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1 白雪姫

「さて、皆さん――」



 芝居掛かった口調で切り出すと、『白雪姫』は、二つの茶色い小瓶を両手で高く掲げて、あたしたちを見回した。


「と、いうわけで、僕が右手に持っているのは塩酸が入った瓶です。そしてこっちにあるのは――あ」




 唐突にまた言葉を切り、

「そこの人」と瓶を持ったままの右手で指差した。


 一斉に注目を浴びたのは、ねずみ色のスエット上下に踵を潰したスニーカーという、コンビニスタイルのお兄さんだった。



「え? 俺? なんすか?」



 パイプ椅子に浅く腰掛け、背もたれに全力で寄り掛かり、脚はだらっと開いて前に投げ出しっぱなし、という超脱力スタイルで話を聞いていたお兄さん。


 (いぶか)()な顔を向ける。



「それ、しまってください」



 白雪姫が右手の人差し指をちょいちょいと動かして示したのは、お兄さんが手にしていたスマホだった。


 あたしも、他にいる女子なんかも癖でスマホを手に持っている。なのになんであの人だけ注意されたんだろう。




「あー、今いいとこなんすよねえ。音出してないし、もうちょっとだけ」


 スエットのお兄さんはヘラヘラ言い訳しながら、またスマホに視線を戻した。




 ――態度、悪いよね。


 白雪姫もそう思ったのか、かすかな舌打ちが聞こえた。




「坊ちゃま、あまり興奮なされては心臓に負担が――」


 『ドーベルマン』が手を差し伸べる。

 でも白雪姫にきつく睨まれて、そのまま黙って引き下がった。




 ――へえ、顔色がイマイチなのは、心臓が悪いからなんだ? ってか、どうでもいいから早く説明進めてくれないかなぁ。


 あたしはそんなことを考えながら眺めてた。





 白雪姫は、ド―ベルマンに言われて少し頭を冷やしたらしい。その前に睨みつけてたけど。



 深呼吸して、またスエットに向かって言葉を続けた。


「――とか言って、あなたそれ、録音してるでしょ。ゲームならほっとくけどね、バレバレなんです。録音も録画も呟くのも禁止、ってさっき説明しましたよね?」




 指摘されて、スエットの顔が一瞬引きつった。

 でもすぐにニヤニヤ笑いで口を開く。


「やだなあ。録音なんてしてるわけないでしょ。意味ないし。俺はちょっとゲームしてただけで――」




「口答えするな!」




 急に、白雪姫はきれいな顔を怒りに歪ませて大声を上げた。


 びっくりした……びくってなっちゃったよ。




 スエットも一瞬だけびくっとしたけど、まるで莫迦にしているようにニヤニヤ笑いを続けている。


「えー? やだなあキレないでくださいよ」




 ――あー、こういう人、あたしも嫌いだわ。ムカつく。




「坊ちゃま、いけません」


「きみ、言われた通り、それをしまいたまえよ。主催者を怒らせては――」


 スエットの隣に座っていたサラリーマン風の中年男性が、焦ってたしなめる。だけど、「っせえよジジイ!」とスエットは口が悪い。


 ド―ベルマンがまたキレそうなご主人を引き留めようとしていた。



 でも今度は効かなかったようだね。

 スエットの態度を見て、白雪姫は瓶を手にしたまま、ステージから降りて観客席の方へ歩き出した。




「忠告を聞けないのなら、それは僕が没しゅ、う……っ!」


 ほんの二、三歩歩いたところで、白雪姫は急に苦しみだした。




「坊ちゃま!」


 ド―ベルマンが慌てて駆け寄る。




 ――え、心臓が悪いって、そんな、ちょっと興奮した程度で発作起こすくらいヤバいの?





 場内のざわめきが大きくなって来た、その時。




 がしゃっ


 ぱりーん




 ガラスの割れる音が響き、今度は一瞬にして場内が静まる。



 ――水を打ったような、って、こういう時に使うんだっけ?

 あたしはそんなことを考えている。多分場違いなんだろうけど。




 視線が一斉に集中したのは、坊ちゃまこと白雪姫――ではなく。

 床に落ちた瓶、二本。そこからもうもうと白煙が上がり始め、ツンとした刺激臭も一緒に広がり出した。



 ――あれ、何が入ってるって言ってたっけ?




「ちょ!」


「いやぁぁぁっ!」

「ちょっとー! やだ! 押さないでよっ」

「なんだよちくしょー!」


「きゃー! いやー!」

「ばばばばばばかっ! 置いてくんじゃねー!」




 一斉に、悲鳴、絶叫、罵声、怒号――あっという間に視界をふさいでしまった白煙と、目に沁みるような刺激。


 一応ハンカチで鼻と口をおさえていたけど、それでも喉にも刺激が来た。次第に目もつらくなって来たので、ぎゅっと閉じることにした。




 パイプ椅子の倒れる音、何かが落ちたような、ついでに壊れたような音、逃げようとした人同士ぶつかり合ったような、倒れついでにもつれて転がるような音――


 階段を駆け上がるいくつもの靴音や、やっぱり悲鳴や、そして何故か罵詈雑言。

 汚い言葉を叫んでいる人もいた。





 でも騒音は長引かなかった。

 あたしの体感で五分くらいだったから、ほんとはもっと短いはず。




 やがて、耳鳴りがしそうなほど静かになったので、目をそおっと開いた。

 まだちょっと目に沁みる。でも開けていられないほどじゃなさそう。


 何回かまばたきを繰り返しているうちに、目も平気になった。






 結局残ったのは数名。後はみんな逃げて行ったらしい。



 五十脚ほど並べられていたパイプ椅子は、七割方が倒されてる。倒れていないものもあっちこっちに吹っ飛ばされて、列が乱れていた。


 落とし物らしい小物も散乱している――っていうか、誰か靴を片方忘れてるよ。

 あ、階段の近くに布の塊みたいのがある。グレーっぽいの。上着かなぁ?




 そういえば、いつの間にか白い煙も消えていた。だから、落とし物まで見えるようになったのね。


 みんなが逃げ出した時に外の空気で流されたのかも。



 ちなみにあたしは、入口とは反対側の一番後ろの席に座っていたし、周りに人がいなかったので、喉と目がちょっとつらいこと以外は被害ゼロだった。





 ついでに、残った人たちの顔を眺める。



 部屋のど真ん中でおろおろしているのはピンクの『子豚ちゃん』。

 頭のてっぺんからつま先まで、ひらひらフリフリのピンクと白。これ、ロリータ系ファッションっていうの?


 こんな格好の人、東京にしかいないと思ってたのに、こんなトコにもいるんだ。


 くるんとした巻き髪で、顔も見ようによっちゃ可愛いんだけど、どうもこの子ったら横幅が有り過ぎ。

 更に、誰かに突き飛ばされたらしく、両膝と両手をついて……うん、そんなポーズしてるからなおさら子豚ちゃんっぽい。




 出入り口のすぐ脇の辺りに立っているのは、服についた埃や格好ばっかり気にしている様子の『灰色狐』。

 確か前から二番目くらいの列にいたはずだけど。逃げようとしたのかなぁ?


 髪の毛は少し緑がかったアッシュ。黒のレザーやシルバーアクセで、決まってるといえばまぁ決まってる。

 でもきっと超ナルシスト。神経質な様子であっちこっち払って、気が済んだかと思ったら、今度は鏡を取り出して、前髪をちょいちょいといじり始めた。


 あ、そうか。身だしなみを整えるために明るい方へ移動したんだ、あの人。

 誰もあなたの髪の毛の一本や二本の向きなんて気にしてないのにね。




 あたしの席の対角線上にいた子は、しきりにきょろきょろしてる。

 なんとなく『リスザル』っぽい。学年はタメくらいかなぁ? でも身長はあたしより小さいかも知れない。


 服の趣味は地味め。だけど、とりあえずあたしらが好きなティーンズファッション誌に出てるようなコーディネイトを頑張ってる感じ。


 勉強ができそうな感じにも見えなくはないけど、落ち着きがないし、いじめられっこ的オーラがばんばん出てる。

 あぁ、ちょっと真由美みたいなタイプかな……




 気を取り直したついでに、早速椅子に座って化粧直ししているのは『豹柄猫』。

 まだあんなテンプレなギャルがいたんだね。

 ギャルって人種、間近で見たのは初めてかも。アイシャドーやつけまつげで、本当の目の大きさがどれくらいなのか、わかんないくらいおっきくなってる。


 フェイクファーのジャケットにタイトスカートにブーツ。脚が細いし似合ってるけど、多分素顔はかなりの童顔だよね。

 だから『豹』っていうより『猫』って感じ。





 そしてまだ倒れたままの白雪姫。

 って言っても、この子は男の子……だよね?


 美少年なのか美少年風の美少女なのか、近くで見ても声を聞いてもわかんなかったけど、さっき『坊ちゃま』って呼ばれてたし。



 っていうか、この子は動物に例えようとしても浮かんで来ない。なんとなく浮かんだのが『白雪姫』だった。




 ――ああそうだ、もうひとり。




 ここにいるメンバーにしてはどこか違和感があるドーベルマン……うん、やっぱりドーベルマンっぽい。あの人。


 びしっとスーツを着こなして、仕事できる風のイケメンだし、ご主人たる坊ちゃまに忠誠を尽くしてるって感じ。今も膝枕している。

 イケメンが美少年に膝枕なんて、知美が見たらきゃーきゃー言って喜びそうな構図なんじゃないかな、これ。



 っていうか、ちょっとした動物園よね、この面子(めんつ)


 じゃああたしは何になるんだろう……



 * * *



「結局、これだけか……」


 どこからか声が聞こえた。誰だろう? 男の人の、しわがれたような声。



 っていうか、これだけ? こんなに、じゃなく?




 ――だって、あたしたちはこれから自殺し(しに)に行くんだから。


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