7 グレーのスーツ
* * *
その後、順番に自己紹介してってわかったこと。
『猫』の名前はアケミ。
どうして参加したかっていうと、男に騙されてフラれたから。相当酷い騙され方をしたらしく、夢を台無しにされて、軽く男性不信になってるんだって。
『子豚ちゃん』は、ハナって名前。
小さい頃からモデルになりたかったのに、小学校に上がった頃から急に太りだして、どんなにダイエットしてもなかなか痩せないし、すぐリバウンド。遺伝子検査かなんかで、『太りやすいうえに痩せにくい体質』だってのがわかったらしくて、絶望したらしい。
『リスザル』はモエミって名前で、自殺したい原因はやっぱりいじめだった。
それから、コンタとアケミは成人済み、モエミはあたしと同じく中学生、ハナは高校生だということ。
「みんなが自己紹介したんだから、僕らも名乗らなきゃフェアじゃないよな」
そう言って『白雪姫』と『ドーベルマン』も名乗った。白雪姫はレイ、ド―ベルマンはキリトっていうらしい。
「僕は……死ねないんだ」
白雪姫――じゃない、レイはそう言った。
「僕が死ねる身体になるように、みんなの命をもらいたいんだ。それがこのオフを開催した理由」
レイの言い分を聞いて、あたしもみんなもポカンとしてた。よくわからないけど、みんなの最期を見届けてから、同じ薬を飲むつもりらしい。
まぁ、みんな、自分が薬を飲めればいいんだから、レイの話が嘘でも本当でも構わないんだろうけど。
「キリトさんは?」
リスザルだったモエミが尋ねる。
「私は、レイさまにお仕えする身ですので……」
穏やかな表情で応えるキリトさんを一瞥したレイは、ふん、と鼻を鳴らした。
「こいつは僕が死ぬのを待っているんだよ」
「レイ様、そのような――」
「事実じゃないか」
主従関係にあるらしい二人の間に、険悪な空気が漂い始めた。
きっかけを作ってしまったモエミはおろおろする。
――はぁ……しょうがない。
「まぁ、レイくんとキリトさんの関係はどうでもいいんだけどさ、これからあたしたちはどうしたらいいの?」
あたしは、いかにもうんざりしてます、って顔で口を挟んだ。
レイはちょっと驚いて、その後、ふっと笑った――ように見えた。
* * *
何故か今、あたしたちはごはんを食べている。
何故かっていうか、今はお昼の時間だから、当たり前といえば当たり前だった。
どこかのお弁当屋さんの、普通の仕出し弁当。お茶も添えてある。あ、でも結構美味しい。あとお肉料理多めなので、お魚苦手なあたしは嬉しい。
レイ、というかキリトさん曰く、あたしたちはこの後数日、別の場所で生活をするらしい。その理由は特に教えられなかった。
誰も質問しなかったので――あたしばっかり、あれこれ口を出すのもなんだか空気読んでないみたいで――すごく気になったけど質問をためらう。
「今は弁当だけど、向こうに行ったら普通に食事が出るからさ」
みんなと一緒に仕出し弁当をもぐもぐと食べていたレイがそう説明した。
「ってか、みんな気にならないの? それとも、もうどうでもいい感じ? ……まぁいっか」
――すごく気になるよ。気になるけど……
って思いながらちらっとレイの方を窺うと、レイがあたしの視線に気づいた。
「……ん?」
レイ、ニヤニヤしてる。
――さっきのはあたしに向けて言ったのかも。
「――なんでもない」
見透かされてる感じで悔しい。だからやっぱり質問しない。
でもそれは他の人たちも同様だったようで、レイと視線が合うと、誰もがすぐうつむいてしまう。レイの機嫌を損ねたら、薬をもらえなくなるかも知れないしね。
まぁ、なるようになるよね……なんて、あたしが考え直していると、急にダンダンと、ドアを叩く音が聞こえた。
「え、誰?」
「警察?」
「なんだ? まさかさっきの奴ら?」
一斉に緊張が走る。
レイとキリトさんが目配せをして、キリトだけが立って行った。
――っていうか、誰よ。今、『警察』とか言った人。誰が通報すんのよ。
緊張しながらも、笑いそうになっちゃったじゃない。
「全員、静かに……絶対、余計なことは言うなよ?」
レイもこわばった声。
キリトさんは、ホールと階段の仕切りとして使われていたらしいカーテンをすっかり引いてしまった。ふっと場内が暗くなる。向こう側にも電灯のスイッチがあるらしい。
かろうじて自分の手元が見えるくらいの明るさはあるけど、暗くなった瞬間、モエミやハナは小さく「きゃっ」とか言ってた。
悲鳴はうっかりだけど、その後のあたしたちは――ハナやモエミも――息をひそめていた。
キリトさんの声が聞こえて来る。
「――ええ、あなたは? どうしてこちらへ?」
どうやら、キリトさんが知らない人っぽい。つまりさっきまでいた人たちじゃないみたい?
なんだろう……参加しようとしたのに遅刻して来たとか? でもそんなことってあるんだろうか。
遅刻だとしたら、結構間抜けな人だよね。
「あ、ちょっと――困ります」
キリトさんの、慌てたような声。それから、鈍い音。何かがぶつかる音。
――え、これちょっとヤバいんじゃない?
そう思ってたら、カーテンを開けて男の人が飛び込んで来た。
「こ、ここここ」
――いいトシしたおじさんがニワトリの真似をしてる……
その時のあたしはそう思った。
「あの? 困るのですが」
キリトさんは笑顔じゃなく、眉間に皺を寄せてニワトリ男を見据えていた。
キリトさんのこんな険しい顔、初めて見た。っていっても、出会ってまだ数時間だけど。それでもきちんとホールの灯りを点け直してる。
「ああああの、ここここちらに、その、も、もり……森谷、杏さんが」
ニワトリ男は、キリトさんに構わず喋り続ける。
よくわからないけど誰かを探しているらしい、とみんなは判断してそれぞれ顔を見合わせていた。
でもあたしは――ピクッと反応しちゃったよね。多分、ってか多分じゃなくてそれ、あたしのことだ。
「ふぅん……?」
すぐ横でレイがつぶやく。
うわぁ、ひょっとしてあたしのことだってばれちゃったかな、これ。知人が迎えに来たらアウトだったよね……でも、この人、誰なの? 知らないんだけど。
「申し訳ございませんが、どちらさまでしょうか? ここは部外者立ち入り禁止となっております。どのようなご用件で?」
キリトがにこやかな表情を取り戻して、でも青筋立ってるような顔で、ニワトリ男に対応する。
「あ、ここここれはどうも……わ、わたくし、等々力工業の開発部長、等々力マサノリと申しまして――」
何故か懐から名刺を出してキリトに渡すニワトリ男――って、えええっ?
「と、等々力さんなの? うそ、全然別人じゃんっ?」
あたしは思わず、立ち上がって叫んでいた。
だってこの人、あたしの見合い相手の、等々力工業の社長の中年キモオタ息子と同じ名前なんだもん。
でも、見合い写真で見せられたのと違って、デブくもないしキモくもないよ?
だからといってイケメンじゃないけど、フツメンだけど、普通に眼鏡のおじさんサラリーマンって感じの人だよ? なんでなんで?
「あぁっ!」
ニワトリ男――等々力マサノリもあたしを見て素っ頓狂な声を上げた。
「ああああのっ、あなたが杏さんでしたか。写真より全然可愛い……っていうか、大きい」
――え、どういうこと? 大きい? 話がぜんっぜん見えない。