12 水色の封筒
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三日目。その日は朝から雨が降ったり止んだり、晴れたり曇ったり。忙しい天気の日だった。
ここに来てからの三日間で、あたしたち四人の女子は、びっくりするくらい仲良くなってしまった。アケミにメイクしてもらったり、いつの間にか服が入れ替えられているタンスでファッションショーごっこをしてみたり。
時間だけはたっぷりあるから、やっぱりお互いにお喋りしちゃうよね。
タンスの服は――ほんとに不思議なことだけど――入れ替えられるたびに、あたしたちの好みの服が段々増えて行く。
フリフリが好きなハナのために入れた、としか思えない、ゆったりサイズの夢色なファッションとか、ちょっとパンク入ってるけどやり過ぎてない感じのオトナ可愛い、アケミ好みの服とか。
あたしとモエミの服の趣味はちょっと似ていて、体型も割と似ていたので、タンスの中の服で双子コーデもできた。
さすがにブランドものはなかったけど、あのブランドとテイストが似ている服をよく探して来たもんだな、と逆に感心してしまう。
アケミにメイクしてもらってお互いに自撮りして遊んでる時、ようやくあたしを呼び出す放送が掛かった。
『面接』で何を訊かれるのか、何を話したのか。面接を終えた人は待ってるあたしたちには教えてくれない。
他言無用なのかな。
* * *
「最期に何かを伝えたい人はいないの?」
あたしが四階の一番奥の部屋――つまり、レイが使ってる部屋――に通されて、椅子に座るやいなや、レイはそう切り出した。
「え、うーん……いない、かな?」
つい、首をひねってしまう。
なんていうか、法子たちには「キモ」とか言われそうだし、パパやママは、何を伝言してもそれなりに悲しんじゃうだろうし……逆に、言葉が残った方がお互いに後悔も大きくなりそう。
「両親に感謝の言葉、とかは?」
あたしを見つめるレイは、不思議そうな表情をしている。その隣に座っているキリトさんは、あたしたちの話を書き留めているのかな。
「感謝……してるけど、それなら死なずに生きろって話でしょ。むしろあたし、最期の最後で親にメーワクかけちゃうんだし」
親不孝してる、って自覚はある。
あたしが死んじゃったら、きっと、絶対、パパは困る。
結局工場は潰れるか売られるか――どっちにしても、パパは仕事がなくなるはず。そしたらサイアク、後追いなんてことも考えられる……でも、やっぱりあたし、今更引き返せないよ。
この先、何をしていいのか全然わかんないし、したいこともないし、今の状況から逃げ出す方法も思いつかないんだ。
「ふぅん……」
レイは形のいい顎にそっと指を当てて思案顔。
でもなんでそんなこと気にするんだろう?
「まぁいいや――伝えたい言葉、なし、って書いといて」と、思案顔ポーズのまま、キリトさんに指示する。
「えっと、次は――あぁ、そうだ、そういえば」
突然、レイは何かを思い出したように顔を上げた。
「話の途中だけど、あのニワトリ――等々力さん。参加する前にこんな書類を用意してたらしいんだよね」
そう言うと、レイはベッドサイドの小さなテーブルに置かれていた封筒を取って来た。
「なんの書類? あたしが見ていいもの?」
封筒を渡されて、あたしは戸惑う。
等々力さんが書類を書くなんて、仕事の話じゃないの? と思ったけど、全然違った。
自分のコレクションをあたしに全部譲る、という書類らしい。
一応ちらっと見たけど、全然わけわかんなくてすぐ封筒に戻した。
「すごくない? よく知らないお見合い相手に、婚約者でもないのに、自分の大切なものを全部あげちゃうなんて」
レイが瞳をキラキラさせている。
なんかレイみたいな美少年がそんなこと言うと、違う話に聞こえて来ちゃう。
「すごい、のかなぁ……自分が死んじゃうなら、コレクションとか意味ないのかもね。でも、同じ趣味の友だちがいるなら、その人たちにあげた方がいいんじゃないの?」
――っていうか、正直、いらない……
と思ってたら、レイがにやりとした。
「この書類さ、『その後どう扱おうと杏の自由』って意味の一文が書いてあるんだよね。意味、わかる?」
「えっと……つまり、いらなかったら売っちゃってもいいの?」
ずばり訊いてみた。
「――ってことらしいねえ。正直、あのオジサンの考えてること、僕にはよくわかんないけど。どう? 気持ち、変わった?」
* * *
等々力さんは図書室にいた。
「レイが、訊いてもいいって言ったから訊くんだけど――あの、コレクションって、あたしがいらなかったら、売られちゃってもいい、ってことなんですよね?」
さすがに嫌な顔されるかと思ったのに、等々力さんはにっこりした。
「――というよりも、売るために杏ちゃんにあげるんだよ。わたしの部屋とレンタル倉庫の中の物を全部売れば、ひと財産になると思う」
「え? ごめんなさい、よくわからない……なんでそんなこと。お友だちにあげた方がいいんじゃないですか?」
ひと財産になるようなコレクションなら、相当入れ込んでいたはず。それをこんな、派閥争いの駒にされたようなコムスメのために、どうして。
「確かに、彼らにあげたら喜ぶだろうね。でも楽して手に入れたものは、苦労して手に入れたものに比べると、あまり大事にしないんだよね。だから彼らが欲しいと思うなら、杏ちゃんから買い取ればいいだけだ」
等々力さんは微笑みながら手にしていた本を持ち替え、もう一冊棚から取り出して位置を入れ替えた。
最初に見た時にはバラバラだった児童文学の全集がきれいに並べられている。
ひょっとして、本を読みに来ていたんじゃなくて、本の整理をしていたのかな。
「杏ちゃんは門外漢で目利きができないだろうから、それぞれ売る場合は僕が指定した立会人をつけなければいけない、という条件がついてるけど――それはあくまでも、適正な価格で売却できるように、ということでね」
等々力さんは手を止めて、あたしの方へ向き直った。
「だから、いらないものはどんどん売っちゃっていいんだよ。それで杏ちゃんが死ななくてもよくなるなら、わたしはその方がずっといい」
――なんでこんなにいい人が死ななきゃいけないんだろう。
* * *
「あたしのことはいいから、等々力さんを返してあげて」
レイの部屋をノックしたあたしは、出て来たキリトさんに訴える。
「そう言われましても……」キリトさんは困惑顔だった。
「レイに言えばいいの?」
「いえ、そういう話でもないのですよ。確かに、決定なさるのはレイ様ですが」
「じゃあ、レイに直接言うから、レイはどこ?」
あたしが部屋の中を覗こうとすると、キリトさんに止められた。
「勝手に室内に立ち入られるのは困ります、杏さん。レイ様は今は留守をしております」
「いつ決まるの? もう決めちゃった?」
「――その件についてはお答えできかねます」
――もう、役に立たないなぁ。
「じゃあレイに伝え――あ、ってゆーか、あたしが直接伝えるから、決定するのちょっと待ってって」
そのままの勢いで女子部屋に戻った。
「遅かったじゃない?」
モエミが時計を見る。
レイの部屋に行って、等々力さんと話をして、またレイの部屋に行って――他の人たちは一時間くらいで戻って来てたのに、あたしは二時間半も掛かってたらしい。
「何かあったの?」
アケミが心配そうな顔で見る。「杏ちゃん、ちょっと怖い顔してるよ」
「怖い?」
あたしは自分の顔を確かめる。スマホに映ったあたしは、眉間にぎゅっとシワが寄っていた。
「あぁ――あのね、あたし、決めたんだ。あたしは死んでもいいけど、等々力さんはそのまま返してあげたい、って」
アケミたちは一斉に目を丸くした。
「そんなこと、できるの?」
「口出し無用でしょ?」
「ペナルティつけられちゃうんじゃない?」
「だって、あんないい人が、死ななきゃいけない理由なんてない」
あたしにペナルティがついてもいい。
実際にはどんなペナルティなのか、本当のところは教えてもらってないけど。
「そういう話なら――あたしもさ」
少しもじもじしながら、アケミが切り出す。
今度はアケミ以外のあたしたち三人が「ん?」って顔になった。