1話
5月の連休前までは、引っ越し先で学校で、会社で何ていう、まぁよくある話な相談事が多かった。
大概は話をして、すっきりして帰っていく事が多く、本当に出向いたのは、片手に余る程ではあった。特に害は無さそうなモノばかりで、適当に札を渡したりするだけで、かなり喜ばれた。
本人たちが適当であっても札は本物で、効果もある。それが好評だった。
だが、そんな不安な春も終わり新しい環境になれると依頼人は、ぱったりと来なくなった。
もう6月だ。
今時、珍しく真っ黒で尻にまで届くような長い髪を扇風機の前に垂らして、首の後ろに風を送り込んでいる玉奥むつは、壁にかかった時計にちらっと視線を向けた。
もうすぐ17時。特にやる事もなく、そろそろ帰れそうだ、と内心喜んでいた。
同じくやる事のない、長身の穏やかそうな男、湯野颯介は会社のパソコンでネットサーフィンをしている。こちらも定時になるのを待っているのだ。
「むっちー」
珍しく事務所に居る社長が、むつのやる気のなさに溜め息をついている。
「やる事、ないわけじゃないでしょ?」
これも珍しい事にやんわりと注意をされてしまった。
「報告書?今日やっちゃったら明日の分は?ゆっくりやれば良いでしょ」