13 茜色の雲
「あたしも……コンタは助けてあげたいな、って」
ちょっと照れながら告白するアケミ。顔を赤らめてる。
「ええっ?」
「え、そうなの?」
――嘘、っていうか、いつの間に?
あたしは驚き過ぎて言葉が出なかった。
そういえば、ここに来てから徐々にメイクが薄くなってって、顔色がわかりやすくなってたけど。それって、コンタに関係あるのかしら。
「じゃあさ、今日の夕食の時に、みんなでレイに言おうよ」
あたしは俄然強気になる。
「みんなでって……あたしたちも?」
ハナがおどおどする。
「ハナだって、世の中にはポッチャリ系モデルがいるんだって話、アケミから聞いて喜んでたじゃん。別にガリガリにならなくてもいいんだ、って言ってたじゃん」
あたしはハナを勇気付ける。
「そうだよね、あたし、ハナがモデルになれるように応援したいと思ったよ」と、モエミ。
「――でも、応援してくれるんなら、ここでは死ねないよ?」とハナ。
二人して顔を見合わせて、ふふ、って笑い合う。
そうだよ。みんなそれぞれ『生きたい理由』がちゃんとあるじゃない。
* * *
夕食の時間になっても、レイは戻って来なかった。
あたしたちはその前に、どのように伝えるかを確認し合った。あたしの場合は等々力さんを助けてあげたいだけだから、進行役というか元気づける役に回っていた。
あたしがいなくなれば、等々力さんも死ななきゃいけない理由がなくなるはず。
ひょっとしたら趣味を通して新しい知り合いができるかも知れないし、あたしのために――って言い方はちょっとうぬぼれ入ってるけど――こんなとこまで追い掛けて来られるんだもん、必死になれば他のこともできる人だよ。
みんな希望が湧いて来たからか段々興奮して来て、あたしのことを確認する人もいない――これで、いいの。
「やあ……酷い通り雨に降られたよ」
そわそわと落ち着きなく食事を取り分けていたあたしたちは、遅れて来たレイを一斉に見た。
オフホワイトでラフなデザインのカットソーに黒いチノパン。風呂上がり、っていう感じでまだ髪が濡れている。
面接の時はお坊ちゃまスーツだったけど、あの格好のまま出掛けて雨に当たったのかしら。スーツが傷んじゃわなきゃいいけど。
「――なんだよ、何かあったのか?」
あたしたちの張り詰めた様子がわかったのか、レイは見回して眉をひそめる。
等々力さんとコンタは何も知らないから、きょとんとしてるけど。
「実は――」と、キリトさんが耳打ちする。
でもキリトさんも、あたしの話しか知らないよね。
「は、助けてくれ、じゃなくて助けてやれ、って? 面白いね、人間って」
レイは歪んだ笑顔になった。莫迦にしているようにも見えるその表情で、あたしを見据える。
「口出し無用ってのはわかってるけど、まだ決定してないなら少しだけ考慮して欲しいの」
あたしは、負けるもんかって勢いでレイを見返す。
「ふうん……これが、自己犠牲ってやつ?」
レイは小首を傾げる。
自己犠牲とはちょっと違うような気がするけど。
この人、時々こういう中二くさい態度を取るよね。まさか今更、『実は人の気持ちがわかりません』なんて言い出さないよね?
「あの、あたしからもお願いが」
コンタの隣に席を取っていたアケミが立ち上がる。キリトさんとレイが少し目を見開いた。
「あたしはどうなってもいいから、コンタを助けてあげて欲しいの」
「おいアケミ、どういうことだよ?」
レイたちより早く、コンタが慌てた。
「コンタの借金は、あたしがどうにかしたげるからさ……通帳、一応持って来てるんだ。五百万、ある。ほんとはもうちょっとで一千万に届くとこだったんだけど……」とアケミ。
そういや、男に騙されたって言ってたっけ。五百万近く持ってかれたんだったら、男性不信に陥っても仕方ないかもね。
「いや、そんな金、受け取れねえよ」
コンタが慌てた。
――え、うっそ。コンタは喜ぶかと思ってた……ごめん、根はいいやつだったんだね。
「それ、アケミが店開くための資金だったんだろ? 俺なんかに使うんじゃなくて、大事に取っといて――ってか、それこそ、俺なんかより頑張ってるアケミが生きて帰って、小さい規模からでも、店、やればいいじゃんか」
「あたしひとり生き残ったって意味ないよ――コンタと一緒だったら……もっと早く出会ってたら、もっと楽しかったかな、って思うけど」
アケミはそう言うと、頬を赤らめる。
「アケミみたいに一途な彼女だったら、俺も頑張れたと思うんだよな……」とコンタ。
うわぁ……見ているこっちまで照れちゃうよ。
でも、いい雰囲気。
「それじゃ、二人とも生きてなきゃ駄目じゃん?」と、つい余計な口出しをしてしまう。
もう等々力さんの分で口出ししちゃってるし、今更だよね。
「ごめ、ごめんなさい。あの、あたし、ハナちゃんがモデルになるのを応援したいから、ハナちゃんを生かしてください」
モエミがガクガク震えながら、必死の形相で訴える。
「あの、あたしも、モエミちゃんに応援してもらいたいから、モエミちゃんを生かしてあげて欲しいんです!」
ハナはモエミよりも力強く言い切った。
「あたしたち、同じ学校だったらよかったのにね……そしたら、いじめなんかに負けなかったと思う」
「そうだよ。なんなら、うちに転校してくれば……っていうか、モエミちゃんこれから受験じゃん? 志望校うちにしなよ、あたしの後輩になんなよぅ」
途中から、みんな自分勝手に盛り上がり始めた。
その中で呆然としているのは、蚊帳の外なレイとキリトさんと、話の展開について行けてなさそうな等々力さん。
等々力さんと目が合って、あたしは思いっきり笑顔を作って見せる。
「等々力さんはやればできる人なんだから、社長になるのもならないのも、等々力さんが思うようにやればいいんだよ」
「――なんだよこれ……なんなんだよこれは」
刺々しいレイの声。途端にみんな固まって、レイに視線が集中する。
「めんどくさいなぁ……もう準備は万端なのに、なんで今更そんな絆作っちゃうの? つまんないよ」
はぁぁ、と大きくため息をついて、レイは首をぶんぶん振る。
「そんなのこっちは求めてないんだよね……もういいよ。つまんないし。はい、解散解散!」
「え……解散って?」
お互い顔を見合わせて、なんとなく代表であたしが問う。
「言葉の通りだよ――まあ、夕食は無駄になっちゃうから食べてもいいけど? あとは勝手に帰ってくださいね、っていう。あーあ……僕食欲なくなっちゃった。あとで食べるから下げないように言っといて」
レイは何度も盛大なため息をつきながら背中を向けた。
食堂を出て行こうとしたレイに、アケミが慌てて問い掛ける。
「ねえ、ちょっと待って。ここからどうやって帰れっていうの?」
外はもう日が暮れ掛けている。レイが降られたっていう雨は上がったみたいだけど、食堂の大きな窓から見える空は茜色の雲が広がっている。
「山を下りて南に真っ直ぐ二十分くらい歩いたら、小さい駅があってね。鵜和羽線といって一日に十本くらいしか通らないけど、それに乗って行けば、万事丸く収まるよ――終点まで行ければね」
説明するのも面倒だという様子でレイはそれだけ言い残し、キリトさんと一緒に食堂を出て行ってしまった。
キリトさんは食堂を出る時にあたしたちに一礼してたけど、レイは片手を振ってキリトさんを急かした。
「ローカル線でしょ? この時間にまだ走ってるのかしら」
「聞いたことない路線だよね……超ローカルなのかなぁ」
「帰ったらまず何する?」
「そうだなぁ……ってか、帰る前に連絡先をさ――」
みんな、食事を囲みながら楽しそうに話し合ってる。
解散ってことは、あたしも一緒に帰れるってことなんだろうか……
あたしは目玉焼きとカツを載せたカレーにスプーンを入れる。
ふと等々力さんと目が合った。まだびっくりしてる。でもちょっとだけ笑ってくれた。
* * *
荷物をまとめてあたしたちは山を下り、無人駅にやって来た一両編成の列車に六人で乗り込む。
あたしたちは一度死んだ――死ぬつもりで、ここまで来た。でもこれから、生まれ変わるんだ――