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序章 勇者(ぬるぬる)


「――来たぞっ!」


 緊張感のある声が響き渡り、盾を握り締める音、剣を抜く音、槍を構える音が鳴る。

 まるで演奏前の調律のように音がそこかしこから聞こえ、そして静まり、緊張感を孕んだ視線は前方へと注がれる。


 多くの兵の視線の先にあるは、岩と砂。そして砂嵐。


 渦巻く砂嵐はその勢いを弱め、やがて大地に落ち始め砂のヴェールが薄れてゆく。するとそのヴェールの向こうに影があった。

 その黒い影は人のような形にも見える。目があるであろう位置が赤く光ると同時に砂のヴェールが爆ぜる。


「ニンゲン共……今度こそ滅してくれようぞっ!」


 姿を表したるは魔王。


 紅きまなこに金色の髪、凛とした整った顔立ち。

 黒き獣の革をなめしてしつらえられたであろう衣装。


 その全身にピッチリと張りつくようなその衣装は、動きやすいようにする為か羞恥心を感じない最低限を覆うようにできており、まるで水着のよう。豊満な胸、きゅっとくびれた腰に魅惑的なお尻は自然と強調され、魔王が女性であるという事が遠目にもわかる程に主張されている。


 兵士達はゴクリと喉を鳴らす。

 魔王が美女であるという事に興奮した者も数人はいたかもしれない。だが、大半はこれから始まる戦いを思って固唾を飲んだ。


 にぃ、と魔王が笑う。


 それを合図に魔王の周り、砂の中から轟音と共に現れ始める魔物達。

 2~3mはありそうな大きなサソリやアリ、さらに大型のトカゲ、蛇、一際大きなカメまで大軍となって出現した。

 突如現れた圧倒的な存在感を生み出す大型の魔物達に、兵士達は絶望感を覚えずにはいられなかった。


「ゆけいっ! 我が同胞達よ!

 進む先の全てを攻め滅ぼせいっ!」


 魔王が手を前へと示し、大軍が動き始める。

 山が動くが如く感じられるが兵士達は逃げない。なぜなら自分達の後ろには、家族が、恋人が、友人がいる国が、街がある。死が目の前にあるような恐怖の中、それでも退く事はできないのだ。


「待てっ! 待て待て待て―ーいっ!」


 兵士達の壁を飛び越えてくる影。

 飛び越えたスピードは止まらず一気に最前線へと躍り出る。


「勇者ヒデアキ! 参上っ!」


 左手を腰に当て、右手の人差し指と親指を直角にして顎にあて、微妙なポージングをしながら叫ぶ男。

 しかも恰好はと言えば小太りのくせにビキニパンツ一丁だ。

 その男を見て魔王が苦虫を噛んだような表情に変わり、半歩足を引く。


 ……というか、それだけではなく……なんというか心の底からドン引きしている感もある。


「今日こそ俺の物になってもらうぞ! 魔王たんっ!」

「ぐぅうっ! 毎度毎度キモチワルイっ!

 えぇい! 行けお前達! あのキモ豚をさっさとヤってしまえっ!」


 魔物達が魔王の声に応え雄叫びを上げ、標的となったヒデアキという男に襲い掛かる。


「はっはっはっはっはー!」


 ヒデアキは岩と砂の大地をまるでスケートでも滑るかのように滑り、魔物達に立ち向かってゆく。

 目の前に躍り出たヒデアキを格好の的と見定め、サソリの針、アリの足、トカゲのしっぽが迫る。


 ぬるん。

 ぬるん。

 ぬるぬるん。


 確実にヒットしたはずの魔物の攻撃は、なぜか空を切っていた。

 まるで魔物を無視するように進むヒデアキにトカゲの爪が迫る。

 爪はヒデアキを撫でるように切り裂いて――いない。


 ぬるん。


 爪なのに、まるで撫でたかのように動いていた。

 後ろに控えていた大きなカメがヒデアキを踏みつぶそうとする。


 ぬるん。


 砂と足の間から押し出されるように滑り出て、ヒデアキの移動速度が増す。

 蛇が勢いを増したヒデアキを止めようと、その長い体で受け止め、とぐろを巻いて締め付ける。


 ぬるすぽん。


 まるで筒状の蛇の大砲に撃ち出されるように、とぐろを巻いた蛇から飛び出すヒデアキ。


「ひぃっ! く、くるなー!」


 その描かれた放物線の先には、青ざめた顔をした魔王の姿があった。


「魔王たーん!」

「いやぁあああっ!!」


 魔王が放つビンタ。


 ぬるん。


 滑るビンタ。

 抱き着くヒデアキ。


「魔王たん! 魔王たん! ハァハァ!

 イイニオイだよハァハァ! 魔王たんマジ天使!」


 魔王に抱き着き、その顔に頬ずりをするヒデアキ。


「いっやぁあ! ヌルヌルするぅうぅっ!!

 キモい! キモイぃ! ほんっっきでいやぁああっ!!」


 魔王は本気で抵抗し攻撃する。

 だが、その攻撃は全て


 ぬるん


 と滑ってしまう。


 ヒデアキに集まる魔物達も、魔王に密着している為攻撃できず、戸惑うようにその周りで様子を伺っている。


「ああぁぁあっ! だ、誰かタスケテーっ!

 お願いだから助けてぇっ!!」


「ハァハァ! 魔王たん!

 柔らかいよう魔王たん!

 イイ匂いがするよう魔王たん!」




 --*--*--



「うっ……うっ、ほんとイヤだからぁ……

 ……もう止めてください……」

「……ガン泣きされると俺も流石に悪い事しているような気になるんだよなぁ。」


「……悪い事ですよ……実際。

 うっ、ひっく。もういやぁ……」

「だったら、もう人間襲わないか、それとも俺の物になければいいのに……」

「それだけはイヤ。」


 心底冷たい目をする魔王。

 その後、ヌルヌルのヒデアキに抱き着かれたまま再度すんすんと泣き始める魔王。

 ヒデアキも魔王の冷めた目のせいで、心に傷を負ったのか少ししょんぼりとした雰囲気になる。


「えっと……じゃあ、今回はコレで帰る?」

「うん。もうオウチ帰る。カエル。カエシテクダサイ。オネガイシマス。」


 ヒデアキが抱き着くのを止めると、途端に怒りを目に宿したような表情に切り替え距離を取る魔王。


「このクソ勇者! お前絶対殺すからな! 覚えてろっ!」

「忘れないよ魔王たん君の事は。

 ずっと思ってるから。」


 子豚勇者にウィンクを返され、怒りを宿していた魔王の目の色が怖気に変わる。


「た、たいきゃくー!」


 魔物達は砂に埋もれるように潜り始め、魔王も自分を中心に一瞬の砂嵐を巻き起こし消えていた。


「戦いは……いつも虚しい。」


 勇者ヒデアキは、遠い目をして呟くのだった。



 ――これはぬるぬる勇者の物語。 

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