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8 緑の紙袋

 * * *



 あたしを迎えに来たらしい、あたしの婚約者ってことになってる等々力さんは、眼鏡でサラリーマンスーツのおじさんだった。

 お洒落スーツのキリトさんに向かって、ぺこぺこお辞儀している。


 お見合い写真は、テンプレかっていう感じのキモオタデブな中年だったのに、目の前にいる等々力さんは、普通サイズのおじさんにしか見えない。



 キリトさんに、慌てて突き飛ばしてしまったことを謝罪し、「とりあえず事情説明をさせてくれ」と懇願してる。




 うん、キリトさんとレイを見比べたら、百パー、キリトさんの方が責任者って思うよね。

 レイが口を尖らせてたけど、でも何も文句を言わなかった。その場はキリトさんに任せるつもりらしい。


 そんなわけで、椅子を用意してもらった等々力さんが、何故かみんなの輪の中の一員として並んでいる。



 等々力さんは、手に提げていた紙袋をどこに置こうかとうろうろ足元を見回して、結局丁度いい置き場所がなかったらしくて自分の前の床に置いた。



 ――なんていうか、いい年して落ち着きのない人だなぁ。





「ああああの、わ、わたくしは等々力……」

「それは先ほど伺いました」


 隣に座ったキリトさんが営業スマイルで、渡された名刺をつまんでる。



「そそそうでした。で、あのあ、杏さんなんですが」



 ――うん、あたしが?



「あああ、あの、写真を見せていただいたのは、七五三の時のだそうで――」

「はぁ? 他にも写真あっただろうに、なんでそんな昔の」


 あたしは思わず椅子から立ち上がる。等々力さんは何故か「すみませんすみません」とハンカチを出して額の汗を拭く。


 まぁ、等々力さんが悪いんじゃないんだけど……



「なななんでも、お見合い用とするならば、しゃ、写真館で撮影したものの方がいいのではないかと、仲人様がおっしゃったそうで――」


 そういや、写真館で撮るなんて、七五三のあとは入学の時くらいしかなかったけど。でも普通はそうだよね。



「え、じゃあひょっとして等々力さんの写真も、何年も前のとか、あの」――ほとんど別人なキモオタデブ……



「いいいいえ、わたしのは半年前、お見合い用にと撮影されたものでして」

「え……うっそぉ?」




 半年で別人レベルに痩せるって、驚愕の結果にコミット率じゃん?





 突然、あたしの隣でぶはっと吹き出す声が聞こえた。


 なんか等々力さんのインパクトが色んな意味ですごくて忘れてたけど――レイが全部話を聞いていたんだわ。

 いや、レイだけじゃなくて、この場にいる全員が。



 レイの笑い声で我に返ってしまったあたしは、たまらないくらい恥ずかしくなって来た。



「なぁんだ、キャッ……アンちゃんのためにダイエットしてくれるような人がいるんじゃないですか」

 レイはくすくす笑う。



 『きゃ』? って何か言い掛けたのが引っ掛かったけど、『あたしのため』って言葉に、ちょっとグッと来た。



「――で、どうすんの? 帰る?」と、等々力さんには届かないような小声で続けた。

 笑顔だけど、その眼は(くら)い。




 ――どうしよう。



 等々力さんが何故ここにいるのかわからないし、万が一迎えに来たのだとしても何故ここがわかったのかもやっぱりわからないし……そもそも、帰ったところでどうしたらいいのよ。




「あああの、ここ、あれですよね。その……ある掲示板の、か、関係者のオフ? ですよね」

 等々力さんがみんなに向かって、おずおずと質問を投げかける。ついでに、どうやら等々力さんは、あたしとこそこそ話していたレイを気にしている。



 レイが「ほぅ……?」とつぶやくのが聞こえた。




「確かに今行われているのはオフですが、どちらの掲示板のお話でしょう?」


 キリトさんが警戒のオーラ全開で、でも表面上はあくまでもにこやか~って感じで等々力さんと対峙してる。さすがドーベルマンだなぁ。




「いいいいえ、ごご、誤解しないでいただきたいのですが、オフの内容に横槍を入れる、つ、つもりは毛頭ないのです。というか、あさましいお願いですが、わ、わたしも今から参加することは、か、可能でしょうか――?」


 そう言いながら等々力さんはスマートフォンをタップして何か開いた。その画面を見たキリトさんは耳をピクリとさせた。



 耳、動かせるんだ、すごい……なんて、関係ないとこであたしは感心していた。




「どーすんだよ?」


 レイが投げやりに問う。


「こっちとしては、できれば邪魔されたくないんだけどね。この子と一緒に帰ってもらった方がよくね?」



「そんな!」

 つい、あたしは声を荒げてしまった。




 途端に、レイの冷たい視線が刺さる。


「参加の原則として、応募者本人のみの参加ってことになってるよね? それに、他言無用って……こっちとしては、それを守ってもらえなかったってことに」


「あの、あ、杏さんは悪くないんです、わたしが勝手に、し、したことですから――そ、それに、今から参加申し込みをすればいいでしょう?」


 等々力さんがそう言いながらスマホの表面をささっとなぞると、キリトさんとレイから同時に、バイブの振動音が聞こえた。



 レイはびっくりして、ちょっと飛び上がりそうになってたくらいだ。




「――本気なんですか?」


 訝し気に顔を歪めてレイが問う。本気――本当に死ぬ気なんですか? と。



「本気です。わたしは、杏さんと一緒に()こうと思ってここに来ました」

 こんなアウェイな空気なのにもかかわらず、等々力さんの視線はまっすぐレイを捕らえている。



 むしろニワトリになってた時とは別人じゃん、ってくらいに力のある視線。




 その言葉を聞いて、アケミとハナがため息をつき、モエミはぎょっとし、コンタは鼻で笑い、キリトさんは無表情になり――そしてレイは、何故かくっと息を漏らした。



「あ、(なに)(ぶん)わたしは新参者ですので、お近づきの印に……これ、わたしが好きなドーナツなんですけど、みなさんもよろしければ――あ、食べ物は駄目でした?」



 何の紙袋を提げているのかと思ったら、ドーナツだったらしい。箱を開けた途端に甘い、いい匂いが地下のライブハウス内に広がる。




「駄目ってことはないが……あなた、これからって時に随分のんびりしてるね?」


 レイは憮然とした様子でパイプ椅子に腰掛け直す。




 レイの疑問ももっともだと思う。だって、あたしでさえ拍子抜けする。



「これから、だからこそ、美味しいものを食べたかったりしませんか? あ、すみません、わたしはそう思ったのでつい……みなさんに無理強いはしません」


 そう言いながらも、等々力さんはドーナツの箱をみんなに勧めている。



「まぁ、こちらも特にそれに不満があるわけじゃないですけどね。とりあえずじゃあ、参加した理由をお聞かせいただいても?」




 レイの誘導で、等々力さんは「では、僭越ながら――」と話し始めた。



 * * *



「あの、わたし、長男って言われてますけど、実は長男じゃないんですよね。本当は、わたしの母親じゃない人が産んだ、オサダタクジさんって方が実質的には長男で……あ、そこはまぁ割とどうでもいいんですけど」


 なんか今すごいことさらっと言ってなかったかな? というあたしの疑問は、多分スルーされそうだから黙っていた。



「で、わたしには経営の才覚もなければ、営業としての実力もほぼ皆無でして。それでもわたしを神輿(みこし)に乗せて担ぎたいって一派が、社内にはありましてね……対抗してるのはもちろん、お異母兄(にい)さんの一派で」



「神輿に乗ってりゃいいじゃん?」

 アケミが口出しする。


「ええ、みなさんそうおっしゃるんですけど。でもどちらの派に属しているのもいい人たちばかりなので、社内でいがみ合っている姿を見ているのは、非常に心苦しくて――」




 派閥争いで神輿を出して来るとか、ほんとにいい人なのかちょっとあやしいんだけど、とりあえず等々力さんのせいじゃないような気がして来た。


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