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はじめに
しとしとと雨の降る6月。梅雨真っ盛りな今、むわっとした空気が肌にまとわりついているようで、少し歩くだけでじっとりと汗をかく。
傘をさし、鞄を片手に急ぐように歩く40代とおぼしき男は、憂鬱そうに空を見上げて顔をしかめた。
男は、1番上のシャツのボタンを外して首元に空気を送るようにパタパタあおいだ。そうやっても、汗はひかない。
傘を閉じて、しっかりと水滴を落としてから男は建物の中に入っていく。風通しが悪いぶん、建物の中の方が蒸し暑く感じられた。
ドアの並んでいる薄暗い廊下を歩き、真壁と書かれたドアの鍵を開け入る。室内は、湿度が高めで気分が悪くなりそうなくらいだった。
すぐにエアコンのスイッチを入れ、鞄を本や紙の散らばった机の上に置いた。
埃っぽい臭いと共に生温い風が、男の後退しつつある額にあたる。
送風から除湿に切り替えると、ヒンヤリとした風が出てきて、男は、ほっと息をついた。
そして、窓辺に逆さまに吊るしてある紫陽花の切り花に目を向けた。
ぼんやりと落ち着くような心地がした。