1話 光のマンホール
「は、はふっ! ほふっ、んぐ。」
熱々の揚げたてロースカツに、たらりとソースを垂らして頬張り、口を盛大に動かして熱を逃しつつ肉と油の熱さ、そしてサクサクの衣の食感を楽しむ。
ザクザクと噛みしめ肉の食感が小さくなると同時に、ぐぁばっ! と白飯を多く掴んで1度、2度と口内に放り込む。
「かーっ! やっぱカツは最高だぜっ!」
「……暑苦しい…汗ふけよ。
おでこもいつも以上にテッカテカになってるつーの。」
対面に座っている細身の男が、オクラ納豆と赤身の刺身、とろろと麦飯、おしんこのセットをつまみながら反応を返してくる。
細身の男の言葉を受けて額の汗を拭い、コップの水で、ゴっゴっと喉を鳴らす。
「ぷふぁ~。まったく亮さんは、いつでも上品ぶってて参るねぇ。」
「へぇへぇ。英明さんも、いつも暑苦しくて参るねぇ。」
お互いに減らず口を叩きつつ、箸を進める。
「そういえば亮よぉ、お願いしてた案件って進捗どうなのよ?」
「アレか? 今のところ進捗に問題は無い。多分予定よりも前倒して渡せると思うぞ。」
「おっ、マジか! こりゃあ先方にいい報告できそうだな。サンキュ。」
「なぁにビール1杯で構わんよ。」
「集んな。俺が貧乏だって知ってるだろ?」
「さて? 知らんなぁ?」
軽く鼻を鳴らすリョウと、口角を上げる俺。
俺の名は、山岸 英明。面と向かって胡散臭い男が川上 亮。
同僚として同じ時期に会社に勤め始め、俺は営業として外を中心、リョウはデスクワークを中心にしている。なんとなく気が合い、もう5年来の付き合いになる。お互い寂しい独身街道を走り抜け中の身だが、気安く減らず口を叩ける仲間がいるのは有難い。
「あ~……食った食った~!
やっぱガッツリ肉食ってこその昼ランチだよなー。」
「んなもんばっか食ってるからテッカテカのデコを光らせる事になるんだよ。
油ばっかりじゃなくて、もっと体の事を考えて飯食えよ。」
腹を叩き満足さを感じている俺に対して、溜め息まじりに小言を呟くリョウ。
「ふっふっふ。甘いなぁ。
『マズイ!』と思うメシを食うより『ウマイ!』と心から言える飯を食う方が、よっぽど身体にいいとは思わんのかね? ん? ん?」
「その結果が、そのメタボ丸出しな腹なワケだ。」
会社に向けて足を進めつつ、もう一度腹を叩く。
「贅沢と感動の塊りだな。うむ。
まったく、ヒョロヒョロしたヤツは良いよな『食っても太らないんですー』ってか? んなもん食ってねェンだよ! 俺くらいにガッツリ食ってから『食った』って言えよ!」
「食っても太らないとか言った事ねぇだろが……単に暴飲暴食しない節度ある生活をしているだけ。欲望のまま不摂生でデブったヤツが偉そうにしてるんじゃないってーの。」
「ん。正直スマン。でもウマイもの食いたいんやー俺は。」
「さよか。」
「脂! 塩分! 砂糖! コレが沢山入ってる物はマズイ訳がない!
……あ~、なんか腹ごなしにドーナツとか食いたくなってきた。」
「腹ごなしに食うな――」
リョウの言葉が不自然に止まり不思議に思って歩いているはずの隣を見ると、少し後ろで立ち止まっている。しかもリョウの足元で何かが小さな光を放っていた。
「おっ?」
俺も立ち止まり、リョウの真下で光っている光を見る。
リョウはといえば、自分を中心にして真下から放たれている光を不審がって移動しようと足を動かそうとした。その時。
「うぉ――」
リョウの動きに反応したのか光は一気にマンホール程の大きさに広がり、地面を踏みしめようとしたリョウの足は光の中に滑り落ちるように沈み、そしてそのまま一気にリョウは光の中に落ちていった。
「え?」
突然の出来事。
呆気にとられている内にリョウを飲みこんだ光は綺麗さっぱり消える。
「え? ……リョ…ウ?
あれ? どこ行っ――」
そこまで言って、気が付く。
俺の真下にも光の点があった。
「あっ。」
気が付くと同時に光の点は一瞬の内にマンホール程の大きさに広がり、そして俺も一切の抵抗叶わずリョウが落ちたのと同じように光のマンホールに飲み込まれていた。
--*--*--
「うぉああぁああぁーーーっ!!」
宇宙空間のような景色。目の前を台風の時の雲の流れを百倍にしたような速さで流れていくオーロラのようなモヤ。まるでウォータースライダーに流されるように落ち続ける自分の身体。
「なん、な、なんなんだぁあああーーーっ!!」
落ち続ける先に、マンホール程度の光輝く魔法陣のような物があり、ソレにぶつかる。
ぶつかるとガラスのように魔法陣がパリンと割れ光の粒子に変わり光の粒子は落ち続ける俺の身体に纏わりつき身体に触れると消えてゆく。
まとわりつく光など異常だが、そんなことは落ち続ける感覚しかない俺には大した問題では無かった。
「なんなんだよぉぉおおっ!!」
眼下に魔法陣が連続して現れ、パリン、パリン、パリパリパリと、連続してぶつかり次々と割れていく。すると落下速度が少しずつ弱まり、最後に一際大きな魔法陣が現れる。
バリィィンっ! と、大きな音を立てて魔法陣を割ると俺の視界は光に染められていた。
ドスン
「ぐぅおうっ!!」
落下音と共にケツに走る痛み。
「おぉ、ようこそ勇者よ――」
「あぁああっ! いてぇっ! いてぇぇぇっ!!」
地面に落ちた事で感じた痛みに思わず両手でケツを押さえながらゴロゴロと転げまわる。
「むぅ? 誰か。回復薬をもて。」
「はっ!」
誰かの声が聞こえて目を開け、周りを見回す。そこはレンガや石作りの大広間で、地面には大きな魔法陣が描かれていた。
胸当てや具足をつけた筋肉モリモリの男がフラスコのようなガラス瓶をもって近づいてくる。
「ちょ、えっ!? 誰っ!?」
「さ、勇者殿。回復薬にございます。」
差し出されると不思議なもので受け取ってしまう。
「え? ナニコレ? 回復薬って? えっ?」
「飲み薬です。ささ、グっと飲んでください。」
混乱とは恐ろしい物で普段なら絶対に飲まないだろうが、あまりの現実感の無さに言われるままコルク栓を抜いて一気に呷る。
ゴクリと喉を鳴らし、ダーっと口からこぼす。
「まっずぅっ!」
ほとばしる苦みに香草とケモノが合わさったような臭み。
喉を流れた拍子に感じる意味不明なプチプチの固まりに舌に残るエグみ。
だが、不思議と痛みは引いていた。
「エフン。では改めて……おぉ、ようこそ勇者よ。」
気持ち悪い口内をなんとかしたい気持ちに満たされながらも声の方に目を向けると、白いひげを蓄え、赤いマントに赤と金の王冠を纏った男の姿。見るからに王様といわんばかりの出で立ち。
「王様?」
「うむ。余はフレイドロン王国の王。
キエトロン・ケンネス・フレイドロンである。
よくぞ、呼び掛けに応えてくれたのう。勇者よ。」
「え? ……呼び掛けって何?
……拉致監禁じゃなくて?」
「えっ?」
一瞬呆け顔になる王様。
ずっと呆け顔の俺。
呆け顔同士で見合う。
「えっと……勇者?」
「いや、勇者て……ただのサラリーマンです。」
「……ちょっとタイム。」
左手をまっすぐ立て、右手の平を下に向けて左手の上に置き『T』の字を作る王様。
右手の親指と人差し指で輪を作り、OKサインを返す俺。
王様が片手を上げると、ワラワラと立派な服を着た人や兵隊なんかが王様の元に集まってゆく。
俺にできることは、ただ腕を組んで聞き耳を立てる事だけだった。
「なぁ『サラリーマン』ってなに? 勇者ちゃうん? 誰か知っとる?」
「「「知らないッスわ。」」」
「いや俺を見んといてくださいよ。ちゃんと伝承の文献の通りにやりましたよ?
ほらコレ見て? ちゃんとココ。『勇者召喚』って書いてありますよ?」
「あっ、そうだ。『サラリーマン』ってのが勇者の世界での勇者って意味合いって可能性はありませんかねぇ?」
「いやいやいや、伝承の通りに言葉はバッチリ伝わって理解できてるっぽいし、それは無いんちゃう?
それに『勇者て……』って言うてたし、なんか『勇者とか有り得んわー』みたいな感じやったやん? これって『勇者』って存在知ってないとできんやろ?」
「あ~……そう言われれば。」
「え~……って事は『勇者じゃない』って事?
魔王どうすんの? 復活するんよな?」
「王様。魔王はもう復活してますってば……民にも魔王復活したから勇者召喚するって宣伝して特別税を集めてしまいましたし!」
「え? じゃあどないするのん? その税金返す?」
「ソレ無理ですて。もう召喚用の道具とか諸々買うのに大半使いましたもん。」
王様達の視線が俺に向く。
そしてまた円陣に戻る。
「アレやな。あの子は勇者や。
ソレでいいやろ? ……というかソレしかないやろ?」
「流石です王様。ええ。ええ。そうです。彼は勇者です。」
「異議なし。なんだか豚みたいに丸いですが、プリップリのテッカテカな感じで神々しく見えますし。」
「しーっ! おま、下手な事言うたるなや大半悪口やんか! 思った事ばっか正直に言うてたら世の中戦争だらけになるぞ!?」
「さーせん。」
「あ! 王様! そういえば宝物庫に『鑑定の秘法』とか言うのありませんでしたっけ?」
「あ~……そんなんあったけ?」
「ありましたって! あの丸っこいヤツ。
王子が小さい頃に『これで遊ぼうぜー』って持ちだそうとした玉みたいなヤツ!」
「あ~アレな! ……アレ普通の水晶玉じゃなかったんか…でも鑑定って何ができんの?」
「『この世のモノならざるモノの真実を映す』とか伝わってますし、この世じゃない所から来たっぽい勇者が触ればなんか起きるん違いますか?」
「「「ソレだ!」」」
王を中心とした円陣が解散し、各々所定の位置に戻ってゆき、一人が部屋の外へ走りだしていく。
10分後、息を切らした初老の男が水晶玉のような物を抱えて戻ってきた。
「んん、エフン! ……勇者よ。戸惑うのもの無理はない。
だが安心されよ。そなたが勇者であることを知らしめる秘法があるのだ。
神官長よ。秘法をここに!」
「ぜぇ……はぁ…ゆ、勇者殿…、こ、この……ふぅ」
「あ。息整えてからでイイっスよ? お疲れ様です。」
「スマン。」
大きく深呼吸をする神官長。
「はぁ……よし。
勇者殿よ…コレは真実を映す鑑定の秘法。
さぁ、コレに手を触れてくだされ。」
言われるまま水晶玉に手を伸ばして触れる。
すると、水晶玉が白く発光しだした。
「おおおっ! この世のモノならざるモノの真実を映しだすという鑑定の秘法が反応しておりまするぅうっ! この秘法が反応したのを目にするのは初めてだぁぁ! ひゃっほーっ!」
神官長の興奮気味の声。
カァっ! と、水晶玉から放たれた閃光が部屋を満たし、そして水晶玉の周りを光の粒子が漂い始めた。やがて光の粒子が意思を持ったように動きだし文字を形作り始める。まるで映画の予告を見ているようだ。
『名前:ヤマギシ ヒデアキ』
「ほう……ヒデアキ殿というのか……」
神官長も、王様も兵士達も、そして俺も一緒に光が作り出す文字を眺める。
眺めていると、文字はまた漂うように形を変え、そしてまた新たに文字を作りはじめる。
『年齢:27歳』
『小デブ』
プッ、っと誰かが笑う音が響き、俺は誰が笑ったのかを見ようと見回す。
すると皆が一様に目を合わせるのを避けた。
そんな俺達に構う事なく文字は次々と形を変えていく。
『前世界での職業:勤め人(売り込み)』
『未婚』
『未婚……というか、彼女いたことない』
「ちょっと待てっ!」
『もちろん童貞』
「待てって!」
慌てながら周りを見回すと、王様や神官長たちは、誰一人として目を逸らすことなく生温い視線を向けてくれていた。
『童貞(笑)』
「ぶっ壊すっ!」
「待て待て待て待て!」
『童貞(笑)』の文字を長々と中空に映し続ける水晶玉を掴もうと動いた俺を、鎧を纏った兵士が羽交い絞めにして止め、神官長が水晶玉を抱えて俺から遠ざける。
水晶玉から発している光の文字は、水晶玉の上を付き従うように移動していく。
また文字が変わり、新しく浮かんだ文字を見て王様達が落胆の息を漏らした。
『身体能力:人並み以下』
『魔力:人並み』
『顔……お察し』
「おまっ! 水晶玉の分際でっ!」
「どうどうどうどう!」
『召喚時に得た能力1:言語』
『召喚時に得た能力2:成長促進』
『召喚時に得た能力3:メシ』
『召喚時に得た能力4:ぬるぬる』
『以上。他は、もう平凡すぎて出力する気にもならん。
まぁ? 召喚時に得た能力的には? かろうじて勇者?』
最後は、いかにも適当と言わんばかりに文字が変わり、そして光は水晶玉に吸い込まれるように消えていった。
「こんの水晶玉! てめぇ絶対割ってやるかんなっ!」
怒りに燃えた俺以外の誰も口を開いていない場。
俺が水晶玉に対して怒りを燃やしている中、王様達は皆眉間に皺をよせ、そして皆が口を開く。
「「「「 ぬるぬるって何? 」」」」