎた」

「遠慮って言葉、知らないのかしら」

「こ、これでも遠慮したほう……だ」

「全然そうは見えなかったがな」

「あんま固いこと言うなって。なっ?」


 この後には戦闘が控えているかもしれないというのに、相も変わらず軽い調子のセリスに、三人は同時に深い溜息を吐いた。


「なんだよ、三人揃って溜息かよ。わ、わかったよ、腹ごなしに屈伸でもすっか」


 呆れた三人の視線を受け、セリスはその場で屈伸を開始した。

 食べ過ぎを責められたから屈伸というのも理解し難いことだが、何故腹ごなしに屈伸なのかというのもよくわからない。

 セリスらしいといえば、そうなのかもしれないが。

 

「……」

 

 リズムよく屈伸を続けるセリスをよそに、リアンは何かに気付いたように魔石を目の前に持ち、それを通して遠くを見た。

 遠見石と呼ばれるこの魔石は、石を通して見た先を拡大して見ることができる。

 たいした値も張らず長持ちするため、軍に所属する兵士のほとんどが所持しているものだ。


「来たようだな」

「じゃあ、私は隠れるわ。打ち合わせ通りにお願いね」


 シンカの言葉に三人が頷いて返すと、彼女は素早く近くの物陰へと身を潜め、そのままときが経つのを待った。

 打ち合わせ、というのは食事の際に決めた段取りのことで、特に作戦と呼べるものではない。

 現段階で相手の情報は皆無だ。ロウの言うことが本当なら、多くの兵士が命を落とす可能性がある理由は限られてくる。だが確信がない以上、まずは情報を得なければならない。


 シンカが身を隠し、リアンが情報をできるだけ引き出す。そこに魔憑まつきであるシンカが奇襲をかけるというものだが、作戦内容はともかくとして、リアンの不安が浮き彫りになったのはこのときだった。

 あろうことか、シンカは一人で戦うと、そう言ってのけたのだ。

 魔憑であるシンカからすれば、野盗程度問題ないと判断したのだろう。


 だが、ことはそう単純ではない。

 問題は、一人で戦うと決断したシンカの思考そのものだ。

 一人の少女のその優しさが、どれだけ仲間を危険に晒す行為なのか。

 それは決して優しさではない(・・・・・・・)のだと、少女は知らなかった。



 少しすると、近づいて来た集団がリアンたちの前で立ち止まった。

 その数はおよそ二十。何も乗っていない数台の台車を引いているのを見るに、金品や食料を奪うつもりなのだろう。


 先頭を歩いていた小柄な男がリアンたちへと問いかける。


「なんだ、お前たちは」

「そういうお前らは金品に食料が目的か?」


 そう言ったセリスは、相変わらず屈伸を続けていた。


「だからなんだ? てかお前は何やってんだ?」

「見てわかんねぇ? 屈伸だよ、屈伸。食べ過ぎたんだ」

「……馬鹿なのか、おめぇは。そこを退けよ」

「そうはいかんな」  

「その紋章はミソロギアの兵士だな」

「そんなところだ」


 リアンが答えると、大柄な男が見下すように挑発的な台詞を投げかける。

 

「それにしては弱そうじゃねぇか。たった三人。その内の一人は小娘ときた。舐めてんのか?」

「馬鹿かお前は。一番舐めてるのはこいつだ」


 そう言って、呆れたようにリアンが指差したのはセリスだった。

 確かにこの状況でなおも屈伸を続けるセリスの態度は、舐めているとしかいいようがないだろう。呆れも通り越すほどだ。


「なっ!? お前はもう屈伸止めろ! 目障りだ!」

「そうなのか? ふぅ、いい汗かいたぜ」


 小柄の男の叫んだ声に、セリスはキョトンとしながら屈伸を終え、手の甲で汗を拭った。とても清々しい表情を浮かべている。

 屈伸でここまでの表情を浮かべれる男も珍しいだろう。


「この野郎っ」

「そんなことより、お前たちの大将はどいつだ?」


 リアンが問いかけると、髭を生やした大柄な男が前に出てくる。


「俺だ」

「お、御頭っ。御頭の出る幕じゃないですって」

「かまわん。雑魚が内心怯えながらも必死に頑張る姿。健気なことだ」


 止める男の声も聞かずに、顔をニヤつかせながら言った御頭の挑発染みた言葉に意も介さず、リアンは質問を続ける。


「では、貴様が魔憑か?」

「ほう……知ってるのか?」


 リアンの言葉に、大人しく隣に立っていたカグラが驚いたようにリアンを見つめた。

 理由は単純だ。魔憑という存在がそうそういるはずがない。

 しかし軍議の日以降、何度かロウと話し合った結果、その可能性が一番高いであろうことはあらかじめ想定していたリアンは、さらに質問を重ねていく。


「あぁ、どうやってその力を手に入れた?」

「俺は昔から、町でヘラヘラと幸せに暮らす連中が目障りでな。だが連中に一泡吹かせるにも、ミソロギアという後ろ盾が邪魔だった。しかしまぁ人の口に扉は立たねぇ。ミソロギアはもうすぐお終い、だろ? 事を起こすなら今、そう思ったとき、何かが俺に語りかけてきた。そん時は気味が悪かったが、今では賢い選択をしたと自分を褒めてやりたいくらいだ。俺の中のそいつが言うには、魔憑とは真の強者。つまり、上に立つことのできる選ばれし存在ってわけだ」


 顎の髭を撫でながら、御頭が再びあざけるような笑みを浮かべた。


「なるほどな。魔獣は強い意志に反応する。悪しき想いも例外ではないと言っていたロウの話が現実に起こり始めているのか」

「……争いの中には、平和にはない強い意思がある。そ、それじゃあやっぱり、これから先も魔憑は増えるんですね」


 カグラは起こりえる可能性の未来を憂い、悲しそうにその顔を伏せた。 

 しかしそんな事情など、野盗にとってはまったく関係のないことだ。


「何ごちゃごちゃ言ってるんだ? 大人しくそこをどかないと死ぬことになるぞ」


 御頭の言葉に、付き従う五人の男たちが前へ出てくる。

 が、リアンは御頭を見据えたまま、毅然きぜんとした態度で言い放った。


「やってみろ。魔憑三人を相手にできる自信があるならな」


 その瞬間……


「「なんだと!?」」


 御頭とセリスの声が重なり合った。




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