11 黄色い卵焼き
とりあえず早い者勝ちってことで、あたしはオフホワイトのカットソーとガウチョパンツっぽいズボンを取り出す。
黒いガウチョ。大人っぽくて欲しかったけど、近所の店では売ってなかったガウチョ。
あと下着も……お洒落って感じではないけど、ダサくはない。
あたしのサイズもあったけど、これ、誰が揃えたんだろう……キリトさんだったら笑える。
「えー? なにそれなにそれ。勝手に着ていいの?」
あたしが着替えたところに、アケミの眠そうな声がした。
「あ、アケミさんおはよ。なんかねえ、これ、好きに着ていいらしいよ」
「えー、でもちょっとダサくない?」
文句を言いながらもアケミはタンスを漁る。タンスの中、ぐしゃぐしゃにしちゃうのかと思ったら、広げて確認したらまた手早く畳んでる。
「――ひょっとして、アパレルとかやってた?」
あたしが感心しながら問うと、アケミは「うん、まぁ」とてきとーな感じの返事をした。
そのうちモエミとハナも起きて来て、今度はアケミが説明をしてた。
ハナは一着だけあったピンク色のふわっとしたシルエットのカットソーを手にした。まるでハナ用に用意してあったかのように、ゆったりサイズ。
アケミは黒いカットソーに黒のガウチョ。ガウチョ人気だなぁ。
カットソーはちょっとVネックになっていて、あたしだったら似合わないけど、アケミならギリいける感じ。着替えて早速メイクを始めてる。
モエミはパステルグリーンのTシャツと白いふわっとしたスカートを着た。
えっと……ごめん、三つ編みで眼鏡でその色合いとか……そのファッションセンス、よくわかんない。
感想を求められないようにあたしがさり気なく視線を外していると、メイクを終えたアケミがダメ出しし始めて、タンスからデニムジャケットを取り出した。ちょっと深めになってる三段目の引き出しに入ってたらしい。
デニムジャケットって、畳んでしまっておけるものなんだ?
「こういうサーキュラースカートには、デニムジャケットを合わせるとね……」
アケミがジャケットの袖をくるくる折り込んで、七分袖くらいにする。三つ編みをほどいてポニーテイルにする。
あ、なんか一気に、古い外国の映画に出て来そうな女の子になった。眼鏡もおかしくない。
「アケミさん、すごいね」
あたしが感心していると、アケミは「そんなことないよ」と謙遜した。
* * *
食堂の場所だけはみんな覚えたらしくて、七時半には全員集合し……てないな。コンタとキリトさんがいないや。
朝食はバイキング形式。バイキング? ビュッフェっていうんだっけ?
あたし、好きな物ばっかり食べられるから、こういうのは好き。
コンタもキリトさんも、食べられないなんてかわいそだよ。早く起きて来ないかなぁ。
「キリトは朝に弱いんで、朝食は食べないんだよ」
あたしがキョロキョロしてたら、レイが教えてくれた。
ふうん。あのイケメンにも弱点があったんだ。でも、弱点っていうより萌えポイントになりそうな気がする。
朝日の当たるベッドの中の、アンニュイなイケメン――アンニュイってなんだっけ。とりあえず法子がキャーキャー言いそう。
「これ、時間になったら片づけちゃうの?」
お皿を片手に、アケミが訊く。
「そうだな……九時くらいになったら下げるのかもな」
レイは興味なさそうな口ぶりで、自分のお皿に肉料理ばかり載せている。
「じゃあコンタさんとキリトさんの分、よけといてもいい?」
へえ。意外。朝っぱらからバッチリメイクしているのに、気配り上手。
いや、メイクは関係ないかな。いや、あるのかな。むしろ朝からしっかりメイクしてる人だから気配りできるのかも。
レイはベーコンを取る手を止めて、アケミの方を見た。少し驚いたような顔をしている。
「――好きにすればいいんじゃないかな」
そしてベーコンを二枚お皿に取ると、もう一枚のお皿にペンネミートソースを山盛りにする。
お子様メニューだよね。これで卵料理とかオレンジジュースとか載せたらお子様確定。
って、思ってたら、卵焼きと目玉焼きとオレンジジュースと牛乳をトレイに載せて、テーブルに向かって行った。
「お子様……」
ってゆーか、レイって少女漫画に出て来る美少年並みにほっそいのに、結構大食いなんだね。
* * *
その日から、あたしたちは一人ずつ呼ばれて、レイとキリトさんの面接を受けた。
面接の順番が来た人は、館内放送で呼び出される。
他の人たちはその間自由時間らしいけど……SNSもできないし、チャットがあるようなゲームもできない。当然、メールや電話も使えないし。何をして時間を潰せって言うんだろう。
でもチャットやメッセージ機能がないオンラインゲームはできるんだよ。不思議。
ロビーでしとしと降る雨をぼへ~っと眺めていたら、等々力さんがやって来た。手には表紙が硬そうな本。
「三階に図書室がありましたよ」
あたしの視線に答えるように、等々力さんが微笑む。あたしたちに向かって喋る時には、どもりがまったく出なくなった。
この人、本当にいい人なんだろうなぁ……ただ、弱いだけで。
「三階ですね。ありがとうございます。じゃあちょっとハナたちと行って来る」
敬語を使えばいいのかタメ口でもいいのか、あたしは迷いながら話してしまう。親戚のおじさん、って思えば……でも、やっぱ敬語かな。
「うわ、なんか古臭い本しかないじゃない。雑誌とかはないの?」
ハナとモエミを誘ってみたらアケミもついて来て……でもアケミが真っ先に文句を言い出した。
古臭いって言うけど、ほんとに古い本の匂いがする。カビ臭いわけじゃないけど、古い匂い。懐かしい匂い。
「今更流行の服やお店の話を読んでも、意味ないじゃん?」
「そうだけどさぁ……」
雑誌があっても、やっぱり古いやつだと思うけどね。
でも雑誌があれば、ここがいつからある建物なのかとか、いつまでお客さんが出入りしてたのかとかもわかりそう。
「あ、でも、少し古い雑誌があってもいいかな。あたしが最近ハマってるバンドのデビュー頃の記事とかさぁ」
あたしが言うと、アケミも「ああ、それはアリね」とうなずく。
「しょう、昭和……三十二年?」
モエミが推理小説の後ろから開いて驚いてる。
「えー結構古いね。うちのママだってまだ生まれてないよ」
ママは確か昭和四十……何年だったっけ?
「うち、お母さん昭和五十年代生まれよ。この本の方が二十歳以上も年上ね」
「え、そうなんだ。モエミのお母さん若くない?」
ハナが驚く。
モエミはあたしよりひとつ上の中三だっていうから、モエミを産んだのは……えっと。
「そうだね。確かハタチか二十一とか、そんくらい」
あたしが指折り数えている間に、モエミがさらっと言う。ってか、モエミのママってヤンママってやつじゃない?
「お父さんも同い年よ。幼馴染とかで、小学校の頃から付き合ってて、お父さんが就職決まったらすぐ結婚したいとかずっと言ってたんだってさ」
両親のことを話すモエミは、少し照れ臭そうで、少しめんどくさそうで……でも、すごく好きなんだな、って感じ。
――でも、じゃあイジメくらいでこんなことに参加しないで、親に頼ればよかったのに……
『他人の動機には口出し無用』と、ここに着いてから改めて『ルール』を説明された。
でもあたしには、死ななくてもいい人がいるんじゃないか――っていうか、死んだ方がいい人なんていないんじゃないのか、って考えるようになった。
あたし自身、例の薬を飲む決心はぐらつかないけど、他の人にはできることなら飲ませたくない、むしろ考え直して帰る決心をつけて欲しい、って。
長引けば長引くほど、その気持ちが強くなって行く予感もしてた。
この『合宿』って、いつまで続くんだろう……?