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3 黒い掲示板

 * * *



 家の近くまで来ると、急に景色が錆色になる。


 古ぼけた工場の連なり。空気に染みついてるような鉄臭さ。

 金属同士がぶつかってきしむ音と、プレスの振動。バチバチと火花が飛ぶ音。


 トラックの排気ガスや機械油の臭いも、本当は好きだった。




 ――でも、今は嫌い。大っ嫌い。




「お~。杏、遅かったな。おかえり」

 パパが油で汚れた笑顔をあたしに向ける。



 いつもなら、ちょっと前までなら、パパの笑顔は好きだった。

 労働者の、お仕事を頑張っているパパの、輝いている笑顔が好きだった。



 小さい頃はパパっ子の例に漏れず、あたしも「おおきくなったらパパとけっこんするの!」とか言っていたらしい。

 大きくなって、それは不可能だとわかってからも、結婚するならパパみたいな人、って思っていたくらいには、やっぱりパパのことが好きだった。




 でも今はパパのことも嫌いになりつつある。

 その原因のひとつは『いつも』と違う、この不自然な笑顔。そういう顔のことをどう表現するのか、最近知った。


 『媚びてる』って言うんだってさ。




 ――またあの話をするつもりなのかなぁ……




「なぁ、杏。それで(おさ)()さんの件なんだけどな……」


 はぁ、やっぱりだ。『それで』って、どこから繋がってんのよ。




 聞こえていないような顔で、そのまま通り過ぎようとする。


「なあ、おい、杏。聞いてるのか? 早く決めてくれないと」


 追い掛けて来るパパの声はさっきより少し不機嫌。

 その声を断ち切るように、ドアを閉める。




 ――もういや……どこかに消えてしまいたいよ……





 ここんとこ一週間、顔を合わせると長田さん長田さん、って。

 ごはん食べてる時でさえ言い出すから、食欲なくなる。


 あたし、たった一週間で三キロもやせちゃったよ? 育ち盛りなのに。




 音楽で耳を塞いでしまおう。それが一番。


 スマホを出してイヤホンジャックにヘッドフォンを差し込む。

 今年のお年玉で買ったばかりの、密閉タイプのヘッドフォン。




 爆音で新譜を次々試聴しながら、ふとさっきの掲示板のことを思い出した。

 さっそくそれっぽいタイトルの掲示板を検索する――あ、あった。



 絶対いたずらだと思いつつ、どうしても気になってしまう。

 なんていうの? 興味本位とか、野次馬とか、そーゆーの。


 そんな風に考えながら掲示板に書き込まれた文面を指でなぞっていると、うっかりダブルタップになっちゃったのかも。



 数行反転して、改行されたところに隠しリンクが張ってあるのをみつけた。

 へぇ~。




「あ……」


 しまった。うっかりまたタップしてしまった。






 開かれたのは、詐欺サイトでした。






 ……なんてことにならなくてよかった。普通のフォームページだった。


 背景は黒くて――でも真っ黒じゃなく、ほぼ黒で、同じような色の壁紙には何かの模様が描かれている。ドクロとか、羽根とか。



 知美の家に行った時、こんなサイトをいくつか見て遊んだなぁ。

 いかにもアングラな雰囲気を演出している、ちょっと古いタイプのページ。


 そんなことを思いながら、面白半分にフリーメールを入れてみる。

 折り返し届いたのは、オフの参加申し込みページへのリンクだった。




「なぁんだ……やっぱり騙されただけじゃん」



 律儀にそのページを開いてしまって、誰に言い訳しているのかよくわからない独り言をつぶやく。


 味気ない、普通のフォームページ。


 オフの説明には、どこにも自殺なんて書いてないし、薬のことも書いてない。

 ナントカの化石を発掘するために、集まってみんなで掘り出そう、みたいな。



 『募集人数 XX 人/ただ今の参加人数 XX 人』って、数字のとこだけ赤くて大きな文字になってるのは、購買意欲が刺激される『限定特価』のポップとかと同じ効果があるのかも知れない。




 住所や本名を入れる必要はないらしいので、適当なハンネで入力して行く……と、お決まりの『このサイトをどこでお知りになりましたか?』の一文。


 いくつか選択肢があったけど、その中には例の掲示板はなかった。



 『その他』を選んで、掲示板のアドレスをコピペする。





「年齢制限はなさそうだけど、大丈夫なのかなぁ……」


 送信してしまってから、あたしはそんなことをつぶやいてた。



 * * *



 その後の、とある日曜日。

 掲示板からの『当選メール』が届いたので、無謀にもオフに参加してみた。


 なかばやけくそだったことはイナメナイ。



 変な壺とか売りつけられそうになったらどうしよう、とか、変な修行をすることになったらどうしよう、とか、アブナイお兄さんやおじさんばっかりだったらどうしよう、とか……まあ、考えられる危険なことはたくさんあったのだけど。





 開催場所は割と近くて、うちの最寄駅から二十分くらい電車に揺られれば着くような街の、駅裏方面にある倉庫街だった。


 こういう場所では割と勘が働くので、いざとなったら逃げちゃえばいいよね? という楽観的な考えもあった。



 ママに、「どこに行くの?」って訊かれたから、化石発掘の話をしといた。




 あ、そっか。これアリバイ用? よくわかんないけど、そういうことなのかな。


「杏、化石に興味あったの?」って不思議そうな顔になってたけど、「授業で最近やって――」とかてきとーなこと言っちゃった。

 授業でやってた、って言えば、大抵のことは納得するよね、大人って。



 * * *



 集合場所は、倉庫街の中に唐突に現れた広場。


 そこだけ周囲よりも一段下がっているので、辺り一帯が小さな劇場の中のようにも見える。

 そのすり鉢みたいな形の底に、ライブハウスのようなネオンの看板が付いている真っ黒い建物がある。建物の外も、小さなライブくらいならできそうな広さがある感じ。


 建物の前に、ざっと二十名あまりが、まとまりなく集まっていた。

 ライブを観に集まった人たち、っていう風に見えなくはない。




 オフに参加していた顔ぶれは、老若にゃんにょ……老若男女、あたしくらいの年齢から、上はもう何年も前に定年退職したような、白髪のおじいちゃんまで。


 でも、掲示板のあの一文を読んで参加したとは思えないような、気合の入ったお洒落をしている人もちらほらいる。不思議。

 旅行っぽい、大きな荷物を引きずってる人もいる。



 当選しましたってメールには書いてあったから、一応選別されてたんだと思ったんだけど……単なる抽選だったのかな?

 それとも、化石発掘ってのを本気で信じて集まってる人もいるのかしら。





「ああ、あれはきっと、死に際くらいは美しくありたいと思うタイプの人なんでしょうねえ」



 急にすぐそばで声がして、飛びあがるほど驚いた。


 振り返ると、あたしよりちょっと年上くらいの男の子と、とりあえず成人済みだよねっていう感じのお兄さんが傍らに立っていた。




 二人とも、一言で言えばイケメンの部類に入るんだろうな。


 男の子は肌の色が白い。ハーフとかじゃないかと思うくらい、白い。

 でも、これはちょっと不健康そうな白さなんで、多分あまり日に当たってないタイプだと思う。ヒキコモリ?


 髪は真っ黒でつやつやしている。日に当たり過ぎると日焼けで赤茶けてパサパサになるから、やっぱりヒキコモリなのかも。

 これで唇が真っ赤なら、白雪姫の役もできちゃうよね、なんて思っていると、目が合った。



 眉を寄せて、への字口で、不審そうにあたしを見ている――あ、白雪姫できるわ、この子。




 ――いや、ちょっと待って。っていうか、今、あたしの心を読まれた?


 一歩遅れて、ようやく気付く。





「あなた今、声に出してましたよ?」


「無意識なんだろうな、ずっと、ぶつぶつと……うるさかったぞ」



 お兄さんと男の子がそれぞれの見解を述べた。




 ――え、うそ。



 あたしは、恥ずかしかったのと男の子の失礼な言い方にムカついたのもあって、なんか言い返してやろうかと思った。



 でもその前にお兄さんにうながされてしまった。


「さぁ、今日の参加者のみなさんはこれで全員だと思いますので、そろそろ始めましょうか。こちらへどうぞ」


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