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これは君のパラミシア  作者: 御乃咲 司
第二節『これは救済を願った再会の詩』
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33.想定外の阻礙者


「今の貴女に仲間を名乗る資格はありませんよ、シンカさん……」


 酷く冷めた声音が響いた瞬間、ロウは振り返ると同時にその声の持ち主を取り押さえようとするものの、いとも簡単にそれを躱したその人物は顔は見えないが、声や外見から察するにおそらく女性だろう。

 顔が見えない、というのは、その上半分が白い狐の面に覆われているからだ。

 背は女性にしてはやや高く、薄い金色の長い髪を横で一つに束ねていた。

 そして狐面の女の手の中には、いつの間にか口を塞がれたカグラが捕まっている。

 カグラが必死に抜け出そうともがくものの、女性はびくともしない。

    

「カグラ!」


 叫ぶシンカの隣で、フィデリタスは即座に手を剣にかけ臨戦態勢を取りながら、謎の女性を見据えた。


「私の気配にまったく気が付かなかったのですね。ですが、今の一撃はなかなかと言っていいでしょう。及第点です、ロウさん」

「貴方の知り合いなの? だったら私の可愛い妹は、もっと大切に扱うように言っていれないかしら」


 怒りを押し殺したような声だ。

 ロウの知り合いなら、と感情を抑え込んでいるのは見て取れるが、完全に隠しきれていない。大切な妹の扱いを見れば、それも無理からぬことではあるのだが。

 しかし、その問いに答えたのはロウではなく狐面の女だった。


「いいえ、ロウさんのことは私が一方的に知っているだけです。……と、言いたいところですが私は以前、お二人にお会いしているのですよ?」


 そう言ってロウとシンカを見る狐の目は、何を考えているのかわからない。

 二人にこのような怪しい狐面の女との面識などなかった。それなのに、この女性は会ったことがあると言う。

 二人が過去の記憶を辿っていると、狐面の女は僅かに口角を上げて笑みを浮かべながら声を発した。

 

「なにか、不思議そうな顔をしていますね。答えれる範囲でならお答えします

よ」

「そんなことより先に、カグラを離しなさいよ」

「それはできません。ですが、今は危害を加えるつもりもございませんので、大人しくしていて下さい。私がうっかりこの子を――殺してしまわないように」


 唯一見える口許が緩み、クスッと、可笑しそうに笑う小さな声が零れた。

 怖気の走る言葉にカグラの肩が僅かに揺れ、必死に恐怖を呑み込もうとするものの、小さな身体は奥底から湧き出る震えを堪えきれずにいた。

 

「このっ!」


 明らかな挑発を前に悔しそうに握るシンカの手が怒りで震えている中、ロウはカグラの身の安全を第一に考えると、悩むことなく腰に携えた刀を地面に置いた。


「ロウさん?」

「二人は少し下がってくれないか」

「気をつけろよ。ほら、嬢ちゃんも」


 フィデリタスが半ば無理矢理シンカを引っ張り後ろに後退すると、狐面の女を注視しつつそれを確認したロウが、一つ目の疑問を投げかける。


「……これでいいだろ、抵抗はしない。なぜ、カグラちゃんを狙った」


 その質問に狐面の女がゆっくりと首を横へ傾けると、そこから漏れた声は疑問の色を濃く含んでいた。

 

「不思議ですね」

「何がだ?」

「その質問です。貴方は他に問いたいことがあるはずですが……」


 真剣味の乗ったその音は「違いますか?」と、問うているように聞こえた。


「あぁ、それは否定しない。だが、優先順位の問題だ」

「そうですか。答えは……そうですね。貴方たちの中で、カグラさんが一番狙いやすかった。それだけですよ」


 事もなさげに言った言葉に、次に疑問の色を浮かべたのはロウだった。

 そしてそれはシンカの神経を逆なでするには十分すぎるもので、先の発言と合わさり、彼女の我慢は限界に近づいているように傍にいるフィデリタスには感じられた。


「嬢ちゃん、妙なことは考えるなよ」


 フィデリタスがシンカにそっと呟くものの、彼女にその声は届いていない。

 今にも襲い掛かりそうな勢いで眉を吊り上げながら睨みつける瞳は、まっすぐに狐面の女を捉えたままだ。


 そんな様子を背中に感じながらも、ロウは努めて冷静に問いかける。


「目的はなんだ?」

「それは……そうですね。私の目的は多々ありますが、一言で言うなら」

 

 ――私は貴方たちの歩む運命を許さない。


「私たちの歩む運命を許さないですって?」


 狐面の女の言葉に、シンカは噛み締めた奥歯の隙間から振り絞るような声で問い返した。


「そうです。例えば、導きが見えるカグラさんが今ここで死ねば――貴方たちの運命はどう変わるでしょうか」

「――ッ!」

 

 狐面の女の冷たい声が流れた瞬間、逆上したシンカは細剣に手をかけ、フィデリタスですら止める間もないほどの速度で狐面の女に斬りにかかる。

 が、ロウの横を通過するその刹那――

 ロウはシンカの手を取って足を払い、その場で地面に押し倒した。


「なにすんのよッ!」


 シンカが押さえつけるロウを強く睨みつける。

 悲痛と嚇怒の同居した瞳を受けて尚、ロウはそれに怯むことなく冷静な口調で問いかけた。


「君こそ、何をするつもりだったんだ」

「カグラはやらせない! カグラは何があっても、私が守らないといけないの! 私があの子を守るのよ!」

「いいから少し落ち着け」

「やめて! 離して!」


 暴れるシンカを宥めようとするが、怒りに我を忘れた少女はどうにか抜け出そうともがき続ける。

 そして、そんな彼女の動きを止めさせたのは――


「お……お姉……ちゃん」


 耳へ届いた、弱々しく震える妹の声だった。


 シンカの瞳がロウを挟んで、涙を浮かべたカグラを映し出す。

 そのとき、彼女は手に何かぬめり気のようなものを感じた。

 ロウを引き離そうとして肩を掴んだときの感触。

 それに違和感を覚え、自分の手をそっと覗き込むと、その手は真っ赤に染まっていた。


「落ち着くんだ」

「ロウ……さん……」

「落ち着いたか? そうだ……それでいい」


 そっと離れたロウの赤く染まった肩から視線を逸らせず、シンカは微かに揺れる瞳でその傷口を見つめていた。


「ふふ、よかったですね。ロウさんが庇わなければ、今頃貴女はどうなっていたでしょうか。きっと今回可能性の高かった運命通りに、貴女は……ねぇ? ……シンカさん」


 狐面の女の言葉はシンカの耳に果たして届いたのか。

 シンカのロウを見つめる顔から血の気が引き、可哀相なほどに蒼白に染まっていく。

 それはまるで――また自分のせいでこうなった、と自分を責めているかのようだった。

 そんな少女と比べるように、狐面の女はフィデリタスへと視線を送ると、


「あなたは意外と冷静なのですね、フィデリタス・ジェールトバー」

「そりゃ、俺は兄ちゃんを信じてるからよ」

「その目に嘘はないようです。ふふっ、貴方のほうが余程ロウさんのお仲間に相応しいですね。シンカさん、貴女もそう思いませんか?」

 

 狐面の女に、シンカは何も言い返せないでいた。

 なぜならこのとき、ふと妙に納得できてしまっていたのだ。

 こんな自分なんかより、と。

 

「……変な挑発はそろそろやめにしないか?」


 ロウは立ち上がると、狐面の女の方へと振り返り苦笑した。

 その場にへたり込んだままのシンカは、うつろな瞳でロウを見上げている。


「君はここの誰よりも強い。おそらく、俺たちが全員でかかっても君には敵わないだろう」


 誰に気付かれることもなく完全に気配を殺して近づいた。それだけでも彼女の力量はうかがえるが、ロウの肩に傷を負わせた鋭利な魔力の刃が示すところは一つしかないだろう。彼女も魔憑まつきである、ということだ。


「だとしたら、浮かぶ疑問は一つだ」

「なんでしょうか?」

「カグラちゃんを、人質にとる理由がない」

「……なるほど」

「そこでだ。そろそろ本題に入らないか?」

「私はそのつもりですよ」


 言って、狐面の女はその手からあっさりとカグラを解放した。


「カグラ!」

「お姉ちゃん!」


 勢いよくシンカの胸に飛び込んだカグラはその胸に顔を埋め、温もりを求めるように抱きしめる。

 シンカは何度も何度も、よかった、と繰り返しながら小さな体を抱き返した。

 

「あ、あのっ、ロウさん……」

「かすり傷だ。心配ない」


 振り返り、ロウを心配するような視線を向けるカグラに対し、ロウは心配させまいと少し微笑んでみせた。

 そして改めて気を引き締めながら、狐面の女に話の先を促すように体ごと向き直ると、彼女は口許を僅かに緩めながら口を開く。


「私は最初から、目的のために動いています。無駄なことなど一つもなく、全てに意味はあります。そう――貴方と同じですよ、ロウさん」

「それを知って俺の邪魔をしたのか。嫌がらせにもほどがあるんじゃないか?」

「ふふっ、それはどういう意味でしょうか?」

「君なんだろ? 君が……二人をここに招いた」

「……」

 

 降魔との激しい戦闘が終わり、その後シンカとカグラが現れたことにロウが驚いたのには理由がある。ロウがホーネスたちをすぐに助けられなかった理由は単純なもので、魔扉リムからミソロギアまでの距離だった。


 魔扉が開いた地点で激しい戦闘をすれば、シンカかカグラのどちらかがそれに気付く可能性がある。

 しかし、あの場で全てを救う(・・・・・・・・・)には、絶対に気付かれてはいけなかった。だからこそ、その感知できる範囲の外で戦う必要があったのだ。


 それなのにシンカとカグラが現れたのだから、当然驚きもするだろう。なぜ感知することができたのか最初はわからなかったが、今のロウは確信していた。

 狐面の女が二人の感知できる範囲内で魔力を使い、ここまで誘導したのだ。シンカが感じた大きな魔力とは、間違いなく彼女のものだろう。

 戦闘に集中していたロウがそれに気付く余裕がなかったのは無理もないが、仮に気付けていたとしても、あの状況ではどうすることもできなかった。


 悔やむ気持ちはあるものの、今更それを言ったところで結果は変わらない。

 なぜ狐面の女がそうしたのかまではわからなかったが、シンカとカグラがここにいるというのはロウにとって大きな誤算であり、本当の目的であるそれまでの努力を無に帰す可能性であることに相違なかった。


「あ、あの……いったいなんの話をしてるんですか?」


 カグラの小さな声がロウの背中にかかるものの、ロウはそれに答えるわけにはいかず、狐面の女に視線を向けたまま問いかける。


「君は敵なのか味方なのか……どっちだ?」

「どちらだと思いますか?」

「ルインが現れたときに助けて貰ったことには感謝している。だが、どうしても君の目的が俺には見えない」


 ロウの言葉に、二人の少女はようやく仮面の女の正体に辿り着く。

 確かに、狐面の女の言った通り二人は目の前の彼女に一度出会っていた。

 すぐにわからなかったのは当然だった。

 一度目に出会ったあのとき、狐面の女はエヴァの中にいたのだから。


「いつ、気付いたのですか?」

「私は貴方たちの歩む運命を許さない、だったな」


 その言葉に狐面の女は挑発するような笑みを浮かべ、


「そうですか。でしたら貴方の質問の答えは出ているではありませんか。私が敵か、味方か。それは……貴方の歩む運命次第、ですよ」

「で……今はどうなんだ?」

「ふふっ、大人しくカグラさんの治療を受けたらどうですか?」

「それは今関係ないだろ」


 それ以上の言及を避けるように眉を寄せ、ロウが口を開くも、狐面の女はそれに意を介すこともなく言葉を重ねていく。


「関係なら大いにあります。貴方の魔力はほぼ枯渇こかつし、体は悲鳴を上げているはず。なのに気丈に振る舞うのはさすがですが、その体は……三日後にはきちんと万全でいられるのですか? このままシンカさんたちといれば、後悔に苦しみながら死ぬことになりますよ?」


 瞬間、二人の少女は頭を鈍器で殴られたような鈍い衝撃を受けた。


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