15話 魔王 訴える
急に話進めすぎたかも(汗
「ほぉ……そういう事だったのですか。」
「いやはや、まさかそういう事だったとは……」
「はい。そういう事なんです。」
二人の初老の男性とビキニ姿の女性が、この地域において最も大きな木造建築の一室でテーブルに付き、お茶を飲んで話しこんでいる。
初老の男性の一人はよく焼けた褐色の肌をしており、もう一人は色白。なんとも対照的な印象を受けるが、この二人からは共通して優しそうな雰囲気が感じられた。
「どう思います神官長どの。」
「いやぁ祭事長どの……流石にこういった内容は我々だけでは判断がつきかねますぞ。」
「でももう私イヤなんです。
あのヌルヌルした感触がふとした拍子にフラッシュバックするし、ゆっくり休もうとしても勇者の耳元で囁く声が聞こえるような気がしてくるし……もうここ最近しっかり眠れてなくて……そのせいか頭も痛くなるし……
ヌルヌルじゃない方の勇者も私が近寄ったらもう二度とお家帰れなさそうな仕掛けばっかり充実させてるし……今、ネバネバの方がどんな罠はってるかわかります? 使役してる魔獣自体にネバネバつけて攻撃とか防御させる気なんですよ? そこまでして私を拘束しようとしてるんですよ!? 本当最悪! もういやぁ……あの勇者ども……」
怒りを露わにしたかと思うと、またも弱弱しくスンスンと泣き始める女性。
同情を浮かべ慰め始める神官長と祭事長。
戸惑いつつも神官長が口を開く。
「魔王さん。貴方が鳥の魔獣から進化した究極体で、その他にも究極進化した魔獣の方たち3人と『上』で暮らしているのは分かりました。」
「そうですなぁ……しかもその3人しかいないお友達も眠ってばかりとなれば実際のところ魔王さんが一人きりという事だものね。それは寂しいよ。」
「うん……ホーちゃんもスーちゃんも、スーちゃんの『魂眠』って能力でまだ寝てるしさ。
もしスーちゃんが起きてたら私に『魂眠』使ってもらってぐっすり眠れるんだけど…でもスーちゃん起こそうとしても全然起きないし……あと2ヶ月くらいは起きてくれないかもしんない。
ホーちゃんはスーちゃん起きないかぎりずっと寝てるし絶対。グスッ」
じわっ、と目に涙をうかべる魔王。
神官長は小さくため息を漏らしつつ声をかける。
「で、そのスーさん達が起きるまでの間に、魔王さんは野生のモンスター達の中から究極進化する者が生まれやすい環境を整える為に人間の駆逐をしておこうとしたわけですな。」
「うん。人間が増えすぎるとモンスターが生きるの大変になるんだもん。文化とかの発展速度も急加速するし適当な数を間引かなきゃモンスター達どんどん減っちゃう。モンスターの数が減っちゃったら、その分、究極進化するモンスターも生まれにくくなるだろうし、それに絶滅しちゃう種族だってでてくるかもしれない! そんなのダメ! 今、ようやく野生の完全体もそこそこ見かけるようになったんだもの! 絶対ダメよ! 人間は害!」
魔王が立ち直り、鼻息荒く宣言する。
「あのう……例えばの話ですが『人間のお友達を作る』という選択肢はダメなんでしょうかね?」
「イーヤっ! 究極進化したモンスターがいいの! スーちゃん達もそう思ってるし!」
力強く拒否する魔王。
「うーん……ちなみになぜ人間のお友達ではダメなのか教えて頂いても?」
「だって人間って私達がちょっとじゃれついてもすぐ壊れるじゃない?
それに私、いくら人型になってるって言ってもモンスターに変わりないから……その、人間とは………できないっていうか。」
恥ずかしそうに俯きモニョモニョと呟く魔王。
「? すみません。後半の声が聞き取れませんでの……なんと仰ったのです?」
「うむ。すみませんの。ワシも聞こえませんでした。」
「……だから ……だから! 『恋』できないじゃないっ!」
少し怒ったように顔を起こし、頬を染めながら口を開く魔王。
「だって素敵なモンスターと恋したいじゃないっ!
イケメンな究極体と一緒に星を眺めてみたり、その星を見ながら甘い言葉を囁かれて……私が照れた隙に少し強引に迫られちゃって……あぁ、ダメよ……そんな…とか、そういうのしたいんだもん!
……なのに…私……あの勇者に……うっ…ヒック! うぅ……」
下唇を噛み涙をこらえる魔王。
神官長と祭事長は若干口が開いたままになってしまう。
祭事長は自分の頬をパシンと叩き正気を取り戻す。
「その……つまり、魔王さんはモンスターの究極体の恋人が欲しくて人間を滅ぼそうと?」
「そうよ! なにか文句あるっ!?」
キっと睨む魔王。
『逆になんで文句ないと思ったの?』という言葉を飲みこむ二人。
「閃いた! それならば勇者の魔獣進化でモンスターを究極体に進化してもらえば良いのではないですかの?」
「おおっ! 流石神官長どの! これならば我らが後押しをする事もできますぞ!」
「あのねぇ……あんな勇者を慕うモンスターなんてイヤよ。何言ってるの? 本気で言ってるの? 頭大丈夫?
私があんな勇者の言うことホイホイ聞くようなマザコンみたいなモンスターを好きになると思う? そんなワケないじゃない! 私はもっとワイルドな! 野性的なモンスターがいいのよ! そんなの常識でしょう?」
『知るかいなそんなもん』
二人はまたも言葉を飲みこんだ。
「ちょっと聞いてるの?」
「「 あ、ちょっとどうしたらいいか考えますんで静かにしてもらえます? 」」
「なによ!」
神官長と祭事長は同時に頭を抱え始めるのだった。
--*--*--
神官長と祭事長の文化交流という名の仲睦まじい談笑の最中、突如半泣きで乱入してきた魔王に衝撃の事実をいくつも告げられた。
まずこの魔王。元は勇者の魔獣だったのだ。
遥か昔、別の魔王が存在し人間と戦いを繰り広げ、苦境に立たされた人間が勇者召喚の儀を行った。
そしてその召喚された勇者は成長促進の能力を有し、勇者の魔獣として4体の魔獣が究極体に進化。そして見事魔王を打ち滅ぼした。
勇者と魔獣達はその後、魔王が居城としていた空飛ぶ大地に居を構え、そこで平和な時を過ごし、やがて勇者はそこで果てる。
その後、4体の魔獣は永きに渡る時間を共に仲良くすご……さなかった。
すぐに1体の究極体魔獣が暴走を始めそうになり、慌てて残った3体の魔獣で『魂眠』の能力による封印を行った。
残された3体は仲良く過ごしていたのだが、それも永い時の流れの中、いつしか退屈に囚われるようになり、協力して封印した魔獣のように『魂眠』の能力で永い眠りにつく事にした。
『魂眠』は魂ごと眠るような能力で、ある種その者だけの時間停止に近い。
3人は数百年単位毎に目覚めを繰り返すようにし、自分達にまで及ぶ変化が起きるのを待った。
そうした数度の眠りと目覚めの繰り返しの中、ある日モンスターの中で完全体からさらに進化の兆候を見せたモンスターを下界で見つけ、魔王達は変化の時が来たと、とても喜んだ。だが、そのモンスターは人間に滅ぼされてしまったのだ。
悲しんだ魔王達は相談し、人間がモンスターの完全体以降の進化を邪魔できないように間引く事を決める。
そう。一度は勇者と共に救った人間を敵とする事を決めたのだ。
そもそも人間を救ったのも『慕っていた勇者がやる事を手伝った』だけなのだから彼女達にはそもそも関係の無い事。
ホーちゃんと呼ばれる魔獣は人間を研究し、モンスターの進化の為にも一定の人間は必要であることを、そしてまた人間が文化を発展させるにも多くの人口が必要になる事を理解した。そこでホーちゃんは『これ以上人間が増えてはいけない』という『人口の限度』を定めて、そして人口を計り、定めた人口を超えると輝くオーブを作り数か所に設置。これが『魔王復活を知らせる珠』。
人間の中で『魔王復活を知らせる珠』として知られるオーブは、本当はモンスターの脅威となりうる人口限界を超えた場合に光るオーブだったのだ。
目覚める毎に遠視でそのオーブが光っていないか確認し、光っていれば魔王が降臨し、人間を間引き、そして文化を破壊するという事を繰り返しているのだと。
そしてその行為の全ては、野生のイケメン究極体モンスターが生まれる瞬間の為なのだ。
今回もまだ究極体が生まれていなかった為、一定数の間引きが終わったら『魂眠』による眠りにつく予定だったのだが、今回は人間達の文明・文化が思いのほか発展しており勇者が召喚されてしまい、そしてその勇者にヌルヌルに汚された魔王。
もう、どうしたらいいのか分からなくなった魔王。
相談しようにも仲間は寝ているし……というワケで、話の出来そうな人間に白羽の矢をたて『お願いだからあの勇者なんとかして』と相談に来たのだった。
神官長と祭事長は考えがまとまったのか顔を上げ、お互い同じ結論に達したのかコクリと頷き、同時に口を開く。
「「 上の者と相談させてください 」」
--*--*--
神官長と祭事長により新事実が伝えられ、両国国王首脳陣は明らかになった真実を基に緊急会合を開く。会合は連日繰り広げられ、やがて魔王への提案内容を決められた。
両国王直々に魔王と面会し、そして一枚の書面を提出する。
「モンスター保護法?」
「はい。モンスター保護法です魔王さん。要は『完全体以上の進化を遂げたモンスターに人間が手を出ししてはならない』という法律です。こうすれば究極体に近いモンスターは保護されますし、この法律は両国国民には徹底して守らせます。これで、少し様子を見て頂けないでしょうか?」
「……ん~……ちゃんと守られるとすれば、私達の考える究極体への進化の邪魔にはならなそうよね……」
「はい~。破るような者には極刑をもって対応しますとも!」
しばし顎に手を当てて目を閉じ「ん~」と唸り声を上げながら考え込む魔王。
やがてコクリと頷き、そして威圧的な態度に変わる。
「フッフッフ。よかろう。我はしばしの時、お前達人間がこの約束を守るかどうかを眺める事にする。」
魔王の宣言に「おぉっ!」とそこかしこから声が上がる。
要は、魔王もスーちゃんとホーちゃんが起きるまで結論を棚上げしたのだった。
とりあえず勇者と戦わなくて良いかもしれないという状態になるだけで、ゆっくり眠れそうで安心したのだった。
そして、魔王は『上』へと帰り、全てを忘れてまったりする事に成功。
あっという間に3ヶ月が経ち、スーちゃんが目覚め下界の様子を問われ、そういえば相談しなきゃと思い、情報収集に遠視の能力を使う。
遠視の能力を使った魔王の目に映ったのは、勇者の一人が完全体のモンスターを嬉々として料理し、もう一人がその傍らで『俺の魔王が残念処女ビッチなわけがない 2巻』を執筆している姿だった。
この日、魔王は初めて無表情になるほどにブチ切れた。




