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14 朱い夕焼け

 * * *  * * *



「なんか、もうあれから一ヶ月経ってるって、信じられないね」


 スマートフォンをいじりながら、法子はため息と共につぶやく。



「そうだねえ……大騒ぎになったもんね。なんか書き置き? とか、あったんでしょ?」


「うん」







 彼女たちの友人の(もり)()杏は、一ヶ月前の日曜日にふらっと出掛けたきり、行方不明になった。


 両親には「化石を発掘に行く」と告げていたらしい。





 放課後の教室は夕焼け色に染まり、彼女たちもまた(あか)く染まる。



「あ、これ、この事故……まだスレ立ってるよ」

 (とも)()は背景が黒い専用ブラウザで掲示板を眺めていた。




「ああ、先週のね。まさか、あんな超田舎のローカル線でタイミングよく飛行機が落ちるとかあるぅ?」


「なぁんか、かわいそうだったよね……若いのに、ノイローゼとか」

「生きていれば、まだ楽しいことがあったかも知れないのにねぇ」




 同情し、だがあくまでも他人事、という口調で、彼女たちは語る。




「パイロットさぁ、まだ二十二歳って。パパに訊いたらわりかしエリートコース? なんだってさぁ。順風満帆だったのに、なんで病んじゃったんだろう」


「若過ぎるよね。ワイドショーで出てた写真、イケメンだった。もったいない」



「でも不幸中の幸いってゆーか、その事故では三人しか死んでないんだね」

「パイロットと、運転手と、乗客のおばあさんね」





 ふつりと、会話が途切れる。




 教室内に届く朱い夕日が、段々弱くなって行く。








「……ねえ、杏はどうしてあそこに行ったんだと思う?」



 知美が絞り出すようにつぶやいた。





「それ、あたしのせいなのかな、って……ずっと考えてた」


 法子は、かすれた声でこたえる。








 初めのうちは、未成年の行方不明事件のため非公開捜査になっていた。




 だが一週間ほど経った頃、作成者不明の音声のみの動画がとあるサイトにアップされると状況が変わり、『化石発掘オフ』の話題は一気に広がる。




 当時そのようなイベントが行われていたのか、もしくは何かの暗号なのか、ネットでは噂になった――が、行方不明になってから三週間後、つまり先週、事態は突如動いた。





 変わった名前の、一日に数本しか通らないようなローカル線に、新人パイロットが操縦するプロペラ機が突っ込むという事故が起きた。


 電車は転覆。プロペラ機も大破しながら、線路沿いの倉庫街へ突っ込み、廃墟となっていたライブハウスの屋根に刺さるようにして止まった。





 処理と検証のために現場に向かった警察などの関係機関と、それを追ったマスコミ。彼らはそこで、異様な光景を目にしたのだ。






 そのライブハウス跡では、老若男女合わせて六名が倒れていた。



 状況から六名全員が、死後二、三週間経っているのではないかと推測された。



 年齢も出身地もばらばらな彼らが『化石発掘オフ』の参加者だったことは、容易に判明する。

 唯一繋がりがあったのは某大手企業の長男とされる男性と、その取引先の孫請け会社の家族だけだったが、彼らも直接の面識はなかったらしい。




 彼らのうち数人が遺書めいたものを残しており、また人間関係や金銭のトラブルを抱えていたことにより、行方不明になった当日に集団で命を絶ったのでは――というのが専門家の見解だった。



 その後、遺族たっての希望により解剖が行われ、なんらかの毒物を用いたのであろうということまではわかったが、未だその成分は判明していない。



 * * *  * * *



「ぎりぎり八名分になりましたね……パイロットはかなり精神を病んだうえでの自殺だったようで、残念ながら素材としては使えません」



 キリトの声が響く。





「できれば十名分欲しかったところなんだけどなぁ」


 低く、かすれた声が応える。




「飛び入り参加した等々力氏の派閥関係で、このあと数ヶ月で数名から十数名の犠牲が出そうですが、こちらどうしますか?」


「僕の管轄じゃないなぁ……この姿で狸オヤジたちの相手はできないだろう? 派閥争いなら還元率悪そうだし」



 どこから聞こえるのかはっきりしない『声』にうながされるように、キリトは傍らに横たわる少年に目を向ける。


 目を閉じているその姿は、眠っているようにも見える。だが、まるで生気がなかった。




「仮の身体(からだ)には年齢を変化させる機能はありませんからね。でもまだ足りないんですか? レイ様がこの三十年間で手掛けた九十九万余名は、レイ様一人分の肉体と精神を造る分には充分な人数ですが」




 キリトは分厚い書類に目を落とす。

 そこには細かい文字でぎっしり、日付と人名が書き込まれている。


 一枚一枚丁寧にめくりながら、キリトはその書類をうっとりした表情で眺めた。




「うーん。僕はねえ、『心』ってのも欲しかったんだよね。なので本当は百万人超えまで早急に増やしたかったんだけど。土壇場になると、こう、意外にみんな死にたがらないもんだねえ」


 かすれた笑い声が続く。



「レイ様も、肉体を得れば死にたくなくなりますよ」


 キリトもくすくすと笑う。




「でも僕は、肉体を得ただけでは死ねないんだろう?」

「そうですね……まぁ、人間の世界で生きる間に、少しずつ心とやらを創造して(つくって)いけばいいんじゃないでしょうか」




「そんなこともできるの?」


 子どもっぽい声が、キリトのすぐそばであがる。



 『レイ』が目を開き、上半身を起こしていた。うーん、と小さく唸りながら伸びをする。




「あぁ、やっぱり『借り物』は窮屈だなぁ……」



「ええまあ、できなくはないですが……オプションになりますからね、とりあえず、核を作るためには、あと一ヶ月以内に五名から十名ほど追加しなければなりませんね」


「しょうがない……じゃあ等々力関係で何人か引き受けるかなぁ」

 あぐらをかき、ふぅ、とため息をついてみせるレイ。




「どう? 僕、表情を作るのがだいぶ上手になったでしょう。彼らの魂って、死んでるのにまだ生き生きしてたから、色々勉強できたよ。笑ったり、泣いたり、怒ったり……」


 今度はにっこりと満面の笑み。



「面白いことをなさるな、とは思いましたけどね。死した魂に生きる希望を持たせ、そのうえでもう一度『殺す』とは。確かにこの方法ならば逃げられることもありませんし、ただの魂よりも何倍も価値が上がりますが……」


「でしょ?」



「でも、廃ホテルはもう使えませんよ。ローカル線も、物見遊山な人間が増えました。あのロケーションは魂だけ移動して幽閉するには、なかなか快適だったんですけどねぇ」




「そのうち、また違う方法を考えるさ。時間だけはたっぷりあるからね」

 レイはそう言ってまた伸びをする。





「あぁ、肩が凝る……大きい身体(からだ)は、もう少しリラックスできるのかなぁ?」


「では、近日中に青年の身体(ドール)をご用意いたしますよ。慣らし期間も含めて、早めにお使いいただいた方がよろしいでしょう」



「それもオプションだろ?」

 意地悪い表情でニヤリと笑い、キリトを睨む。



「長期契約のお得意さまですからね。ポイント分でサービス可能かと……ええ、最長三ヶ月のレンタルならば」

 キリトは涼しい顔でレイの視線を受け流し、書類を確認する。




「死神もポイント制度を取り入れるとはねぇ……一昔前には考えられなかったよ」

現在(いま)は二十一世紀ですからね。二十世紀(むかし)とは違いますよ」



「……お前、今さり気なく若いフリしただろう?」



「はて、なんのことやら……ではわたくしはこれで。後ほど――そうですね、九十三時間ほど経ってから、またお伺いいたします」


 言い終わった途端、キリトの姿は霧散した。





「九十三時間か……」




 ひとりになったレイは、大きな振り子のハト時計を見上げる。

 振り子はしんとしたまま動かない。時計の屋根にも、針にも蜘蛛の巣が張っていた。


 かつて食堂だったその場所には、がれきの山にうっすらと埃が積もる。




 もう何年も、誰ひとりとして足を踏み入れたことがない様子だった。





「――ほんの、一瞬だ」



 くすくすと笑いながら、レイはその部屋を後にした。朽ちた調度品の慣れの果てを、軽々と、楽しそうに踏み越えながら。


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