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1話
何を察したのか、むつはそわそわし始めていた。そして、落ち着きなく視線をさ迷わせた後、社長に視線を合わせた。
「帰るよ」
むつは、ワイングラスに残っていたティント・デ・ベラーノを一息で飲み干すと席を立った。財布から千円札を何枚か出そうとしたのを社長がとどめた。
少し悩んだあげく、むつはペコリと頭を下げるとそそくさと帰って行った。
そして、しばらくすると入れ違いに冬四郎がやってきた。
「逃げられちゃったよ」
「みたいですね」
はーっとため息を吐くと、冬四郎は先程までむつの座っていた席に着いた。
「また、おっさん同士で飲むんですね。しかもこじゃれた店で」
「まぁそう言うなって。なかなか旨いぞ、むつのオススメなだけの事はある」
冬四郎は、しかめっ面を隠そうともせずに、メニューを開いて眺めていた。
「何、避けられてんのか?」
「いやーみたいですね。連絡しても何日か後に素っ気ない感じなんですよね。何かした覚えもないんですけど」
冬四郎はそう言うと、社長と同じくシードルを注文した。