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これは君のパラミシア  作者: 御乃咲 司
第二節『これは救済を願った再会の詩』
33/323

31.第一の分岐地点


 ――九月十日十三時。

 運命の日まで残すところ三日となったが、その日を迎えるための準備は順調に進んでいた。休む暇がないほどの忙しさは相変わらずだが、それでも大きなトラブルがないだけましだろう。

 民間人の避難もそのほとんどを終えて残り僅かとなり、ミソロギアはいつもと違う景色を見せていた。


 門付近には大砲や大型弩弓バリスタを積んだ戦闘車チャリオットが展開し、簡易型の武器倉庫が建てられ、門の内側に張った天幕テントの中にはたくさんの医療薬と寝台ベッドが置かれている。

 流れる川はすでに軍艦によって封鎖され、ミステルからの物資の運搬はすぐ傍に伸びる整備された軍用路を使って行われている。


 そんな光景をミソロギアを囲う防壁の上から、駒戦チェスを指しながら眺めているのはロウとフィデリタスだ。

 ロウの傍には、駒戦チェスが始まるまでつけていた手帳が置かれている。


「……本当にやるんだな?」


 言って、フィデリタスは黒の騎兵ナイトを前へと動かした。


「万が一のときは頼む」


 それに対し、ロウは動かした白の女王クイーンで別の黒の騎兵ナイトを落とす。駒の数はほぼ同じだが、駒戦チェスを嗜む者から見れば、戦況はどう見てもフィデリタスが劣勢だといえるだろう。


「なぁ、兄ちゃん……俺はこのミロソギアが好きだ」

「どうしたんだ、いきなり」

「はははっ、万が一があれば最後になるかもしれんだろ?」


 冗談交じりに笑いながら、フィデリタスが黒の騎兵ナイトで白の騎兵ナイトを落とし返すと、


「不吉なことを言わないでくれ。……チェック」


 ロウは女王クイーンを横へと詰めた。


「最初に言ったのは兄ちゃんだぞ?」

「それもそうだ」


 逃げる黒の王駒キングへ白の王駒キングをロウが寄せるとここで終局チェックメイトだ。

 互いに自嘲するように苦笑すると、温かみが消え、冷たくなったミソロギアを見据えた。

 


「俺には嫁も子供もいないが、一つだけ心残りがあってな。俺んとこの第二小隊のカルフ。あいつは俺の子供みたいなもんなんだが、平凡な男だ。剣の才能も特にあるわけじゃないし、かといって何かに秀でているわけでもない。だが、俺はあいつの努力を知ってる。努力で成り上がってきた男だ」

「……」


「だが俺のことを気にしてか、あいつは唯一の取柄であるそれをいつからかしなくなった。俺が一番であるべきだと信じ込み、第二小隊長の座に満足し、俺を超えようと努力することをせん。だからこそ俺がいなくなった時、この軍を引っ張ってくのはあいつだと思ってる。俺とは違う持ち味で、いつかあいつは俺を超えてくれるだろう」

「どうして俺に?」


 ロウがフィデリタスへ視線を送りながら問いかけると、彼はその瞳を真っすぐに見据えながら言葉を重ねていく。


「兄ちゃんもいろいろ話してくれたろ。それに、俺がいなくなればきっとあいつは一人じゃ立てんだろうから……兄ちゃんに言っときたくてな」

「俺に……そんな役は不向きだ。それに俺が生き残れるとは限らない」


 フィデリタスの言葉一つ一つに乗った想いの意味がわかるだけに、ロウは半ば逃げるように視線を前へと戻した。


「そうか? 俺は兄ちゃんをやれる男だと思ってるぞ。大丈夫、兄ちゃんは死なねぇさ」

「……」


 何も答えないロウの横顔は、何かを思い詰めるようだった。

 すると、フィデリタスの口から出たのは、この沈んだ雰囲気を吹き飛ばすほどの大袈裟で明るい声だ。


「あとよ、心配っていえばトレイトの奴だな。あいつは変にプライドが高いというか、馬鹿というか、すぐに思ったことをそのまま口にしちまうからな。俺の部隊にはそんな奴が多くてなぁ。ちゃんと指導できん俺がいかんのだろうが……本当はいい奴らなんだ」

「知ってるさ……楽しい酒だった。約束はできないが、俺は俺の最善を尽くす」

「ありがとよ、兄ちゃん」

 

 フィデリタスが軽く微笑むと、終局した駒戦チェス盤を片付け始めた。


(……ん?)


 盤面の決着はついているというのに、ロウは駒戦チェス盤を片付け始めたフィデリタスを不思議そうに見つめている。

 終局チェックメイトをかけたのはロウの方だというのに、ロウ自身まだ決着がついていないと思っているかのような、少し不服そうな色をその瞳に浮かべていた。


 そんな中、視界の端に正門から数々の馬車が移動していくのが見えた。

 避難する民間人の乗った馬車だ。

 それを警護しているのは都市保安部隊所属第四小隊、ホーネスの部隊だった。


「いよいよだな」

手筈通てはずどおりに頼む」


 ロウはそう言うと、横に置いていた手帳を収納石へと手早く仕舞い込み、高い防壁から飛び降りてそのまま馬車を追いかけていった。


「……頑張れよ、兄ちゃん。さてと、俺も行かんとな」





 ホーネスたちが避難する民間人を警護して他の町まで送り届けるのは、なにもこれが初めてというわけではない。

 軍議が終わった次の日、突然告げられた上からの通達に他小隊の動揺は隠し切れないものがあった。

 だがリアンたちと付き合いも長く、過去に同じ景色を見てきたホーネスたち、ましてや実際降魔と対面しているエヴァに動揺はなく、いち早く行動にあたることができていた。


 不安がないわけではない。むしろ、十三日に近づくにつれ、不安と恐怖は消え去るどころが激しく渦巻く一方だ。

 それでも四人が戦うことを決めたのは、氷の魔憑の存在だった。


「ねぇねぇホーネス。氷の魔憑のこと、いつになったらリアンに聞いてくれるの?」

「そうだぜ、隊長のくせによぉ~」

「リアンもセリスも忙しくて全然顔を見てないんだ。俺だってお前らと一緒で、ミソロギアを離れてることが多いんだからわかれよ。てか、この件に隊長は関係ないだろ」


 キャロとローニーが頬を膨らませながら言った言葉に、ホーネスは呆れた顔で答える。

 すると、そこに冷たい言葉を浴びせたのはエヴァだった。


「仕事を言い訳にする男は駄目よ。ローニーはどうでもいいけれど、妻の些細な願いも聞いてあげられないのはよくないと思うのだけれど」


 元々逆蒲鉾(かまぼこ)に近い目もあってか、彼女のじっとりと視線は責められている感がすさまじい。

 とはいえ、今回ばかりはホーネスにとっても責められる謂われはない。

 なんだかんだと結局は、一番自分が早く知りたいから拗ねているだけだ。

 それが分からない程の短い付き合いではない。


「お前な……そんなに気になるなら自分で聞きに行けよ。そもそもまだ結婚してないんだから妻って言い方は……そのっ、あれだろ」

「あっ、ひっどーい! ホーネスのバカ!」

「キャロの言う通りだな。今のはねぇわ」

「最低」

「……ぐっ。わ、悪かったよ」


 照れ隠しに言った言葉でこうも三人から責められと思わなかったホーネスは、素直に謝ると気持ちを入れ替えて周囲を警戒した。


「俺たちが警護するのはこれが最後の便だ。最後まで気を抜かないようにな」

「わかってるって。それより、これが終わったら少しは時間できんだろ? ちゃんとリアンに聞いとけよ」

「あぁ、約束す――いたっ。どうしたキャロ? 急に立ち止まって」


 前を歩くキャロにぶつかったホーネスが、背の低いキャロを半ば見下ろす形で見たその表情は、尋常じゃないくらいに蒼白に染まっていた。

 小さな肩が、唇が、小刻みに震えている。


「ねぇ……あれ、なに……かな?」


 キャロがゆっくりと震える指先を伸ばした先、少し距離の離れた中空にあるのは禍々しい小さな紫黒色をした空間だった。

 

グリム……ゲート

「嘘だろ……な、なんでだよ。魔門ゲートが開くのは十三日じゃなかったのかよ!」


 呟いたエヴァの声に、ローニーが声を荒げる。

 中からバロン級が一体顔見せた瞬間、周囲から響く数々の悲鳴。

 誰もが歯を鳴らしながら、恐怖に引きつる蒼ざめた顔で震えている。

 だがその中で一人、エヴァは早鐘の如く鳴る心臓をぎゅっと押さえつけ叫んだ。


「ホーネス、キャロ、ローニー! 何をしてるの! 早く逃げるのよ!」


「ッ! 皆さん、落ち着いて下さい! 距離は十分あります!」

「みんな、荷物は諦めて! あの降魔は動きが鈍いんだよ! 心配しないで!」


 エヴァの言葉を受け、我に返った三人の行動は迅速だった。

 ホーネスとキャロが指示を出して民間人を誘導する中、ローニーは列の後方へと走り、そちらの誘導をしていく。


 だが魔扉リムはしだいにその大きさを増し、全員が馬車から降りて駆け出すのと同時に、獲物を捉えたバロン級の降魔たちが一斉に向かってきた。

 一体、二体程度ならなんとか戦ってみせると思っていたホーネスたちを裏切るように、次々に現れるその数はとても対処できるものではなかった。


 事前に配られていた資料にあった通り、バロン級の足は遅い。数が多くともこれならなんとか逃げ切れると思いながらホーネスたちが振り返った瞬間、爪先から背筋、うなじに至るまでの肌が激しく粟立つ。


 魔扉リムから現れたのは新たな降魔。その特徴からはナイト級と推測できた。

 飛び出したナイト級の足は速く、凄まじい勢いでホーネスたちとの距離を縮めてくる。

 そんな光景を、少し離れた位置から見ていたのはロウだった。


「っ、まだだ……もう少し」



 ナイト級がバロン級を追い越し、さらにさらにと距離を縮める中、ホーネスたちの胸中に渦巻く葛藤は計り知れないものがあったが、いつまでも悩んでいるわけにはいかなかった。


「俺が足止めする。お前たちはこのまま行け」

「ホーネス、なに言ってるの!?」

「そうだぜ、お前はまだ死ねねぇだろ。残るなら身軽な俺だっての」

「そういう問題じゃないだろ。俺はこの部隊の隊長なんだよ」

「意味わかんない! だめだよそんなの!」

「そうね……キャロの言う通りよ。私が残る」


 言った瞬間、エヴァがその足を止める。慌てて止まった三人が振り返ると、エヴァのまっすぐな瞳が三人を見据えていた。

 そんな彼女を前に、キャロの口から震えた声が零れ落ちる。


「エ、エヴァ? 冗談やめようよ。い、一緒に逃げよ、ね?」

「私はあのとき死ぬはずだった」

「そんなの関係ないよ! だってエヴァまだ会ってないじゃない! なんのために軍に入ったの!? 生きないと……生きていないともう一度会えないんだよ!?」

「……確かにキャロの言う通り。でもね、軍に入ったのはそれだけじゃないわ。守りたかったの、あの人みたいに」


 エヴァがそっと視線を向けた先には、逃げていく大勢の民間人の背中。


「だから……私に残らせて。ここで誰かを犠牲にしたらどの道、私はあの人に会わす顔がない」

「それをいうなら、俺もだぜ。俺も一緒にのこ――」


 ローニーの声を掻き消すように響く悲鳴は、後ろから聞こえてきた。

 振り返ると、逃げていたはずの民間人がその場に留まっている。

 原因はその先……新たに開いた魔扉リム

 

 それを確認した瞬間、四人は駆け出していた。


 身体は勝手に動き出し、頭の中はすでにまともではない。

 後ろから迫る降魔はそこまで来ている。

 さらに、前に見える二つ目の魔扉から顔を覗かせているのはカウント級の降魔。

 絶体絶命ともいえる状況の中、導き出せる正解などなかった。


 それでも諦めるわけにはいかない。生きることも、そして守ることも。

 無我夢中で民間人の傍まで四人が駆けつけた瞬間、四人を含む大勢の民間人を何かが包み込むように覆った。


「なんなんだ?」

「……これは……氷?」


 それは半球状の氷の壁だった。

 追い付いて来たナイト級降魔が氷に触れようとした瞬間、白銀の閃光が走り、その姿が紫黒の霧となって消滅する。

 すかさず次の降魔へと狙いを定め、襲い掛かるナイト級を手にした氷刃で次々に消滅させていく一人の男。

 

 その黒い背中には――確かに見覚えがあった。



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