5話 成長促進
「ぶっひゃあああああああっ!! 殺されるーーっ!!」
「いや、殺しませんて。」
尻もちをつく俺を尻目に平然と歩みを進める神官長。
よくよく見ればアリの横に武装していない一般人もいた。
「で、でも、こんな巨大な……」
「いやぁ~よく育ってますなぁ。これだけ立派なら、なんでもできますな。」
「ずっとウチの農作業手伝わせとりますよ。まぁよく育ちましたわ自慢のアントラですわ。」
平気な顔で近づきポンポンと大アリの頭を叩く神官長。そのまま隣にいた一般人と話をしている。
「えぇえ……」
顔が引きつるのを隠し切れないが、様子を見ている限りは襲われることは無さそうに見える。
万が一襲われても神官長が犠牲になる方が早い。
立ち上がり尻を払って気が付く。
『よく育ってますなぁ』『よく育ちましたわ』
怖気を感じながら前に目を向けると神官長と目が合う。
「まさか……」
「ほっほっほ。この国……いえ、この世界では魔物を使役して使っております。
その用途は農作業、運搬、狩猟、生産、時には家畜として。そしてもちろん戦いにも使います。
使役された魔物や使役可能な魔物は『魔獣』と呼ばれ、この魔獣は使役者――飼い主の飼い方によって成長が違います。ヒデアキ殿の『成長促進』はコレじゃないかと思いましての。」
わなわなと震えの止まらない手をアリに向ける。
「……こ、これを? 飼う?」
「おぉ? コレはウチの大事なアントラだ。いくら勇者様でも渡せねぇよ。」
「ほっほっほ。これは使役した魔物が成長した姿です。
主人よ。この大きさに育つまでどれほどの時間がかかったのかな?」
「んだなぁ……野生のアントラ捕まえるなんて俺にやぁできねぇから、アントからの進化待ったんだけど、ざっと2年くらいはかかってるかなぁ。」
「ほほう。それはまぁ立派なことだ。今日はありがとう。」
「ん。じゃあ作業に戻るぞアントラ!」
まるでトラクターにでも乗り込むかのようにヒョイと大アリにまたがる一般人。
そしてカサカサと動き出ていった。
俺は口を開けて見送る事しかできない。
「反応から見るにヒデアキ殿の世界では魔獣はおられませなんだかな?」
「おりませんおりません!!」
パニックのあまり変な返答をしてしまう。
「いや、っていうか! あんなバケモノみたいなヤツいませんよっ!
ゾウとかキリンとかでかい生き物はいても、あんなクソでかい昆虫なんて見たことない!」
「それはなんとも不便な世界ですなぁ。」
「いやいや! 俺はもう完全に帰りたくて仕方なくなってますよ! お願い元の世界に返して!」
「まぁまぁそんなことをおっしゃらずに。小さいアントであればおおよそヒデアキ殿も使役が可能かと思いますので使ってみてください。小さいアントはなかなか可愛げがありますよ? おーい!」
神官長が手を鳴らすと一般兵が入ってきた。
30cmくらいの大きさのアリを連れて。
「ぶひゃあああああっ! 小さくねぇ! キモチわるいぃぃっっ!」
--*--*--
この世界ではモンスターが存在するのだが、その中で使役可能なモンスターは魔獣として有効に活用されている。
そしてその使役には魔力が使われ魔力で魔獣とのつながりを作り自分の思うように動かすのだそうだ。といっても思うままに操作できるかというとそうではなく魔獣も生き物として存在しており自我を持っている。その為さっきのアントラ乗りも乗馬のような双方の慣れが必要らしい。
そして重要なポイントだが、『アント』が成長して『アントラ』となったということ。
魔獣は成長するのだ。
もちろん野生で成長したアントラも存在する。だが野生のアントラとなるともう『個』として立派に成長している為、使役できるつながりを作りにくく特殊な状況下でない限り使役することは難しいらしい。
神官長は俺の能力の『成長促進』はおおよそ魔獣の成長に関わるものに違いないと当たりをつけ、俺に実際に魔獣を飼育させて成長度合いを調べるつもり。という事だ。
「いやだぁあああ!」
「まぁまぁ慣れるとかわいいですから。ちょっと2~3日試してみると思って。
ほれ、みんな勇者殿を押さえろ! さっさと使役させちゃおう!」
「あぁあ! アリって微妙にツルツルしてるー!」
こうして俺はアントの使役をさせられることになった。
使役はどうやら使役者が魔獣に直接魔力を流し込んで『主人だ』と認識させるような形らしく最初に触れて魔力を流す必要があった。 俺は興奮していたせいで、触れた時に魔力をかなり流し込んでしまったらしい。
結果。アントはちょこちょこと俺の後ろをついてくる程に懐いてしまっている。
どこへ行っても30cm大アリが付いてくるのだ。
飯を食ってても監視されているようにじっと近くで見守り、トイレで邪魔なので追い出せばドアをカリカリとひっかく音が聞こえ、諦めて横になればピッタリと寄り添ってくる。
諦めて寝てみると足元でこっそり触れる距離を保ったり、目を覚ますと超至近距離で俺の寝顔を見ていたりする。
「勘弁してくれ……なんで犬猫じゃなくてアリなんだよ……」
陰鬱な気持ちになりながらも、あっという間に3日の時が流れた。
「よーし! アント取ってこーい!」
残飯の骨を投げるとカサカサと飛びつき、すぐに取って戻るアント。
「よーしよしよしよしぃ! ぐっぼーい! ぐっぼーい! いい子だぞー!」
慣れた。




